ペーパーナイフ⑨〜骨董屋静海〜
その言葉に京本は驚いた顔をしたが、いつものようなにやりとした笑顔を見せた。
「なんでわかったの?」
相変わらずこいつの悪い顔は不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫のようだと思いながら、漸は話をつづけた。
「あまりにもいろいろと出来すぎていたから。
ペーパーナイフを見つけたのもたまたまとはいえ、あの店にあんな風にディスプレイで置いてあった。
まるで俺に見つけてくれと言わないばかりだ。
そして志野さんの居所。個人情報に厳しい昨今であっさりどうして不倫相手のマンションに彼女がいると分かったんだ。それならこう考えたほうがいい。あの不倫現場を取り押さえられる第三者が欲しかったんだ。おまえは前にこう言っていた。
志野さんの彼氏ー不倫相手ははおまえの恋人の会社の人間だと。いい噂を聞かないというのは、不倫の話じゃないのか?
……志野さんとお前の出会いからすべて仕組まれていた。おまえは恋人から頼まれて志野さんに近づいた。作家のファンとしてな。
ペーパーナイフは小道具としてのトリガーに過ぎなかった」
漸の推理、というよりも考察に京本は笑った。
「店主ってさ、骨董屋なんてやめて探偵にでもなったら?
おおむね正解だよ。本当の依頼人は僕の恋人。で、不倫相手として刺されたのは恋人の会社の人間だったんだ」
そこまでで言葉を切る。
「実はあの刺された彼、茉莉花さんと不倫してた挙句、会社のお金を使い込んでいたんだ。
茉莉花さんは恋人の会社の取引先の人だし、彼もなかなか尻尾を出さないから、恋人は一つ仕掛けてみた。
でも、ペーパーナイフは本当にわからない。彼女の言う通り、彼の家にあったのかもしれない。
もしくは彼女の思い込みからそんな妄想を生み出したのか……お店のことだって知らないよ。たまたま店主が見つけただけじゃないのかなぁ。
あ、そういえばペーパーナイフは?」
京本の話に嘘はないようだった。なら本当にあの店で見つけたものはただの偶然だったのか。……嫌な偶然だなと漸は寒気がした。そして京本の言葉に漸は反射的に返した。
「お前が持っているんじゃないのか?」
「え?僕持ってないよ。店主じゃないの?」
「出ていくときに持っていった記憶が……あるな。
あれ、あれからどうしたっけ?」
漸も自身の記憶の曖昧さがある。あのとき自分は鞄の中に二対のペーパーナイフを入れた。ならその鞄の中にあるはずだ。
漸は京本が預かっていた鞄の中を触ったが、見当たらない。……ゾクリと背筋に寒気がはしった。
何を思ったのか漸は購入したペーパーナイフと預かったペーパーナイフを見比べていた部屋へと向かう。
電気をつけて、デスクに目を向けると、漸は「わぁ!」と大声を出してしまった。夜中だと思ったがそんなことを忘れてしまうほど目の前の出来事だった。
「どうしたの店主!」
滅多に大声を出さない漸の様子に京本も走りながら大声を出す。
漸は我が目を疑った。一度目をこすりもう一度みた。しかし目の前のことは変わらなかった。
二対のペーパーナイフは刃の部分がじっとりと血に濡れてデスクにあった。今まさに血で濡れたような鮮血が滴り落ちていた。
後ろからやってきた京本も驚きで目を見開く。
そして2人の前で跡形もなくスッと消えた。
デスクには血溜まりの染みだけが残されていた。
目の前のことに二人は言葉を失った。あれは紙を切ることが大前提の刃物だった。そしてあの時の現場には一切ペーパーナイフは出していない。なんなら今の今までカバンにあると思っていたぐらいだ。
いつの間にそこに移動したのか、そしてなぜ血まみれだったのか、目の前で消えたのか。
「……事実は小説より奇なり、だね」
あははは、と乾いた笑いを浮かべる京本の隣で漸は今起きたことを説明しようと考えた。
しかし、できなかった。目の前のことがどうして起きたのかわからない。
説明をつけようとしたが、漸の頭がそれを拒否した。目の前で起きたことをそのまま受け入れろ。そしてもう関わるなと頭の中で警鐘のようにならされていた。
「……ねぇ店主、店主はさ、前世って信じる?」
目の前で信じられないことが起きたが、漸たちは元の席に戻った。
ここで議論をしても仕方ないし、何よりも物がなくなってしまった。
依頼者が返せと言っても返せれないし、それ以上に彼らがそれらの存在を忘れている可能性もある。何も言われるまでこちらは沈黙を貫こうと決めた。
そんな時にふと京本がそんなことを口にした。もうこれ以上漸は前世の話などという考えや世界などは関わりたくなかった。しかし京本は気にせずに話を続ける。
「俺も実はね、前世の記憶があるんだよ」
⑩へ続く。
