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ペーパーナイフ3〜骨董屋静海〜

ペーパーナイフ。今では使う人間がほぼいない品物だ。
その名の通り、封筒など紙を切るものとして使用されてきた。
起源はヨーロッパで作られた活版印刷の文化まで遡る。
なぜなら書物は今のようにページが一枚一枚捲られて離れているものではなく、袋とじと呼ばれる作り方で作られていた。
そもそも書物とは、字が読める特権階級や知識人のためのものであり、庶民のためのものではなかった。そのため、書物を読むための道具として作られ発展したものがペーパーナイフである。
日本にこの文化が入ってきた明確な時はわからない。ただ、大正時代、北原白秋が好んでいたと言われるアンカット製法ー本のページを一枚一枚切らないと読めない製法ーが主流だった時代背景や印刷の歴史から考えて、明治時代にはペーパーナイフが必要だったことはわかる。

漸は頭の中にペーパナイフの歴史を思い出しながら目の前の品物を見る。
アンティークの基準は基本100年経過したものをいう。
日本で言う付喪神ー99年経過した古い道具が妖怪になることーだって、人が大切に物を扱ってきたことの共通になる。
しかし、目の前の品はパッと見て100年経っている気がしない。
細かくみたらわかるのだろうが、骨董屋の勘としてまだ100年経っていない品、少なくとも大正から昭和の頭だから、ギリギリ90年ほど前の品なのだろう。
アンティークの基準は満たしていないが、古い道具であることは間違いない。

漸は茉莉花に許可を取り、ペーパーナイフを細部まで確認する。小型のナイフぐらいの大きさのものは、遠くから見たら本物のナイフにも見える。
木製の刃先は細かい傷があることから、使い込まれてきたものであるのがわかる。
次に細部の意匠を確認する。
柄の部分はアール・ヌーヴォーが流行った時代のものか、職人の趣味なのか。
草木があしらわれているそれは、それらが絡み合い額のように四角を描いている。そしてその中には薔薇。薔薇も一枚一枚花びらが彫り込まれている緻密さ。職人のレベルの高さが伺える。
そして刃の部分、真ん中が凹み、その中心には鳥が羽ばたこうとする瞬間が描かれていた。
緻密さからもみても、相当レベルの高い職人の品だろうと思われた。
これが100年経ってアンティークとして認められたなら、きっと高値で売れるだろうな。
しかし、100年経っていなくても、ここまで細かい意匠のものは価値がある。

漸は商売人の頭になりながら、丁寧にテーブルにおいた。
そして先程の茉莉花の言葉を反復する。

「あなたは先ほど、これが自身の前世で使われていたもの。とおっしゃりましたが、その言葉の意味はどういうことでしょうか」

自分の耳が聞き間違いをしたと思いたいので、漸は改めて反復する。
茉莉花はまっすぐな目で漸を見つめて話を始めた。

「これは、実際は彼氏の家にあったものなのです。これに触れた瞬間、急に涙が止まらなくなりました。そしてその日の夜の夢に前世の私の記憶が出てきたのです。それはとある国の貴族でした。私は彼と敵対する家柄でしたが恋仲です。しかしその恋は戦禍に巻き込まれて叶うことなく散りました。
その時にこれが彼から渡されたのです」

……荒唐無稽にもほどがある。漸は色々と言いたいことを飲み込み、茉莉花の話を頭の中で整理した。
頭痛を感じるのはきっと気の所為ではない。
頭が茉莉花の荒唐無稽な話を否定したがっているからだ。
二人の会話を楽しく聞いていた京本がおもむろに口を開く。

「それって、海外のものなんだろうね。アンティークのこういう道具は結構海外が主流なイメージがあるなぁ」

「日本でも明治以降ペーパーナイフが使われることは増えていくぞ。西洋文化の流入により印刷文化も発展したからな」

漸は頭の中でめくっていた印刷の歴史とペーパーナイフの説明を二人に簡単にすると、ほぉ~と二人あら感嘆の声が上がった。

「なら私とこれも、海外のものかもしれませんね!
静海さん、私のお願いはこれがどこの国からのものなのかを調べてほしいのです!
如何せん夢の中じゃドレスを着ていて、西洋の屋敷としか、わからないのです」

茉莉花が悔しそうに唇を噛む。
その様子に彼女が本当にそれを信じていると思った。
初対面でバッサリいくよりも、すべての事情を知っている京本に確認をしようと心に決めて、漸は口を開く。

「年代ぐらいならある程度調べられると思うので、一度お預かりしてもいいですか?
ただ、どのような結果であれ受け入れる。これが条件です」

何故かふと湧いた言葉も口にした。自身の口から出た言葉に驚きつつも、漸は伝える。
その言葉に京本がニヤリと口角を上げたのを見逃さなかった。

茉莉花は嬉しそうに「ありがとうございます!」と頭を下げた。

こうして漸は奇妙な話の品を預かった。
まさかこれが事実は小説より奇なりとなるとは思ってもいなかった。

④へ続く。


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