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今まで行った国・地域をざっくり紹介する

今年8月のバルカン半島周遊をもって、26の国と地域を訪れたことになった(日本除く)。筆者が普段眺めているTLではこの程度は珍しくもなんともないが、一方で日本人のパスポート保有率は17%と低く、海外旅行に行ったことのない人の方が多いというのが現実だ。とはいえ、航空券は未だ高く、円安とインフレの影響で滞在費用も高くつくようになってしまった現下の情勢において、海外旅行に対するハードルはコロナ禍以前よりもさらに高くなったと思われる。そこで今回は、筆者が今までに訪れた国・地域からいくつか抜粋し、ざっくりではあるがその魅力を語ってみようと思う。この記事があなたの旅のきっかけになれば幸いである。


中国

悠久の歴史と広大な国土を持つ中国は、コロナ禍以降(あるいはそれ以前から)文字通り「近くて遠い」国になってしまった。日本との間で結ばれていたビザ免除協定は停止され(現在は再開)、コロナ禍における実質的な鎖国体制の中で、もともと進んでいた決済、鉄道予約、観光地のチケット購入などのシステムは更にガラパゴス化した。かねてより中国を観光目的で訪れる日本人は近隣諸国に比べ多くはなかったが、前述のガラパゴス化や昨今の政治的対立などの影響でさらに減ってしまった感がある。

筆者が中国を初めて訪れたのは2010年の上海万博だった。当時はまだ「洗練されていない中国」がギリギリ残っており、半ケツで歩く幼児や我先にとタクシー乗り場に割り込む人民に圧倒されたものだ。それから5年後、三国志好きが高じて文学部に入学し、中国語を履修した筆者はかねてより計画していた三国志遺跡を訪れるために、再び中国に降り立った。これは人生で初めての海外一人旅であり、未だに昨日のことのように思い出すことができる。

広大な中国大陸には様々な顔があり、その全てを紹介することは不可能だ。そこで、以下に筆者の訪れた範囲でおすすめの町・観光地をいくつか挙げる。

西安

西安の象徴ともいえる城壁
回民街の賑わい

中国西部、陝西省の省都でかつては長安と呼ばれた古都である。城壁(復元されたもの)に囲まれた旧市街には古今の石刻や墓誌銘、金石文を収集した碑林やおいしい屋台が立ち並ぶ回民街、城壁外には三蔵法師が持ち帰った経典が納められた大雁塔や唐の玄宗の時代に政務の中心であった興慶宮公園などがあり、観光には事欠かない。郊外には世界遺産である秦始皇陵をはじめとする秦・漢の皇帝の陵墓が集中しており、歴史好きにはたまらない町だ。成田、関空、セントレアからは直行便も出ている。

成都

成都武侯祠
地下鉄駅にも三国志

四川盆地の中央に位置する成都は、古来中国西南部の中心都市であり続けてきた。三国蜀漢の都としても知られているこの町には、三国志の英雄劉備の墓(恵陵)や諸葛亮を祀った武侯祠、パンダで有名な成都ジャイアントパンダ繁育基地などがあり、歴史に限らないバラエティ豊かな楽しみ方ができる。もちろん、陳麻婆豆腐をはじめとする四川料理も外せない。成田や関空からは直行便で訪問可能だ。

南京

総統府の廊下
洪武帝の墓・孝陵

江蘇省の省都にして、華南随一の大都市であった南京。近代以降は上海の発展の陰に隠れた印象があるが、南方の古都としての存在感は未だ健在だ。明王朝を開いた洪武帝の墓(孝陵)や革命家孫文の墓(中山陵)、中華民国の政庁が置かれていた総統府など、中国史上のキーとなる国・人物・出来事に関わる史跡が数多く存在する。また、塩水鴨などの南京料理は薄目の味付けで日本人の口に合うこと請け合いだ。

香港

渡船からの風景
メロンパン生地の肉まんも立派な點心だ
高層ビルに囲まれる跑馬地競馬場

「中華圏に興味はあるけど、中国本土は難易度高そう……」とお思いのあなたには、是非香港をおすすめしたい。長らくイギリス統治下にあった影響で英語の通用度は高く、飯にもクセが少なく、何より領域がコンパクトで少ない日数でもけっこう満喫できてしまうあと本土と異なりインターネット規制がないのでVPN不要。買い物に女人街、占いに黄大仙、競馬に沙田跑馬地と、一人でもグループでも楽しめる。もちろん、香港映画のロケ地巡りや「100万ドルの夜景」を見に行ってもいい。物価と宿泊費が高くつくのが玉に瑕だが、3連休などでサクッと行けるのは大きな魅力だ。

マカオ

ポルトガル的な街並み
名物のアフリカンチキン
混沌としたエリアの先に巨大カジノホテルが聳える

「ヨーロッパに行ってみたいけど、流石に費用がかかりそう……」と考えたことはないだろうか? マカオはそんなあなたにうってつけだ。筆者はこの町を「ジェネリックポルトガル」として密かに評価している。16世紀から約400年間ポルトガル支配下にあったマカオは、今もポルトガル風の街並みが随所に残り、華南・広東風の街並みと融合して唯一無二の景観を織りなしている。世界遺産にも指定されているサン・パウロ天主堂跡やザビエルの骨が納められている聖ヨセフ修道院もさることながら、特筆すべきはポルトガル料理が気軽に楽しめる点だろう。ダックライス(ポルトガル風炊き込みご飯)やバカリャウ(干し鱈)など、日本ではなかなかアクセスしづらい料理もこの町では簡単に楽しむことができる。また、ポルトガル料理がマカオで独自進化を遂げてできたマカオ料理、アフリカンチキン(スパイスなどで味付けしたローストチキン)やミンチ(挽肉とジャガイモを炒めたもの。ご飯や目玉焼きと一緒に食べる)も見逃せない。香港からもジェット船や高速バスで簡単に往来可能なので、香港のついでにいかがだろうか?

カンボジア

宣材写真かのようなアンコール・ワット
バイヨン寺院特有の顔
キリングフィールド

アンコール・ワットで有名なカンボジアだが、これはあくまでも「アンコール遺跡群」の一構成要素でしかなく、その領域は実は広大だ。城郭都市の跡地であるアンコール・トムやその中心に位置するバイヨン寺院、樹木に飲まれつつあるプリヤ・カーンなど、冒険心をくすぐる遺跡が目白押しだ。各遺跡は点在しているため、車やトゥクトゥクをチャーターして回ることをおすすめする。
アンコール遺跡群のあるシェムリアップに隠れてしまっているが、首都プノンペンも見るべきところが多い町だ。特にトゥールスレン虐殺博物館、そして郊外のキリングフィールドは、ポル・ポト政権による暴政の爪痕を垣間見ることができる。決して明るい雰囲気の場所ではないが、カンボジア旅行の際は是非訪れてほしい場所のひとつだ。

マレーシア

ペトロナス・ツインタワー
マラッカ名物の丸めたチキンライス
クアラルンプールにはコロニアル建築が残る

マレー系、華人、インド系の3民族が並存するマレーシアでは、その文化的多様性を存分に味わうことができる。特に料理の面においてはルンダン(牛肉の煮込み)チキンライス(海南鷄飯)ビリヤニなど、各民族に由来する美食が食べきれないほどに存在する。首都クアラルンプールには超高層ビルペトロナス・ツインタワーをはじめとする近代的な街並み、またイギリス統治時代を偲ばせるコロニアル建築が点在している一方で、郊外にはヒンドゥー教の聖地バトゥ洞窟があるなど自然も豊かだ。マラッカまで足を伸ばせば大航海時代の空気を思わせる建物が残る。英語の通用率も高く、初海外旅行の行き先としてもおすすめ。

インド

デリーの「赤い城」
シク教の聖地黄金寺院
アムリトサルの路地

幾多のバックパッカーが訪れ、そして沈没していったインドはその評判に漏れずひと癖もふた癖もある国だ。正直言って万人におすすめはしがたいが、ある程度お金をかければ快適に旅行することも可能。そして、何よりこの国には癖の強さを補って余りある見どころに溢れている。多くの人々が訪れるであろうデリーにはかつての政庁である「赤い城」やガンディーの暗殺された場所に作られたラージ・ガート、ムガル皇帝の霊廟であるフマーユーン廟などがあり、一度の旅行では回りきれない。
広大なインドは、飛行機で1時間も飛べばその様相をガラッと変えてくる。インド北西部パンジャーブ州のアムリトサルはシク教(ターバンで有名な宗教)の聖地として知られるが、町の様子はデリーとはまた異なった混沌、という感じだ。インド全土、また全世界から聖地黄金寺院を目指してやって来た信徒たちに続いて参詣してみると、この国における宗教と生活の密接具合が感じられるだろう。

パキスタン

国境でのフラッグセレモニー
ラホールの「フードストリート」の光景
バードシャーヒー・モスクは圧巻

パキスタンと聞いてどんなイメージを持つだろうか? なんだか危険そう? インドと仲悪そう? それらのイメージは決して間違っているわけではないが、少なくともラホールに関してはそれほどピリピリした空気はなかったといえる(ホテルの警備員がアサルトライフルを持っていたりはするが)。パキスタンを訪れる観光客はまだまだ少なく、特に日本人は非常に珍しいようで、町中に繰り出せば、気のいい人々が「アッサラーム・アライクム」と声をかけてくるし、俺と自撮りしてくれ攻撃の連続だ。
ラホールには、ムガル帝国の威容を今に伝える遺産が残っている。ラホール城、バードシャーヒー・モスクなどはその代表例だろう。また、インド国境で毎日夕方に行われるフラッグセレモニーも見逃せない。インド側は巨大スタジアムと化しているが、それに比べるとパキスタン側はこぢんまりとした印象を受ける。しかしながら、パフォーマンスを行う兵士たちの迫力は本物だ。セレモニー前後には握手や写真撮影にも応じてくれるので、ライブイベントの一種として楽しむこともできる。
現地ガイド氏によると、「パキスタン人が出かけるときは、たいてい何かを食べに行くとき」ということだ。そのぐらいパキスタンには魅力的な食が多い。カラヒ(ロティと一緒に食べる鍋料理)やビリヤニパーニープーリー(揚げパン。中に豆やソースを詰めて食べる)などなど、到底食べ尽くせない種類のグルメを是非堪能してほしい。

UAE(アラブ首長国連邦)

町中に突如として出現するドバイフレーム
ドバイモール内の巨大水槽
噴水ショーの様子

かつて真珠の採取で有名だったこの国の運命は、約70年前に石油が湧いたことで大きく変わった。ドバイは石油と交易、そして金融によって世界的な大都市へと変貌を遂げた。適当な展望タワーに上って町を見渡すと、高層ビルや巨大なショッピングモールが立ち並びつつもそのすぐ外側に砂漠が広がっているさまは、一度は見ておいて損はない。
ドバイの施設はいちいち巨大なため、ショッピングモールで1日滞在、なんてことも十分可能だ。特にドバイモールは水族館あり、スケートリンクあり、屋内ゲレンデあり、恐竜の骨ありとトンチキなモールとなっており、まぁまぁ大きめのフードコートが複数存在するので本当にここだけで生活ができるレベルだ。この他、独特な形状の展望台であるドバイフレームや、派手な噴水ショーもやっている世界一の高層建築ブルジュ・ハリファなど、正しく都市リゾート滞在が体験できる。
また、現地ツアーに参加すれば砂漠をバギーで爆走することも可能。その場合は酔い止めをお忘れなく。

ウズベキスタン

サマルカンドのレギスタン広場
ヒヴァののイチャン・カラはゲームの世界のようだ
壮麗なイスラーム建築が目白押し

ウズベキスタンの魅力をコンパクトに伝えるのは難しい。なぜなら、あまりにも見どころとその背景となる歴史が膨大すぎるからだ。ここではできるだけ絞ってみることにする。
ウズベキスタン観光で外せないのは古都サマルカンドだろう。古くから東西交易の要衝として栄えたこの都市は、その壮麗なモスク、マドラサなどの建造物群をもって繁栄の様子を今に伝えている。レギスタン広場シャーヒ・ズィンダ廟群ウルグ・ベク天文台に行けば往時の繁栄ぶりを想起させられるだろうし、ビビハニム・モスクを前にすれば、その巨大さにこれを建てさせた征服者ティムールの権勢を間近に感じるだろう。
サマルカンドはもちろん、ブハラヒヴァといったその他の古都も外せない。これらの都市は旧市街全体に古い建物が点在しており、街歩きをしているとゲームの世界に迷い込んだような気分になる。ブハラでは名産の刃物工房が、ヒヴァでは町中に出ている露店がRPG気分を盛り上げてくれる。
これらに並ぶ魅力を放つのがウズベク料理だ。シャシリク(串焼き)やプロフ(ピラフの原型)、ショルヴァ(スープ)、ラグマン(麺料理)など、多彩な料理が旅人を出迎えてくれる。それも格安で。また、ウズベキスタンはお茶文化でもあるので、日本人にも親しみやすい。
ウズベキスタンは物価も安く、鉄道も整備されているので実は旅がしやすいのも魅力だ。一方、近年政府が観光業に力を入れ始めているようで、今の物価でウズベキスタンを満喫することができる期間は意外と短いかもしれない。成田からはウズベキスタン航空による直行便も出ているので、次の休暇にいかがだろうか?

アイスランド

大迫力のグトルフォス
ゲイシール噴射直後
大地の裂け目ギャオ

米が手に入りにくいことと税金が高いこと。これ以外にアイスランドの欠点を挙げることは難しい。大自然に囲まれ、うまい魚と肉があり、何より温泉が湧いている。これほど日本人向きな土地があるだろうかおまけに地震も多い
面積でいえば北海道より少し大きい程度のアイスランドだが、その国土には火山、温泉、プレート境界、氷河、滝、間欠泉、洞窟と多種多様な地形が凝縮されている。大地の裂け目ギャオや圧倒的な流量を誇るグトルフォス、とんでもない勢いで噴出する間欠泉ゲイシールは、自然の強大さ、途方もなさを実感させてくれる。また、アイスランドはほぼ全域でオーロラが見られることでも有名だ。もちろん時期やよりよく見える場所をある程度選ぶ必要はあるが、地球上の他のオーロラポイントと比べてもかなりアクセスしやすい部類に入る。オーロラ目的で気軽に行ってみるのも良いだろう。
アイスランドについて手っ取り早く知るには、入江亜季先生のマンガ『北北西に曇と往け』がおすすめだ。これを読めばアイスランドに行きたくなること間違いなし。

スペイン

アルハンブラ宮殿
世界史資料集でおなじみのメスキータ
トレド遠景

お酒好きにとって、スペインは天国のような場所だ。何を隠そうスペインはバル文化の国であり、はしご酒が当たり前だからだ。特にアンダルシア地方のグラナダでは、バルで1杯頼むと軽食が一緒についてくる。インフレ状態となって久しいヨーロッパにあって、10ユーロ足らずでお腹いっぱいになれる町はそうそうないだろう。ワインやビールはもちろんのこと、お酒にそれほど強くない人にはサングリア(スペインやポルトガルでは非常にメジャーなお酒)が心強い味方になってくれる。また、お酒を飲まなくてもスペイン料理は十分にあなたを満足させてくれるだろう。地域によって全く様相が異なるので、大き目の市場のフードコートで少しずつつまんでみるのも良いかもしれない。
観光地の豊富さだって負けてはいない。イベリア半島における最後のムスリム王朝の都として栄えたグラナダに今も佇むアルハンブラ宮殿は、ただ美しいの一言に尽きる。ローマ時代から続く都市コルドバのメスキータも同様だ。首都マドリードにはプラド美術館ソフィア王妃芸術センターティッセン=ボルネミッサ美術館という巨大な美術館が三つも並び立っており(しかもどれも至近だ)、一つあたり1日かかると見ておいた方が良いぐらいには膨大なコレクションだ。マドリード郊外のトレドは中世の面影をよく残しており、これまたRPGの世界に迷い込んだ感覚に陥る。
実は、2024年10月より成田-マドリードの直行便が再開している。ちょっと1杯ひっかけにスペインへ、というのも悪くないかもしれない。

ポルトガル

トラムの走る町は良い
エッグタルトの元であるパステル・デ・ナタ
大航海時代の栄光を感じさせるベレンの塔

「1543年、種子島に漂着したポルトガル人が日本に初めて鉄砲を伝えた」。日本史の教科書でこのように習う通り、ポルトガルは(記録上)日本が初めて接触したヨーロッパの国であるとされる。それほど日本と関係の深い国でありながら、旅行先としてはものすごくメジャーなわけでも、ものすごくマイナーなわけでもない、絶妙な知名度、という印象だ。筆者はコーエーのシミュレーションゲーム「大航海時代」をプレイした経験からこの国に惹かれ、遂には訪れることとなったが、歴史に興味があってもなくても、十二分に楽しめることは間違いない。
ポルトガル旅行において、リスボンを抜きに語ることはできない。「ザ・南欧」ともいうべき美しい景観の町には路面電車が走り、ただ町を歩いているだけでも楽しい。サンタ・エングラシア教会リスボン大聖堂といった教会建築は、カトリック特有の荘厳な造りで見る者を圧倒してくれるだろう。海洋博物館ベレンの塔ジェロニモス修道院で大航海時代の栄華に思いを馳せるのも良い筆者が行った時はド年末でベレンの塔もジェロニモス修道院も開いていなかったので、その威容は是非あなたの目で確かめてほしい。また、リスボンから電車で1時間ほど行けばカラフルな宮殿で知られるシントラの町が、そこからさらにバスで西へ向かえばユーラシア大陸最西端のロカ岬があり、これらは日帰りも可能だ。
ポルトガル旅行ではグルメも欠かせない。海鮮料理の数々やビファーナ(味付け豚肉のサンドイッチ)、パステル・デ・ナタ(エッグタルトの原型)などの美食に溢れており、グルメ目的での旅も十分選択肢に入るだろう。

ボスニア・ヘルツェゴビナ

様々な文化、宗教、民族の交錯するサラエボの街並み
散策に疲れたらボスニアコーヒーをどうぞ
「戦時下の子ども」博物館

ボスニア・ヘルツェゴビナは、複雑な歴史を持つ旧ユーゴスラビア諸国の中でも一際複雑だ。様々な民族、宗教、言語が混在し、支配者も中世ボスニア王国からオスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、そして旧ユーゴスラビアと次々に移り変わってきた。それ故に、街の景観は多様性に富んでいる。首都サラエボは川沿いに中欧風の建物が立ち並んでいるかと思えば、オスマン風の旧市街にはモスク(ガズィ・フスレヴ=ベグ・モスク)とマドラサ(イスラームの学院)があり、路地を何本か越えると正教の教会(大天使ミカエル・ガブリエル教会)が鎮座している。町中には路面電車やトロリーバスが走り、新市街に出れば旧共産圏特有のやたらと車線の多い道路が姿を見せる。
サラエボでの観光において、戦争・紛争に無関心でい続けることは難しい。中欧風の建物をよく見ると弾痕が残っているし、繁華街の地面にはボスニア紛争時の砲撃で亡くなった人がいた場所を示す「サラエボ・ローズ」が見られる。第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件の現場(ラテン橋)も残っているし、そこら中にボスニア紛争の悲惨さを伝える博物館が建っている。小高い丘に登れば、郊外に広がる無数の墓標を見ることができるだろう(そして墓碑銘を見やれば、その没年の多くは1992−94年に集中している)。もちろん、せっかくの旅行なのだから楽しむのが一番ではあるが、戦争とは何か、あるいは平和とは何か、という遠大な問いについて考えるきっかけにもなり得る町、国であるということはお伝えしていきたいところだ。サラエボを、またボスニア・ヘルツェゴビナを訪れる時にはこういった事実を頭の片隅に置いておくのも悪くはないだろう。

モンテネグロ

旧共産圏らしからぬリゾート地コトル
コトルには猫がたくさん落ちている
首都ポドゴリツァはかなり旧共産圏の趣

旧ユーゴスラビア諸国の中ではなんとなくマイナーなイメージのあるモンテネグロだが、実は世界遺産の町コトルを擁することで有名だ。古代、中世、近世と様々な勢力の支配下に入りつつ、アドリア海の一大交易都市であり続けたコトルには、隣国クロアチアの誇る大観光地ドゥブロヴニクに勝るとも劣らない、イタリア風の景観が残る。観光客も比較的少なく、足を伸ばしてペラストまで行けばさらに静かなリゾート地が現れる。アドリア海沿岸の町とあって、海鮮料理も絶品だ。
コトルと比べると、首都ポドゴリツァはかなり地味に見えるかもしれない。「ヨーロッパで最も醜い首都」とは少々言い過ぎの感があるが、社会主義時代を偲ばせる画一的かつ無骨な団地、道路の造りは、愛好家にはたまらないだろう。国土がそれほど広くないので、短い日数で回り切れるのも良い。

コソボ

世界遺産「コソボの中世建造物群」のひとつであるデチャニ修道院
ペーヤの街並みは東欧っぽいとも中東っぽいとも言える
「ヨーロッパで最も若い国」は確かに若者が多く勢いがあった

2008年2月、コソボ共和国はセルビアからの独立を宣言した。以降ヨーロッパにおいて独立を宣言した国は今のところなく、故にコソボは「ヨーロッパで最も若い国」と呼称される。2024年現在、コソボを国家承認している国は100カ国以上に上るが、その一方で国連やEUには加盟できていない。しかしながら域内に世界遺産を持ち(コソボは世界遺産条約締約国ではないのでセルビア名義での登録)、ユーロが通貨として流通している。そんな微妙な立場にあるこの国では、複雑な成り立ちであるが故の活気、そして緊張感を直に感じることができる。
コソボの観光地といえば、世界遺産「コソボの中世建造物群」が代表例だろう。デチャニ修道院グラチャニツァ修道院といった正教の修道院・教会は内部が立派なフレスコ画で覆われており、見ごたえ十分だ。また、南西部の町ジャコーヴァの街並みは、Twitterでも何度か話題になった通りどことなく京都を想起させる。
コソボの主要構成民族はアルバニア人、ムスリムだが、この国は長らくセルビアの支配下にあった。セルビア目線では少数派であったコソボの人々は、長きにわたる武装あるいは非武装の闘争を経て独立を達成した。一方、かつてオスマン帝国のスルタンを討ち、また正教の総主教座が置かれていたこの地はセルビア史とセルビア人にとっても重要な意味を持つ。これの事実を念頭に置けば、例えば先述の世界遺産たちの見え方も変わってくるはずだ。この国を旅することは国家、民族、自治、独立といった言葉の持つ意味を考え直すきっかけを与えてくれるだろう。

アルバニア

かつて全土に設置されたトーチカの中には博物館になっているものもある
野菜料理のおいしさはバルカン随一
秘密警察シグリミの事務所だった建物。通称「葉の家」

社会主義独裁国家、鎖国、国土全域にトーチカ建設、国民総ネズミ講、ヨーロッパ最後の秘境……。インターネットで少し調べただけでもこういったセンセーショナルなワードが並ぶアルバニアだが、かつての社会主義時代の面影は随分薄まり、「脱・秘境」化しつつある、というのが筆者の印象だ。長らくアルバニアに君臨していた独裁者エンヴェル・ホッジャの霊廟は複合施設に生まれ変わって若者向けのカフェや英語塾が入り、旧共産圏特有の巨大広場にはこれまたおしゃれなカフェやホットドッグ屋が展開し、官庁街のど真ん中にあるトーチカは警察に関する博物館に変貌した。確かに「秘境」感は薄れたが、その分この国の勢い、活気を身近に感じることができるようになったのかもしれない。
首都ティラナは意外と観光地が少ないのだが、「葉の家」はおすすめだ。ティラナ中心部、キリスト復活聖堂の正面にひっそりと佇むこの建物は、完成当初は産婦人科の病院だったが、後に秘密警察「シグリミ」の拠点として使われるようになった。ヨーロッパにおける博物館のアワード(2020年欧州評議会賞)を受賞しただけあって、その展示内容(諜報道具や組織、国民ほ監視体制、外国大使館盗聴の様子など)はどれも非常に興味深い。スパイものが好きなら行ってみて損はないだろう。

筆者が今までに行った国・地域のうち、比較的日本人に馴染みの薄そうな場所を中心に紹介した。一部の国・地域についてはnoteの他の記事やフォートラベルでも旅行記を書いているので、気になる方はそちらも参照されたい。

この記事は下記の企画に参加しています。



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