ふたつの「目詰まり」
ナフサ不足について、高市は「目詰まり」と言った。
「目詰まり」は、弱小から起きる。以前、(もう一か月くらい前になるかもしれない)、近くのスーパー(チェーン店ではない)から、台所のごみネットが消えたと書いた。今度は、生協の、生協ブランドのラップが消えた。生協のラップをつくっている工場にナフサが届かないということだろう。次は、醤油とか、酢とかのペットボトルかもしれない。台所洗剤かもしれない。大手ではなく、中小の企業で、まず不足があらわれるだろう。
で、話はかわって。
「目詰まり」の最大のものは何か。ナフサ、石油どころではないものが、日本にはある。企業の抱える「利益(内部保留)」である。企業の利益は、労働者に還元されるべきなのに、資本家の元からぜんぜん流れてこない。上流がもうかれば、そのもうけは下流(労働者)に流れてくるなどといわれた時代があったが、そんなことはまったくなかった。上流で、ただ利益がため込まれるだけだった。
それは、いまはもっと激しくなっている。
労働者が物価高で苦しんでいる中、「株価」だけがどんどん上昇している。石油がない。ナフサがない。ナフサ派生の包装素材がない、トレーがない。あっても、値段が高くなるばかり。そして、それは小売価格に転嫁される。物価はどんどん上がる。
このとき、だれがもうかっている?
大企業と投資家だけがもうかっている。
労働者に還元されるべき「利益」は完全に「目詰まり」している。いや、これはほんとうは「目詰まり」というよりも、上流の「ダム」の貯水量が増えているのであって、そのたまったものを企業はけっして「放出」はしない。下流でどれだけ「水不足」がおきても気にはしない。
高市の口癖をまねて言えば、「何年か先までの資本(資金)は十分に確保できている」ということになるだろう。
私は病弱だし、もう余命も長くない人間だが、若者がどうして怒りを爆発させないのか、わからない。自分だけ金もうけができればいいと考えている高市を(大企業からの献金でのうのうと暮らしている高市を)、その内閣を倒すために、運動を起こさないで、どうするのだろう。
私のようなことを書いているひとは大勢いるだろう。しかし、そういう意見は「目詰まり」を起こして、社会には広がらない。
ただ高市を支持する意見、高市の対抗者を誹謗するが膨大に流され、それが私のような細々と自分の意見を書いている意見、細々と書かれる意見の「目詰まり」を引き起こしている。「目詰まり」というものは、自然に起きるのではない。ちゃんと「原因」がある。そして、その「原因」には、ふたつある。
ひとつは、「上流」でひたすら必要なものを「ため込む」という方法であり、もうひとつは「下流」へ不必要なものを大量に流すことで、必要なものを流れさせなくするという方法である。
高市が、いま問われているのは、週刊文春が問うているのは、後者の「目詰まり」である。週刊文春は、その「目詰まり」を解消しようとしている。高市が流した膨大な「選挙相手を陥れる情報」がなければ、高市「首相」は生まれていない。
どちらの「目詰まり」も自然におきたことではない。権力の腐敗が引き起こしたことだ。
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