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自分を大切にすることと向き合った10年目の誕生日。私が私の味方になる。

今日は誕生日だ。

私の人生で最長の長さである9年9カ月の仕事期間を終えて、私は中国の大学を辞める。

本当は円満退職したかったが、ひょんなことから、私には実は不当解雇による経済補償請求ができることがわかってしまった。

大学は慌てて再雇用を提案したが、私が求めているのはそこではない。

今日が期限の一週間。私の納得のいく回答が得られないならば行政機関に行くことになる。

楽しみにしていた最後のサマースクールも参加できないことがわかる。

それはたまたまかもしれないけど、依頼してきたのならば、正式に断ることもしろよと私は思う。

そんな感じで適当に扱われてきて約10年。

もちろん働かせてもらった感謝もあるけどそれはそれ

私は別に怒ってるわけでも恨んでいるわけでもない。

ただ自分に正当な権利があるならそれを守るし主張するというだけだ。

誰が法律のことを教えて唆したと大学は犯人捜しをしているが、私の味方は一人や二人ではない。

この10年、博士でもなかった私の給料はほかの外教より安いが仕事量は多かった。

授業中の怪我で靭帯を損傷した時も、納得いかない理由で補償が受けられず、自費で治療することに。

もちろんその間、電動バイクに乗るようになったり塞翁が馬なところもあるが、それはそれ

そう、それはそれっていうのが、この10年の自分の課題だったのだ。

この10年、結婚、離婚とあったが、まずは結婚した時。

元舅が私の父に「結納金なんていらないんですよねー」と言った時も、自分は10歳も年上だし、若くもないし、仕方ないと思った。

別に私は道民だし、結納金が欲しかったわけじゃないが、あの時根底にあったのは「私はそれを受け取るにふさわしくない」という考えだったんじゃないか?

結婚はすぐに破綻した。発狂されるのが直接的な原因だ。

その時だって、私は「相手は病んでるから仕方ない」とか「心の構造がちがうのだからしかたない」と、わかりあえないことの理由を探して自分を納得させようとした。

精神が病んでる人との同居はきつい。自分自身も病んでいく。

さらに妊娠の不安定さで自分にもひどい言動はあった。

だからって、「自分も言葉で傷つけたのだから」と、相手がどんどんエスカレートしていくのを許すのはちがう。

最後はもう慰謝料もなく離婚した。

向こうのおかげで私は中国で仕事を得られたり出会いもあったり、恩恵は計り知れないと感謝してるが、やはりここもそれはそれだったんじゃないか?

さらに学生との境界線もここ最近の課題だった。

いくら相手の甘えとわかっていても増長は許さなかったし、SNSでの「死ね」発言は許さなかった。

結局最後まで授業態度を改めなかったバブー男子は自業自得の追試。

それでも追試問題はしっかり作ったし対策も伝え、他の先生に託した。

この辺の甘えでいうなら、父と私の関係もこの10年でそうだった。

祖母が死んで、犬が死んで、もともと何かに依存していた父の甘えがひどくなった。

父も年だし、心が弱いところもあったから、自分が支えなければと思ったけれど、ストレスで腰痛が悪化した。

なので悪いが一緒には暮らせないと思い、今も離れているが、距離を取ることでうまくやっている。

私も父もこの10年「甘えと自立」がテーマだったのかもしれない。

私の場合、相手に過剰に甘えさせないための境界線が課題だったように思う。

私は人と距離の近い人間だ。時には相手の問題や苦しみが自分のことのようになり苦しくなるエンパス気質。

そのおかげで絆を深めることもある代わり、優しさを搾取されるようなことも多々あった。

そのためにもある程度の境界線は必要だと学んできた10年だった。

人間観察好きタイプの中でも私はどっぷり相手の気持ちに感情移入するほうだ。

人を思いやること、相手の立場を考えること、それ自体は悪いことじゃない。

でも、まずは自分を尊重しなければ

自分を大事にできなければ相手のことも大事になんてできない。

相手の立場を考えることは大事だが、だからって自分が雑に扱われることを許していいわけじゃない。

そして何よりそれを許すということは、自分自身が自分を雑に扱っているということだ。

自分を尊重すること、他者との境界を明確にすること、それが私の課題だったんだろう。

話を最初に戻すと、私が大学に経済補償を請求するのは、自分の権利を尊重するためだ。私はそれを主張できる立場にあるし、仕事の義務は果たしている。

中国の友人には、組織のリーダーはずるいものだと言われているが、結果がどうあれ、大事なのは「私は権利を主張する」と表明することだと思っている。

私にはそれだけの価値があると自分自身が認めるためだ。

ここ最近は本当に自分を大切にするということに努めてきた。

これがここでの最後の仕上げである。

今日が誕生日であると同時に大学に伝えた回答期限の日。

とりあえずやるだけのことはやろうと決めている。これは闘いではなく、自分が自分のためにできる限りのことをしてあげたいという気持ちから。

私はいつも他人に対してばかりそう思ってきたところがある。でも結婚や離婚、学生たちとの向き合い方を通して、自分自身ともとことん向き合い、なおかつ、自分の中にいる小さな子供(インナーチャイルド)に目を向けた。

これからは私が私に一番寄り添い、他人に対して以上に自分に尽くそうと決めたのだ。

この10年螺旋状に進んできた気がする。
戻っているようでも少しずつ歩を進めてきて今がある。

誕生日というのは一つの区切りではあるが、今日という日は一年の区切りというだけではなく、もっと大きなスパンの区切りでもあるように思う。

そして自分自身に生まれてきてありがとうと言い、よくここまで生き延びたねと言い、これからもよろしくねと言おう。

誕生日おめでとう、自分。

いつもありがとう。


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