ペーパーナイフ⑩〜骨董屋静海〜
漸の怪訝な表情を無視して京本は続ける。
勝手に冷蔵庫から取ってきた麦茶を飲んでいる。
「僕もね、実は前世の記憶があるんだ。そして恋人は僕と昔からの恋人。
なんて言っちゃうと陳腐な三文小説になっちゃうんだけどね。でも、本当の話」
本当の話、といった瞬間、漸は少しばかり部屋の温度が下がった気がした。
何だろう、志野茉莉花の時とは違うこの雰囲気。本当のことを語られている気がする。漸は少し驚いた表情で京本を見つめる。漸の表情などを無視しして京本は続ける。
「昔、僕たちは敵対関係だったんだ。ひょんな縁からつながった。そして僕は裏切られた恋人に殺された。……今でも夢に見るんだ。あの時の記憶が。
でも、恋人はずっと僕のことを大事にしてくれていたのは知っていたんだ。
なぜって?僕たちにしかわからない暗号を使っていたから。
だから僕はきっとこの記憶を忘れずにいたんだろうな」
「……京本、お前」
「……なーんてね!事実は小説より奇なりだけども、今回のことからインスピレーションを受けた小説を即興で作ってみたよ!」
いきなり笑いながら顔を上げて漸を見る。その顔はいたずらに成功した子供のような顔をしている。
漸は先ほどまでの雰囲気が一気に崩れたのを感じて、肩透かしを食らった。
「ははは!店主もそんな顔をするんだね!あーいいものを見れた」
笑いが止まらないのか、涙まで出てしまっている。漸はその様子に一時はぽかんとしていたが、少しずつ騙されたのに気づき始めた。
「もういい!お前の話はどこまで本当か嘘かわからない!
小説は自分の頭の中だけにしておけ!」
バッと立ち上がり漸はいつもより少し語気を強めた。そして自分のコップを取りに台所へと向かった。
その後ろ姿を見ながら、京本は笑いを続けていた。
「本当に店主ってからかうと楽しいよねー。……でも本当に志野さんのはただの妄想だったのかな」
京本は漸が戻ってくるまでの間に独り言のようにつぶやき始めた。
「実際にあのペーパーナイフは存在した。なら、こう考えるのが面白いんじゃないのかな。彼女の前世だと思っていた記憶はあのペーパーナイフの記憶だった。もしかしたらあれはもとはペーパーナイフじゃなくて本物の刃物だった。なんて陳腐すぎるかな」
漸の背中を眺めながら京本は独り言をつぶやいた。
「真実は闇の中、って本当に今回のことを言うんだよ、店主。
しかし、わからないのはあの二対のペーパーナイフだな。
……もしかしたらこう考えたら物語的には面白いよね。
実は何らかの魔術や魔法があのペーパーナイフにかけられていた。そしてあれが求めていたのは生贄の血だ。生贄の血を吸って血まみれになったナイフを欲しい誰かが、僕たちの前から消した。なんて、陳腐かな」
漸が戻ってきたときに京本は何かをぶつぶつとつぶやいている。
何か新しい小説のアイディアでも浮かんだのか、それとも今回の一件をネタにしたいのか。
漸はあきれたため息を吐きながら自身のコップにも麦茶を注いだ。
時計の鐘が時間を告げた。時間は午前2時を伝えてきた。
それからの顛末はお粗末なものだと、漸は京本から聞いた。
あの被害者は会社の金を使い込んでいたこと、不倫のことなどが世間にばれ、被害者から横領の罪で犯罪者になったこと。志野茉莉花はカウンセリングを受けていること。
志野茉莉花とは不倫関係であり、彼女もまたあの男から言われて彼女の会社の金も横領をしていたなどなど。
京本の恋人はトップとしてその件で奔走していると京本自身から聞いた。
「おかげで僕とのデートがなしだよー。恋人も店主に挨拶と謝罪をしたいって言っているのに」
昼間の時間、日が高く昇り暑さを感じる縁側に座り足をばたつかせる京本に、漸は私服の浴衣をゆったりと着て話を聞いている。近くでは扇風機が首を振り2人に風を送る。まだ今日の暑さはマシな方だと漸は団扇であおぎながら考えていた。
「謝罪は結構だ。あのケガだって大したことはなかった。しかし、お前の恋人なるひとに一つお願いできるならば、お前の首に首輪でも巻いて監視でもしてもらいたい」
「やっだなー店主、そんなこと本気で言わないでよー。あっちがマジで受け取っちゃうじゃん」
「会う機会があれば、クレームのようにいろいろと伝える」
あはははと明るい声が縁側と庭に響き渡る。漸はため息をついて自身の手に薄く残った傷を見た。
あれがいったい何だったのか、それはわからない。しかしいろいろな道具を扱ったり関わると時々説明のつかないようなことが起こるのもまた事実だと改めて認識をした夏の話。
終
