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名刺を新調してnoteを始める話 ~重見アニキの名刺に憧れて~

名刺を新調した。


医者という生き物は、それなりの立場にならないと名刺が必要になること自体がない。

開業医や、病院の産婦人科部長、大学病院の講師以上クラスであれば、他職種の人や別の病院の医者と話す機会も増え、必然的に名刺交換の場も増える。

しかし、ヒラの医局員のうちにそんなもんが必要になることはほぼ無い。



いわゆるサラリーマンの生態を全く知らないので想像で話すが、一般的な会社員は入社と同時に名刺が支給され、
研修では「出世するとこんなプロジェクトができるゾ」と希望ある未来を見せられ、
同時に「実名でSNSをやって暴れ倒した会社員の末路」などを見させられることでもう二度とツイッターなんてやらないよ絶対、と胸に誓うことになり、
ついでに企業年金に入って持ち株を買って帰る、

と友達の友達から聞いている。


御多分に漏れず、私は病院内で大して偉い立場でもないため、名刺が必要になったこともない。

若手医師が他の病院の医師と積極的に交流する機会がある場といえば「学会」だが、学会には「所属施設と名前の書かれた名札を首からぶら下げておく」という素晴らしい制度があるため、知らないオッサンの顔を見ても「コイツどこの誰だっけ」と迷う悲劇は起きない。


いや、すまない。悲劇が起きないとは言い切れなかった。

あの名札、表側(名前が書いてある方)が見えるか裏側(名前が分からない方)が見えるかは50%の確率のはずなのだが、どういうわけか私の体感では7割くらいの確率で裏側になる。

特に「コイツやたら話しかけてくるけどどこの誰だっけ」と思われるオッサンほど「ワシの事は誰もが知っているはず」と自分の知名度を信じてやまない傾向にあるせいか、己の名札がどっち向いてるかについて無頓着であり、9割くらいの確率で名札の背中側しか見えないのだ。

ロロノア・ゾロなら自決を選んでいてもおかしくないが、残念ながらオッサンの名札に武士道は無いので背中しか見せないことに何の恥も感じていないらしい。


なお、私は病院内ではノコノコかクリボーくらいのザコキャラ感を全身から出して歩いていることに定評がある。

たとえば、3面のボスが「どうも、ワールド3のクッパです」と名刺を差し出してきたならばどうだろうか。
さしものマリオも「これはこれはどうもご丁寧に」と拝受するほかないだろう。

しかし「1-2のスタート地点あたりで歩いてるクリボーです」と言って差し出された名刺なら5秒後には受け取ったことを忘れてしまい、
全クリ後にオーバーオールのポケットから出てきて「コレ誰の名刺だっけ…?」と困惑すること請け合いなのである。

私はまさに1-2のクリボーなので、仮に名刺を差し出したとしても「せめてハンマーブロスとまでは言わんが、ジュゲムやゲッソーくらいに戦闘力を上げてから名刺を寄越せ」と心で思われるに違いない。
そのくらいの立場なのだ。


だが、そんな私にも一発逆転ホームランの機会ができた。

それが『産婦人科医やっきー』の活動である。


今日はそんな名刺に関する雑談と、先日作った名刺(三代目)に関する顛末をお届けしたい。


名刺を作るに至った経緯


『産婦人科医やっきー』の活動を開始したのは2022年5月13日。ブログ『産婦人科医が漫画を読む』の開設日=産婦人科医やっきーの誕生日だ。

ちなみに5月13日は私の誕生日でもあるので覚えやすい。こういう何か新しい活動を始めるにあたっては「活動を始めた日」と「リアル自分の誕生日」がリンクするので忘れにくく、非常にお勧めだ。


ネットの海に突如湧いた有機物として産婦人科医やっきーが生まれたあと、軽く半年程はほとんど誰にもブログを読まれることもなく時が過ぎた。

流れが変わったのが2022年12月に執筆した『ふたりエッチ』の考察記事で、これがとんでもない大反響を呼んだ。ツイッター上で名の知れた産婦人科医の先生方にも読まれ、読者の方々からも私の存在を認知して頂けるきっかけとなった記事だ。


今となっては本当に恥ずべき話だが、アオピーとも話したことどころか会ったことすらない時期だったので、あろうことか当時の私は彼に対し敬語を使っていた。

初々しい返信が恥ずかしい。


まあそれは良いとして、そんな記事から約半年が経った2023年5月。

別に誰に会う予定もなかったのだが、東京で行われた日本産科婦人科学会に出席し、「日産婦にきたよー🐻‍❄️」的なツイートをした。

するとこのツイートが学会に参加していた産婦人科医たちの目に留まり、アーニャ先生やTatsu Ogawa先生らに初めてお会いすることとなったのである。

https://x.com/yacky_sanfu/status/1657304036184555522

さらにこの次の日、SCARS先生、アオピー、を洒落ゴリラ先生、宋美玄ネキらXを代表する産婦人科医にお会いすることとなる。

ここで私は思った。


🐻‍❄️「名刺がほしい。」


そうか、今までは初対面の人間に「私はこういう人ですよ、以後お見知り置きを」と主張したい場面が存在しなかったので名刺の必要性を感じなかったが、名刺にはそういった役割があるのか。

事実、このあとTatsu Ogawa先生は我がブログの生殖医療コンサルタントとしてとんでもなくお世話になっているし、アーニャ先生もブログの取材に付き合ってくれた。
他の先生方も、私の狭い医療圏ではなかなか得ることのできない多くの知見をくれる。これを利用しない手はないのだ。


こうして私は生まれて初めて「社交のために名刺を作ろう」と決めたのであった。


初代名刺


というわけで、2023年10月頃に作った名刺がこちらだ。

とりあえず私は「初代名刺」と呼んでいる。これはなかなかレアなので、お持ちの方は自信を持って頂きたい。(何の自信かは知らない)


「産婦人科医 ブロガー/MEC講師」という肩書きがハッキリと書いてあるのが印象的である。

この頃はMEC(医師国家試験予備校)の講師であることを比較的前面に押し出していた。現在はほとんど活動していない。

時期的にも、YouTube(2024年1月開始)やニュースレター(2024年6月開始)やInstagram(2025年1月開始)の情報も載っていない。今から考えると寂しい内容だ。


二代目名刺


そこで2024年8月、名刺を新調することにした。

YouTube・ニュースレターは勿論、この当時はまだ運用を開始していなかったインスタのアカウント名も盛り込みつつ、MEC講師という肩書きをしれっと消滅させてみた。

それがこちら、二代目の名刺だ。

裏面はこれ。

ニュースレターのサポートメンバーの方々には「名刺をプレゼントする」という企画をしたことがあるので、こちらの名刺をお持ちの方もいらっしゃるはず。


この名刺を作るにあたって、これまでに頂戴した他の先生方の名刺を取り出してみた。何か、他の先生方の名刺から得られるものがあるかもしれない。

そんな中にひとつ、目に留まった…いや、手に留まった名刺があった。

それが彼の名刺だ。


重見大介のアニキである。

年齢からは考えられないほどの医学研究の実績。一般人向け・専門家向けに作られた様々な企画。情報発信の精度と量。

私はこの『産婦人科医やっきー』の活動を行う上で、産婦人科医療の発信者として美玄ネキ重見ニキの存在感は桁外れだと日々痛感している。美玄ネキは戦闘力が高すぎて実際に会うとこちらの衣類が全て弾け飛ぶし、重見ニキに会うと体が勝手に動いて気付けば靴を舐めている。


重見ニキの名刺の話に戻るが、(他人の名刺を勝手にアップするわけにはいかないので以下は各自で想像してほしいのだが)スタイリッシュで素晴らしいデザインである。

しかしそれ以上に圧倒的な存在感を放つのが「手触り」だ。


これまた想像で話すが、加賀友禅の老舗呉服屋とかに置いてある1着100万円とかするような着物の手触りはあんな感じだと思う。
あるいは、生後2ヵ月くらいの赤ちゃんのほっぺたの手触りにも近しい。

重見ニキの名刺はそれだ。いくらでも触っていられるのである。擬音で例えるなら『スルスル』と音が出るかのような感触なのだ。

あの甘いマスクであの手触りの名刺を差し出されたら、私が女性なら無意識のうちにLINEのQRコードを押し付けてしまってもおかしくない。まったく罪作りな男である。


それはそうと、他の先生方の名刺はというと『ガスガス』といった感じの感触であり、「あっコレ人生で1億回くらい触ったことのある名刺の質感だ!」となるし、
恥ずかしながら、私の初代名刺も『ガスガス』感触の名刺だった。

だが重見ニキの名刺は唯一無二だった。


そうか、デキる男はこういう所にこだわるのだ。


私はファッションに興味のない勢であり、
妻から風呂上がりに「これパジャマよ」と差し出された中にブラジャーが入っていても気付かずうっかり寄せて上げてしまうであろう程度には現在身に着けているものに対し無頓着なのだが、
そんな私でも聞いたことがある。「本当にオシャレな男は靴にこそこだわる」と。

神は細部に宿る。オシャレ男子は靴にこだわる。


そして、重見ニキは名刺にこだわるのだ。


これだ。

産婦人科医やっきーが大成するかどうかは名刺にかかっているのだーーー。



というわけで、二代目名刺は印刷会社「ラクスル」で最もお高い紙の『最高級上質紙』で作ることにした。


出典:ラクスル


「マシュマロのような柔らかな感触ときめ細かな用紙」ときたもんだ。

恐らく重見ニキの名刺はこれに違いない。

そりゃあ重見ニキだもの。「最高級」のものを使っているに違いない。でなきゃおかしい。


注文!!!

届いた。

触ってみた。



マシュマロ!!!!!


ラクスルの紹介文に「マシュマロのような柔らかな感触」とあったが、なるほど、看板に偽りなし。

あえて擬音にするなら『スワスワ』といった感じである。

触っていて何の引っ掛かりもない。かといって柔らかすぎて使えないというわけでも全くなく、紙としての存在感はハッキリある。

これはマシュマロである。いくらでも触っていられる。


重見ニキの名刺と触り比べてみた。


『スワスワ』とした感触の私の名刺。

『スルスル』とした感触の重見ニキの名刺。



うん。



なんか違う!!!!!!!



『スワスワ』と『スルスル』。擬音でしか感触の違いを伝えられないnoteの仕様がもどかしいが、これは違う。明確に違う。


えっどういうこと?

私、最高級上質紙で名刺作ったよね?
いや確かにこのマシュマロ名刺の手触りはマジで申し分ない。私が人生で触ったことのある名刺の中でもベスト3には入る逸品だ。

だが、重見ニキの名刺はこれともまた少し違った。彼の名刺はどう考えてもベスト1、キングオブ名刺だ。


どういうことだ。

重見ニキの名刺は最高級ではなかったのか?いったい彼の名刺は何なのだ?


しかし手元には200枚ほどの新品の名刺があるし、わざわざそのためだけに作り直すわけにもいかない。第一、これにしたって重見ニキの名刺には及ばないというだけで、絶対評価的には相当モノは良い。


仕方がないので、引き続きこの二代目名刺を使い続けることになった。


三代目名刺


いよいよ本記事の本題である。先日作った三代目名刺の話だ。

初代・二代目名刺にはひとつの欠点があった。それが「裏面でブログの話しかしてねえ」ということである。

読者の皆様はご存知の通り、私の現在の活動の主軸はもはやブログではない。

もちろんブログを書くのは楽しいし、今後も思い出したように書いて行きたいところなのであるが、割いている時間的にも収益的にもメインは圧倒的にニュースレターだ。


というわけで、裏面はブログのこととニュースレターのことを織り込むようなデザインに替えることにした。

(編集中の画面です)

初対面の相手に私のポートフォリオを提示するには、この形の方が圧倒的に効率が良いはずだ。

よし、これでいこう。



しかし最後にひとつの課題があった。


「結局、重見ニキの名刺の材質はいったい何なのか問題」である。


正直、ラクスルで最も高品質な紙を取り寄せても似て非なるものだったとなると、太刀打ちのしようがない。

ちなみにラクスルには「見本を無料で取り寄せるサービス」もあり、様々な紙質の名刺のサンプルを取り寄せることも可能なのであるが、どのサンプルを触っても重見ニキのそれとは違った。


もはや八方塞がりである。どうすれば重見ニキの名刺を再現できるというのか。


ーーー仕方ない、最後の手段だ。




重見ニキにDMで聞いてみた。


まあ正直、良識ある読者の皆様からすると「いやそれ二代目名刺を作る前に聞けば良かったのでは?」と呆れかえって物も言えない状態だと思うが、

分かってほしい。彼を好敵手と思っているからこそ引けない一線があったのだ。


すると、あっさり返事が来た。




イケメンかよ。池内面太郎かよ。


ダメだった。私が勝手に重見ニキをライバル扱いしているだけで、彼からすると私は歯牙にもかけない相手だったのだ。


読者の皆様は「当たり前だろお前らの実績は手塚国光とラッキー千石くらい違うぞ」と思われたかもしれないが、落ち着いて欲しい。

彼が強大すぎて全体像が見えていなかっただけなのだ。実力がついたことによって、より相手との距離の違いが分かる現象である。

産婦人科医やっきーは所詮…”敗北者”じゃけェ…!!



なお、重見ニキの知人のデザイナーさんによると、彼の極上ツルスベ手触り名刺の材質は「マットコートPP貼」という材質だったらしい。


ところが、ラクスルではマットコートPP貼が扱われていない。

よって、マットコートPP貼を取り扱っている別の業者に発注し、サンプル品を取り寄せてみる。



うむ、これだ。確かにマットコートPP貼だ。重見ニキの『スルスル』感触に相違ない。

これで私も明日から重見ニキである。


しかし、他のサンプル品も触っているうちに、あるもので手が止まった。

それがこの「ラバーホワイト」である。


ラバーホワイトもマットコートPP貼と決して遜色のない手触りだったのである。

例えるなら『スルンスルン』である。


正直、ここまでくるとどちらが良いかはもう好み次第だ。『スルスル』が良いか、『スルンスルン』が良いか。
松田聖子か中森明菜か、みたいな話になってくる。

もう少し私の読者層に合わせて分かりやすく例えるならば、永川勝浩と秋吉亮、どちらがよりクローザーとして好きか?と言った方が分かりやすいだろうか。

なんて的確な例えなんだ、自身の比喩力に惚れ惚れする。


とにかく言いたいのは、どちらにも根強いファンがおり優劣のつく次元ではないということだ。


悩んだ末に私は、重見ニキが使っていた「マットコートPP貼」ではなく「ラバーホワイト」を選んだ。


理由は2つある。

まずは筆記性。マットコートPP貼は手触りは良いのだがボールペンで何かを書き込んだ時にインクの乗りが悪く、手で擦っただけで黒板消しをかけたみたいになってしまうのである。
ちょっとしたサインやメモを書き足したい時に、この筆記性が地味ながら良い仕事をしてくれる。



もう1つの理由が「重見ニキを乗り越えるため」である。

例えば藤子不二雄の両先生は、「手塚治虫の足元にも及ばない」ということでごく初期のペンネームを「足塚不二雄」と名乗っていたし、
大作家である司馬遼太郎も「中国の歴史家である司馬遷に遼(はる)かに及ばない日本の男(太郎)」という意味のペンネームである。

自分の先を行く人間にあやかって名前を付けるという発想は決して悪いものではない。


しかし私には「産婦人科医の物書きとして頂点に立ちたい」という野望があるため、先人たちには追いつき追い越さねばならない。重見ニキや美玄ネキは尊敬すべき先人であり、追い越すべき強大な先駆者なのだ。

正直、マットコートPP貼とホワイトラバーに優劣は存在しないのだが、そういった意味でここはあえて重見ニキと違うものを選んでみた。


まだ活動を始めて3年にも満たない経歴不明のシロクマだが、こうして名刺は整った。



たかが名刺、されど名刺。

これから私はさらに、産婦人科医の物書きのトップを目指し邁進するのである。


この名刺、そしてこのnoteはそんな私による決意表明である。

「マンガ考察の話はブログに書く」
「医学の解説はニュースレターに書く」
「最近のトレンドの話や質問回答はXに書く」

そして、「やっきーによる医学の絡まない文章はnoteに書く」となる。

私の書くものは、医学が絡まなくても需要があるのかどうか。
『産婦人科医やっきーが医学の話を全くしないnote(仮)』は、そこに挑戦していきたい。


以後、お見知り置きを願いたい。(三代目名刺を渡しつつ)



なお、この記事を含め最初らへんの記事は無料記事として公開するが、途中からは有料記事が主体となる。(あんまり表に出せない話もしたいので)
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