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ガタンゴトンの記憶 エッセイ┃音楽┃シンガーソングライター┃子育て┃電車

ガタンゴトン。
ガタンゴトン。

沖縄には、電車がない。

ゆいレールというモノレールはある。

でも結構最近、「3両編成になる!」とニュースになって、大人たちが少しざわついていたくらいには、“電車文化”とは少し距離のある暮らしをしている。

だからなのか。

今回のゴールデンウィークで、
息子は完全に電車に心を奪われていた。


新幹線を見た瞬間なんて、
本当にすごかった。

「はや!!!!!!」

ホームに電車滑り込んでくるだけで大興奮。

のぞみに乗ったらさらに大興奮。

窓の外の景色がびゅんびゅん流れていくたびに、
身体ごと前のめりになっていた。

しかしながら、耳も痛かったようで、
途中からトーンダウンしながら
名古屋の友人宅に向かっていた。

途中、虹が見えて、とてもキレイだった。

見えづらいけど、
子供が見つけた虹がキレイに見えていた。

帰りは名古屋から新大阪まで新幹線で
そこからは、懐かしの御堂筋線。

大阪の地下鉄でも同じだった。

「次なに線?」

「まだ乗れる?」

「この電車、色さっきとちがう!」

「連結するの見たい!!」

とずっと目がキラキラしていた。

実はそんな御堂筋線の旅は、
ノーターズのとよさんに会いに行く旅でもあった。
詳しくはこちらから。

わたしにとって最高の時間が過ごせた日だった。


そして今回も
楽しみにしていた京都の鉄道博物館にも行った。

そこでも彼は、ずっと上機嫌だった。

電車の下をくぐって、

「うわぁぁぁ……!」

と声をあげたり、

踏切のベルを自分で押せるコーナーでは、
何回も何回もボタンを押していた。
(毎年行ってるんだけど、やっぱ5歳くらいの
感性はほかの年代と少し違うのかな?)

たぶん彼にとっては、
全部が夢の国みたいな場所だったんだと思う。

大人からすると、“展示”なんだけど、

子どもにとっては、
“本物の世界”なんだなと感じた。

正直、大人の私はちょっと疲れていた。

乗り換え。
階段。
人混み。
荷物。

“どう移動するか”ばかり考えていた。

でも息子にとっては違った。

移動そのものが、アトラクション。

改札を通ること。
発車メロディー。
ホームの風。
車内アナウンス。

全てが新鮮だった。

駅と駅の間の傷ついた床だって、
びびびと光線に変わる。

すごい感性を感じた。


ふと、地下鉄の窓に映る自分を見ながら、
身体を揺らしている姿を見て、

「子供は電車のある世界を全身で吸収してるんだな」

と思った。

私は京都出身だから、
昔は電車なんて当たり前。

阪急。京阪。JR。地下鉄。
時刻までは管理してなかったが、
大体の線路図は把握して、
どこからどこまでがどのくらいの時間なのか
把握していたようにおもう。
(今ではGoogle先生がないと無理。)

学生時代も、社会人時代も、
毎日のように乗っていた。

でも沖縄で暮らし始めてから、
電車のある日常は少しずつ遠くなっていた。

車社会の沖縄では、移動の音が違う。

ガタンゴトンじゃなくて、エンジン音とたまのクラクションと信号待ちの音なのかもしれない。

だから今回、息子と一緒に電車に乗りながら、
自分の中の記憶まで揺らされている感覚があった。


ガタンゴトン。
ガタンゴトン。

あの音には、
不思議と人を子どもに戻す力がある。

エレクトーンの先生に習いに行くのに、
窓の外をぼーっと見ていた学生時代。
仕事帰り、疲れ切って眠っていたときに
財布をとられて、
悲惨なゴールデンウィークがあったこと。
誰かに会いに向かっていた時間。

いろんな記憶が、つながっていく。

そして今は、
その音を隣で全力で楽しんでいる子供がいる。

なんか不思議だなって思った。

人生って、面白い。

疲れた移動のはずなのに、
気づけば私まで少しワクワクしていた自分。

帰りの京阪電車は2階建て。
いっぱいだったから、1度は見逃して、
2度目の電車に。

息子の「楽しい!」は、とても尊い。

忘れていた感覚を、
何度も連れ戻してくれる。

ガタンゴトン。
ガタンゴトン。

きっと彼の中にも、
この音の記憶は残っていくんだろうな。

そんなことを思った、
とても楽しいゴールデンウィークだった。

本日も皆さんにとって、素敵な一日でありますように!

私も貴方も最強の運と笑顔で。

日々是好日。

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