ペーパーナイフ4〜骨董屋静海〜
志野茉莉花はこれから仕事があるからということで、席を立った。
残ったのは彼女から預かったペーパーナイフ、水滴がついているグラス、そして。
「ねー、彼女の話、突拍子もないでしょ」
この奇妙な依頼人を紹介した京本と漸だけだ。
店内はこの一組だけらしく、静かにジャズが流れている。
漸はこの突拍子もない話に頭を抱えていた。
何せ話が妄想だと思わせる内容だった。
最近流行りの異世界転生ものや前世の記憶を宿した云々の話を借りたように思えて仕方なかった。
それも大の大人が話をする。
漸には彼女のかっちりしたとスーツ姿を思い出した。立ち居振る舞いといい社会人の嗜みがあると判断した。
そんな彼女から出てきたあの話。もちろん人は見かけによらないとは思っているが、それでも……。
京本に視線をやると、ニヤリとまた笑った。
この笑い、本当に顔面に拳を入れたい。
色々な気持ちを抑えながら横目で睨む。
そんな漸の気持ちを知ってか知らずか、京本は話を続ける。
「店主ならこんな話、最後まで付き合ってくれると思ってね。まぁ僕も、彼女の話が本当なのか、それはわからないよ」
「そもそも彼女とはどこで知り合ったんだ」
冷静に考えれば、彼女と京本の関係を知るべきだった。それを聞かずに彼女の話と品を預かってしまった。自身の危機管理のなさに嫌になった。
「僕の小説のファンサイトで知り合ったんだ。ほら、僕って二足のわらじを履く医者だからねー。もちろん顔出しNGでやってるけども。
正体を隠して一ファンとして入ったら、仲良くなって。
そして話を聞いていったら、僕の恋人とも関りがあってね。そこで湧いた話ってわけ」
そうだ、と漸は思い出した。医者のほかに京本のもう一つ顔があることを。
京本一馬、医者をしつつペンネームを使い趣味でウェブ雑誌に小説を寄稿している作家だ。
作風は現実か幻の境目を巧みに書くホラーファンタジー。
世間では今流行りのモニュメントホラー、フェイクドキュメンタリーなどと言われるジャンルを得意とする作家などと評価されている。
本人は書籍化の予定はないからねーと笑っているが、漸の周りではウェブ雑誌やサイトで京本の作品を楽しんでいる人間が多いのも事実だった。
正体を知っているのは漸とほか数人だけ。
そんな作家が自身のファンがあつまるコミュニティに正体を隠して入るとは。
「俺は君の危機管理能力のなさに驚くよ」
色々と言いたいことがあったが、今は話がそれてしまうためやめておこう。危機管理能力については自身にもブーメランで戻ってくるからだ。
漸はぬるくなったアイスコーヒーをのどに流し込んだ。
「で、店主の見立ては?これ、本当に彼女のいう話があると思うの?」
京本は頬杖をつきながら漸に尋ねる。
作家の好奇心なのか、目が爛々と輝いている。
「さぁな、調べないとわからない。が、どうもあの短い話だけなのに俺は違和感を感じた」
その違和感が何かがはっきりしないままなのだが。と漸は付け足した。
多分直感。骨董屋としての直感。
物には必ず物語が宿る。悲劇であれ、喜劇であれ、大なり小なり宿る。それは持ち主自身の思い、大事にされてきた思い出たち。
しかし、さらりとしか聞かなかったが、彼女が語る物語には全く何も感じられなかった。
虚空の物語。漸はそう感じた。まるで誰かを騙したい、何かこれ自身がそんな物語を語り出すような気がしてならない。
「まるで小説の世界のようだ。これ、結末が楽しみだね」
嫌な笑顔で京本がいう。今度こそ顔に一発入れたいと思うが、気持ちを抑える。
「まぁ刃物が関わるものなんて結末なんて大概悲劇でしょ。なにせ、刃物は人を傷つける道具なのだから」
少し低い声が漸の耳に届く。いつもの京本の声よりも低い。いつものおちゃらけた雰囲気は感じられなかった。
「人との生活の中に必要だからこそ生まれたものだ。道具一つ一つに意味があるんだ」
京本の言葉に漸は思わず反論した。
まるで京本が刃物などに恨みでもあるような言い方だったからだ。医者なのだから、道具として使っているだろうに。
カラリ、と氷が音を立てた。漸はその音に冷静に戻った。なにを若造相手に言い合おうとするのだ。
首を横に振り冷静さを取り戻す。
「ひとまず、これは預かる。あとはこれが語るまで待つだけだ」
⑤へ続く
