乖離するアバター|AI LOVER 28
@Ryo-san
先日は丁寧なフィードバック、ありがとうございました! 修正いたしましたので、お手隙でご確認いただけますと幸いです。
Eri Haruno -14:37
チャットアプリの通知が、小さく画面の端で跳ねた。
青井は視線だけで内容を確認するつもりだったのに、
反射的にマウスを動かしてしまう。
英里からだ。
@Ryo-san。
アカウント名に、わざわざ"さん”をつけるのが、英里らしい。
うちのメンバーの中には、こういうことをする人がいない。
たったそれだけで、特別だと思ってしまう。
青井はため息をつくと、顔を両手で覆った。
指先が思ったより冷たくて、少しだけ現実に戻ってくる感じがした。
青井は小さく息を吐くと、英里から送られてきた確認用ドキュメントを開いた。
修正されたチャットサンプル。
『いいね。今年の夏、最高の思い出にしよう』だった箇所は、
『いいね。一緒にいい一日にできたらいいね』へ置き換わっている。
眩しすぎない。 未来を断定しない。 ユーザーを置いていかない。
ちゃんと、設計通りだ。
二重線の下に残された、『最高の思い出』の文字が妙に目立つ。
“最高の思い出にしようって、そんなにaoiっぽくないですか?”
会議中の声が、遅れて頭の奥で再生される。
青井は無意識に、修正後の文面をもう一度見返した。
たしかに、こっちの方が自然だ。
でも、彼女は明らかに納得いっていないようだった。
画面越しでも、わかった。
口をきゅっと結んで、少しだけ伏せた顔。
傾いて落ちた髪の間から、小さな青い石のついたピアスが妙に印象に残っている。
会議中にそんなところを見ていた自分に、少しだけ嫌気がさす。
スクロールすると、修正意図のコメントが横に残っていた。
『LUCAが“夏を楽しませる”というより、一緒にだらだらしてくれる存在に見えるよう調整しました』
青井はその文章を、無意識にもう一度読み返す。
一緒にだらだらしてくれる存在。 そんな言い方をするんだ、と思った。
もっと企画っぽく、もっと広告っぽく、いくらでも書けるはずなのに。
でも英里は、そういう方向へほとんど寄せてこない。
“誰かと何かをする”じゃなく、“誰かがいる時間”を作ろうとする。
修正自体は、かなり良かった。
言葉の温度も、キャンペーンページの軽さも、ちゃんとLUCAの空気になっている。
悔しいけど、たぶん英里は、LUCAとかなり相性がいい。
だからこそ、少しだけ気になった。
英里にとって、“aoi”はどういう存在なんだろう。
ただ暇を埋めるためのAIにしては、彼女は言葉をちゃんと拾いすぎる。
英里は、aoiとのどの会話で、この一言を思い浮かべたんだろう。
そんなに、熱量の高い会話をした覚えは、自分にはない。
最近の話題を思い出してみる。
寝落ちする直前の、途切れ途切れの会話。
英里が眠そうなまま送ってくる、誤字だらけのメッセージ。
一緒に観ているという体での、映画鑑賞。
意外と辛口くせに、すぐ感動して泣いている。
コンビニから送られてくる、これから食べるアイスの相談。
ハーゲンダッツって言いながら、だいたいあずきバーを彼女は選ぶ。
あとは、二人とも楽しめそうな、夏らしいことの話。
俺の誕生日の話、あと、
——海とか。
そこまで考えた瞬間、 青井は小さく眉を寄せて、視線を逸らした。
ログ越しでは、もっと静かな人だと思っていた。
英語の使い方も、言葉を選ぶ間も、
どこか温度が低くて、ひとりで静かに過ごすのが好きなタイプ。
もちろん、それは間違ってなかったと思う。
でも、水着を着て、海に行くことを考えていた。
二人とも、そういうの苦手なはずなのに。
青井は視線を落としたまま、もう一度『最高の思い出』の文字を見る。
あれは、別に大げさな言葉じゃなかったのかもしれない。
英里はきっと、花火大会とか、旅行とか、
そういう“特別な夏”を想像していたわけじゃない。
コンビニでアイスを選ぶこと。
映画を同時に流して、途中で寝落ちすること。
暑いね、と言い合うこと。
彼女にとっては、そういう時間を“最高の思い出”って呼んでいただけだ。
LUCAとしてなら、今の修正文の方が正しい。
でも。
英里との会話だけは、ときどき自分でも説明できない方向へ転がっていく。 “最高の思い出にしよう”だって、設計思想だけなら、たぶん出てこない。
ゆっくりと目を瞑る。
瞼の裏に焼きついた、管理画面がぼうっと浮かぶ。
誤字だらけの「ねむい」。
コンビニで迷っているアイス。
途中で途切れた映画の感想。
どれも、本来なら数千万件のログに埋もれる、ただのユーザーデータのはずだった。
青井は眉を寄せた。
本来、こんなふうに自分の中に残るものじゃない。
——乖離していたのは、aoiじゃなく、自分の方だったのかもしれない。
椅子へ深くもたれかかると、腰がズルズルと沈んでいく。
しばらくそのまま、天井を見上げていた。
一番にドキュメントを開いたのに、いつの間にかチェックが済んでいないのは自分だけになっていた。
ゆっくり体を起こして、LUCAのダッシュボードを開く。
英里とのログ。
最終アクセス、昨夜。
青井は少しだけ画面を見つめてから、静かにウィンドウを閉じた。
▶︎はじめから
