剣術家から見た「侍タイムスリッパー」
剣道四段、居合道三段の八神。
「剣術家から見た」と、初手から大きく出たので最初に書いておきます。
どちらもまだまだ修行中の身ではありますが…
剣士(けんし)、剣術家(けんじゅつか)は、剣の使い手。主に剣術、剣道、居合道、フェンシングなど、刀剣を用いる武道・スポーツをしている者のことをいう。
と、Wikipediaさんもそう申しておりますので、不肖、八神も「剣術家」を名乗らせていただきます。
「観ない要素」だらけなのに観てドはまり!
そもそも私は日本映画をあまり観ません。
なぜなら、ハリウッド映画が大好きだからです。
要するに、金掛けて有名俳優じゃんじゃん起用して銃撃ちまくってカーチェイスして爆発してピンチに陥りつつギリ勝ってチューしておしまいの映画が大好き。
それだけで毎日観ても観尽くせないほどの作品があるので、特撮やアニメ、一部のホラーを除き日本映画を観ている時間がない。
あとは小難しい、せせこましい(スケールが小さい)、地味、暗い、そんな印象(完全な偏見ですけどね)を持っているということも挙げられるでしょう。
わざわざこんなこと書かなくてもいいようなものですが、これも書いておかないと自分の気持ち的にスッキリしないので、あえて書いておきます。
本作、「侍タイムスリッパー」は、実はそうした「観ない要素」だらけの作品でした。
・ 日本映画である
・ 低予算映画である
・ 知ってる人が一人も出ていない
・ その他諸々。
もう一つ。一応、剣術を学んでいる人間として、映画時代劇のチャンバラがどうしても気に食わない。
テレビ時代劇ならいいんです。
あれはもう「お約束」が分かっていて、勧善懲悪のマンネリズムを楽しむための娯楽であり、チャンバラはその中のほんの一要素と知っているので大丈夫。
でも、ことリアリティを求めるタイプの映像作品などでは、人物描写や心象風景が上手で話に引き込まれていても、チャンバラシーンで途端に興醒めしてしまうことがほとんどなのです。
チャンバラで満足したのは北野武監督の「座頭市」くらいなような気がします。そもそも鑑賞している日本映画が少ないので、私の勉強不足なのは否定しませんが、まずもって「観る気が起きてこない」のですから仕方がない。
本作も、そんな感じで観始めました。
結果、ドはまり。
以下、その理由を列挙していきます。
観たのも完全にたまたま。
申し訳ございませんが、この記事を書くまで「侍タイムスリッパー」が日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞したことさえ知りませんでした。
ヘッダー画像を拾いに行って初めて気付いたような始末。
この辺りからも、私の勉強がいかに足りないかがおわかりいただけるでしょう。
その日、私はアマプラでジェイソン・ステイサム主演の映画「パーカー」(半年ぶり四度目)を観ようとしておりました。ところが、ダウンロードがうまく行かず、映像も音声もストップモーションのように途切れ途切れになってしまう。
じゃあ、と言うので「メカニック」でも観ようかと思いましたがこれも同じ。あの時の私はステイサムのアクションが観たかったんでしょうね。でも見られそうもなかった。
で、なぜか「日本映画ならいけるんじゃないか」と思い、クリックしたのがこの「侍タイムスリッパー」でした。
恐らくですが、これも「食事の時間」でなければ「面白い」と思う部分まで辿り着けなかったことでしょう。出てくるのは知らない役者さんばかりだし、ハッキリ言いますと「雷に打たれてタイムスリップ」の時点で半ばお察し状態になっておりました。
「でもまあ、食事の時間くらいはこれでいいか、ストップモーション見てるよりはマシでしょ。」
カップ焼きそばを啜りながらそんなことを考え、話が進んで映画の中では「実録龍馬伝」で主人公・高坂新左衛門が銃で撃たれるシーン。この辺りから本気になって見入り始め、気が付いたら一気にラストまで行ってました。
うん。銃で撃たれたことがなく、血糊発破を知らない時代の人なら、自身に向けられた銃口と発砲音、目で確かめた自分の血だけで走馬灯が見えるのは合点が行く。
そして会津藩士の主人公が坂本龍馬に並々ならぬ思いを抱いていて、本気で斬りかかろうとするのも納得できる。それが、現代の人間には勝手に「すごい演技」として映る。
「おー、こりゃきちんとした(見えない部分で辻褄のすっきりと合う)演出がされている映画だなぁ」
と、何を勘違いしたのか偉そうにそんなことを思ったのです。
会津言葉が沁みる
私も東北にルーツを持つ人間として、主人公の話す会津言葉(というか東北訛り的な)を耳にするだけでも心地がいい。なにやら落ち着く。
舞台がほぼ京都なので、慣れない京言葉の飛び交う中で、主人公一人だけがずっと会津弁で通す(劇中で言葉から馴染もうとする描写がある部分を除く)のですが、おそらく全員が「気の毒な田舎者」と思って優しく接しているのだろうな、とこれまた偏見に満ちた穿った見方をしながら「東北人としてがんばれ」と、自然に応援してしまう。
さらに、戊辰戦争での会津藩の悲劇は、まるで我がことのように思っている(白虎隊の影響。地理的に小中高いずれかの段階の社会学習で大抵鶴ヶ城を訪れることになり、木刀を買って帰って来る。)ので、主人公の葛藤、そして覚悟に深く共感して涙する。もうこの辺りまで来ると、さすがに本作が「珠玉の名作」なのではないか、と思い始めているワケ(自分が知らないだけで、名作当たり前の受賞作品…)です。
「日陰」が「日向」に
本作では、主人公が「この世界」で生きていくために、「斬られ役」として生きていくことを目指します。
ですので殺陣を付けるシーンがたびたび出てきます。これがまたいい。普段は日の当たらない「日陰」の存在である殺陣師の皆さんが「日向」に出てきて、活き活きと演技をされている。
実際問題として、殺陣とはこう付けるものなのか、普段から稽古をしているのだな、撮影所にこんな道場があるのか、というような「映像づくりの裏」が垣間見えたのはとても勉強になりました。
そして何より、当たり前のことなのでしょうが、皆さんの「太刀筋」がかなりの本格でした! この辺りは経験者の私から見ても「おお!」と思うようなものばかりでございまして、昨日今日の太刀筋でないのは一目見て明らか。
竹光での演技なので「重量感」の表現が難しいとは思うのですが、さすがの剣戟ぶりでございまして、構えや居住い、残心の示し方まで本当にお見事としか言いようがなく、私より高段位の方も多数いらしたようにお見受けしました。
以前、某アイドル扮した剣士が右手と左手逆に持ったまま刀を振って、ばったばったと人を斬り倒していく映画(ドラマかも??)を観たことのある私としては、これはある意味大きく期待を裏切られたのですが、それもそのはず。なにせ「魅せる剣戟」のプロ集団を描いている作品なのですから。
優子ちゃんの「はいっ!」に癒される
本作のヒロイン、 沙倉ゆうのさんの演じられる「山本優子」の返事なのですが、これがとても清々しい、いいお返事!
聞くたびに、高坂が心惹かれるのも無理はないと思ってしまう。
ほんとにとても癒される「はいっ!」なのです。
沙倉さんはこの演技の他に、作中で演じていた助監督の役割をリアルでもこなされていて、クレジットもされております。すごい…。
でも、ただの「素直ないい子」だけではありません。夢に向かって努力し、ビシッとした筋を一本通した「大和撫子」でもあります。ラストの平手打ちなどは、その現われの一つなのでしょう。まさに目の覚めるような一撃でした。
まさに「ヒロイン中のヒロイン」と言ったところではないでしょうか?
「コメディ」には違いないけれど…
「侍タイムスリッパー」はコメディ映画です。
単純に観て、主人公の悲哀を笑いに昇華してアハハとなればそれでいいはずの映画。
でも、そうじゃあない。
少なくても、東北の人、中でも会津の人には違う雰囲気で映ったんじゃないかなぁ。
ラストの劇中映画「最後の武士」(ラストサムライのオマージュ??)の中打ち上げで語られる戊辰戦争、特に東北戦線における悲劇は高坂でなくても涙なしにはいられなかった方も多いのでは、と思います。
また、
・ 風見恭一郎のPTSDに似た症状
・ 酔った高坂をいたぶる三人の若者
・ 高坂の山本へ対するほのかな想いとそれを見透かして茶化す風見
など、メインストーリーを彩るサブストーリー的なエピソードが様々に描かれているのですが、どれも「観る側に過剰な負担を掛けない」配慮がされているように感じました。
日本の映画とか小説には、完全に「受けた側に丸投げ」するようなストーリー展開が結構多い。
もちろんそういうことを「考察して楽しむ」タイプの方がおられるのはわかりますが、あまりに漠然とし過ぎていて、回りくどくて、ダラダラと長いばかりの作品がとても多いように感じます。
私などは基本的に「楽しみたいだけ」の人間なので、自ら進んで「考察したい」と思うような作品以外、「よーし、お前たち考えろ!」みたいな小難しさは求めていないんですよね。
こうした方も、一定数はいるように感じています。
その点、この「侍タイムスリッパー」は「そのどちらにも」対応している作品だと思いました。監督・脚本の安田淳一さんの「腕」のおかげなのでしょうが、何も考えないで観てもクスッと笑え、グスッと涙ぐみ、ラストの爽快感に繋がっていく。
逆に深読みする気ならいくらでも掘り下げられるようなエピソードもわかりやすく織り交ぜられていて、二度、三度と観たくなるような「奥行き」も確かに存在している。
すげー!
そんなベタな感想しか出て来ませんが、ほんとに幅広い層の、誰にでも楽しんでもらえる映画だと思います。
コメディ映画なんだけど、見終わるといわゆる「社会派映画」を観たような気持ちにもなってしまう不思議な魅力のある作品で、しかもそれが「いやらしさがなく」伝わってくるんだよなぁ。
やっぱ、すげー!!!
ラストの迫真の殺陣は、見逃せないっ!
ラストの高坂と風見の立ち合いシーン。
これは、時代劇史に残るような迫真のものでした。
少なくても、私が観た「立ち合いシーン」の中では断トツで一番です。
そこに確かに「本身」の刀が存在し、ヒリつくような命のやり取りが繰り広げられていました。
実際の斬撃はもちろん、抜刀、納刀、受け、いなし、間の取り方、呼吸、足捌き。その全てがかなりリアル。アマプラで観たので、この立ち合いだけを何度も何度も観させていただきました。
私はもちろん、真剣で斬り合った経験などありません。
真剣を抜いて形を使ったことはあり、組太刀(二人一組で形を使う)も経験があります。
重さにして、約1kg。
軽いようにして、非常に重い(試しに半分の500㎖のペットボトルを振ってみて下さい。ある程度の重さが体感できます)。
しかも、ミスをすれば大怪我だけでは済まないかも知れないのです。
普段では感じることのできない緊張感で、抜いているだけでも汗が噴き出してきます。
そうした緊張感が、まざまざと脳裏に甦ってくるような、まさに手に汗握る立ち合いシーンでした。
これは演じた役者さんの演技力がすごい。
「もしかして、この撮影には本身(真剣)が使われているのでは?」
と本気で思わせるような、魂の籠った熱演でした!!
全員の「時代劇愛」がものすごい!
すみません。言葉を操ることを生業にしようとしている人間とはとても思えないような安直な「すごい!」ばかりで赤面の至りなのですが、私の感じている思いを端的かつ的確に表現できるのはこの三文字なのです。
作中の端々に、スタッフの皆さんの時代劇に対する愛が、ヒシヒシと感じられます。セリフはもちろん、設定や細かい描写にそれが現れている。
その「愛」が、こちらには作品に対する「熱量」として、確かに伝わってくるのです。
観ている方はその熱に焼かれ、気が付けば同じように熱くなってしまうような、そんな映画でした。
この辺りは人それぞれの部分もあるかと思いますので、ぜひ一度、ご自身でその「熱」を感じてみていただきたいと、心から思います。
おわりに
気が付けば5,000文字も語ってしまいました!
勝手気ままに文字を綴ってここまで参りましたが、結論を申しますと、私にとって本作「侍タイムスリッパー」は、まさに自分の視界を広げてくれた、
「稀に見る名作中の名作」
となりました。
日本映画があまり好きではなく、偏見に満ちたこの私が、この作品を手掛けた監督の作品、役者さんの出演映画を何本か観てしまうほどに。それがどうしたと言われればそれまでですが!
そしてあらゆる機会を捉えて、宣伝をしています。
ほんのささやかにではありますが、剣術仲間や月一で指導している学生にまでこの「侍タイムスリッパー」を観ることを勧めています。
実際に観てくれた皆さんは、私と同じような感想を持つ方が多いです。
特に剣戟のリアリティについては、口を揃えて「すごい」と言います。
師筋の七段教士の先生も「見応えがあった」と仰られておりましたので、これはもう、事実として受け止めていただいてよろしいかと思います!
この記事を最後まで読んで下さった皆さんにも、ぜひオススメしたい!
特に
・ 剣術家の方々
・ 東北に縁のある方々
・ 時代劇(特に幕末期)が好きな方
にとっては「観て損のない映画」であることは、この私が請け合いましょう!
かと言って何か出るわけではありませんので、あしからず!
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