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ZONE-B SQUAD [Heartfelt laughter]

28 Heartfelt laughter
 ルネサンス様式の豪華壮麗な部屋に、あの時の三人が同じようにテーブルについていた。
 前回の洗練された会談の様子とは打って変わり、三者間で議論と言う名の戦いが繰り広げられている。
 「『わからない』とはどういうことだ、セト!私はまだ、はっきりとあの忌々しい空間の存在を感じているぞ!」
 「わからないのだから、わからないと言う他ない。帰還した部隊の報告では確かにZONE-Bは収縮して消失したことになっている。私は施設のスクリーンでその時の様子を見ていたが、現地時間で7月5日の午前3時34分、異相空間の反応がふっつりと切れたのをこの目で確認している。」
 「…インドでも同じです。その後『裂け目』はもちろん、その前兆となる『時間流の乱れ』すら検知していません。あの日以降、今日までの1,224日間ただの一度も、です。念のためにイギリスやアメリカ、中国、南極…現存している全てのHOCMSに確認を取りましたが、結果は同じでした。」
 「なぜだ!ではなぜ、私はこんなに怒りと焦りを覚えるのだっ!?いや…これは『恐れ』か…創造主たる私が、なぜこんな感情を覚えなくてはならんのだっ?」
 ヤハヴェは拳を振り上げると、そのままテーブルに拳を叩きつけた。
 その顔は紅潮し、目は吊り上がり、口元がヒクヒクと歪んでいる。その表情から、全てを統べている者のみが持つ自信は微塵も感じられなかった。

 「簡単よ。ZONE-Bはまだ消えていないから。それしかないでしょ?」

 いつの間にか、その部屋に杏が佇んでいた。
 いつ、どこから、どのようにしてこの部屋に入って来たのか、誰にもわからなかった。
 杏は落ち着いた様子でテーブルに歩み寄ると、右手の指でテーブルの表面を撫でた。
 「杏!き、貴様、なぜここにっ…!」
 セトは明らかに動揺していた。今の今まで、杏はセトの計算通りZONE-Bと共にこの世から完全に消失したと思い込んでいたからだ。
 「ドクター…いえ『セト』と呼ぶべきかしらね?ZONE-Bは消えていない。もちろん私も、この通り…。」
 杏は両手を開いてヒラヒラと振って見せた。
 「ZONE-Bは消えたんじゃない。凝縮させて、私が取り込んだ。言うなれば私は『杏B』ということ…。屈服させて持っている魂の数は700億を超えているわ。」
 「な…なんだと…。」
 「そういうことだから、私もこの『部屋』への出入りが可能、というわけ。その上で、今日は提案を持ってきたの。」
 
 『魂の数』は、そのまま『力』となる。杏の能力も、ここにいる三人が持つ特別な能力も、その源はこの『魂』によるなのだ。
 おなじ理由から、吸血鬼であるアシュリーも特別な能力を持っている。違うのはその数と魂を得る方法だった。
 吸血鬼は血を吸い、命奪することで魂を得る。ここにいる三者は『信仰』という形で「心」という魂の重大かつ、そのほとんどを占める構成要素を得るのだ。
 そして杏は、元々がマルチプルだったところに、ZONE-Bが蓄えていた魂を吸収して取り込んでさらなる力を得た。
 杏の得た魂は傷つき、欠け、または一部だけという不完全な物がほとんどだったが、数だけで言えば三人の中で最高の数を持つヤハヴェの、実に3倍強の魂を有していることになる。
 事はそう単純ではないが、『魂の総量』だけを見れば、今の杏はこの三人が束になって掛かっても容易には打倒せないほどの力を得たのだ。
  
 杏はたっぷりと間を置いて、三者それぞれの顔を眺めた。
 大きく首を巡らせたヤハヴェが、蔑むような眼で杏を凝視した。
 「愚かな人間め…。いや、もはや人間ですらない塵芥の如き存在が…この部屋を穢したことは、まあ許そう。だが、その上で『提案』だと?思い上がるのもいい加減にすることだな。」
 口調は静かだが、内容は明らかな脅しだった。だが杏はそれに全く動ずることなく、余裕たっぷりにヤハヴェを見返した。
 「それは、聞く気がないということ?他のお二人も、それでいいの?」
 杏は小首を傾げて、ヤハヴェの向かいに座るセトとウシャスに視線を向けた。
 「…杏。私はあなたの提案を聞く用意がある。」
 ウシャスがあの微笑みで杏を見つめた。杏はそこに、明らかな追従の匂いを嗅ぎ取った。
 「………提案とやらを、聞こうじゃないか…。」
 セトは視線を真っ直ぐヤハヴェに向けたまま、呟くようにそう言った。ヤハヴェは二人を睨みつけるようにしていたが、杏はそれには気が付かないフリをして話を続けた。
 「私は『元人間』として、全ての人間の後見になることにした。あなたたちはあなたたちで、今まで通り人間に関与して構わない。ただし、そこに行き過ぎた行いがあれば、三者の調和が崩れるようなことがあれば、私は即座に介入する。人間の側に立ってね。…つまり、私は『第四の勢力』そしてこの世界の『均衡者』になる。そのことを認めて欲しいのよ。」
 ヤハヴェが即座に反論した。
 「おかしいじゃないか。自ら『人間に肩入れする』と言っておきながら『均衡者』を名乗るのかね?」
 「私は今の状態で均衡が取れているとは思えないのよ。神、悪魔、仏。いずれも人間とは比べ物にならない力を持っている。その気になれば、たった今この世界から全ての人間を消し去ることだって可能なはずでしょ?結局のところ、その歪がZONE-Bを生み出すのよ。だから私は人間の後見になって、見えないところから人間を、人間の魂を支える。そして私の存在は、決して人間には明らかにしない。人間は今まで通り、その信条に従って信仰対象を決める。私以外の、ここの誰かのね。」
 杏の話した内容は、一定の説得力を持っていた。
 それに、杏の存在を認めたところで、それぞれは今までと何ら変わりなく、それぞれに動くことができる。
 人間に対して『過干渉』さえしなければの話だが。
 「…いいでしょう、私、ウシャスはその提案を受け入れます。」
 「同じく。私、セトも受け入れよう…。」
 杏はヤハヴェを見た。

 豪華な調度の部屋に、沈黙の刻が流れた。
 強張った表情で俯き加減に空間を凝視していたヤハヴェが、何度か口を開いては閉じる、という動きを繰り返している。
 声を出そうとしては思い直し、口元を緩めては引き結ぶ。
 ヤハヴェが躊躇するのも無理はない。今の今まで「全てを統べる者」として頂点に君臨していた絶対の存在が、その座から引きずり降ろされようとしているのだ。

 いや、実際はもっと屈辱的だ。
 自らが自らに引導を渡さなくてはならないのだから。

 しかも、それを要求しているのは『元人間』であり、今では偽りの肉体に科学の血を流した、名前もない存在なのだ。

 「わ…私…私、ヤハヴェも…その提案に、乗ろう…。」
 ついにヤハヴェがその言葉を口にした。今にも消え入りそうで、たどたどしい言葉ではあったが、その声は杏の耳にはっきりと聞こえた。

 『え?なんて??』

 耳に手を当て、わざとらしくそう言ってやろうかという考えが、一瞬だけ脳裏をよぎった。だが、結局はそうすることなく、杏は重々しく頷いて了承の印とした。どんなに気に入らない相手でも、敬意をもって接しなければならないだろう。

 「…ありがとう。それぞれ勇気のいる決断だったと思うわ。約束は必ず守るから安心して。…私はもう、誰とも戦いたくない。だから、どうかこれからも人間をよろしく。」
 杏は恭しく、長い最敬礼を三者に送った。
 ゆっくりと顔を上げ、念押しするようにそれぞれと視線を交わす。
 それが終わると、杏はニコっと笑った。
 「それでね?最後にもう一つだけ、皆さんにお願いがあるの!」
 小首を傾げて両手を合わせた杏は『オネガイ』を口にした。


 
 「こ…これっ!…全部、好きにしていいのっ!?」
 枇々木が子供のように甲高い声を上げながら両手を広げた。目の前には最新鋭のモニタールームであり、40枚のモニターをリンクさせた巨大なスクリーンと、感覚的に操作ができるHUD操作盤が付属したキャプテンシートが5席用意されていた。
 「もちろんよ。まあ、しばらくはヒマだろうから新しい相棒でも作ることね。電子工学室も兵器開発室もあるから。」
 そのモニタールームを見下ろせる位置にある、宙に浮いたガラス張りのラウンジに、杏をはじめとする『元スクワッド』が全員集まっていた。
 杏が行方不明になっていた3年の間に散り散りになっていた全員に思念通話を送り、ここに集めたのだ。

 「連絡をもらった時はまさかとは思ったが…。」
 ジェイが感慨深そうに腕を組んで眼下の景色を見下ろした。ジェイは今、母国に帰ってヴィンテージカーの修理販売を行っている。

 「ほんとに…10年近く経ってから連絡をよこすなんてね?」
 アシュリーが隣で微笑んだ。アシュリーはイギリスで劇団を率いている。自らも舞台に立つことがあると言うから驚きだ。

 「いや、もう驚いたのなんのって…杏さぁとまた会えるとは思うちょりませんでした!」
 桐野は現存しているHOCMSのうちの一つであるイギリスで、現役で活動していた。とは言え、もはや『裂け目』が現れることもなく、大好きな酒を楽しむばかりだったようだ。

 「杏…約束…守った…」
 桐野とともにイギリスHOCMSに所属しているソンヒィも相変わらずだったが、どうやら何かに目覚めたらしく、ピンク色の髪の毛を逆立て、パンクスタイルに身を包んでいる。かなりの厚底ブーツのおかげで、アシュリーよりも背が高く見える。

 「それにしても…どうやってこれだけの施設を…」
 ロビンが呆れたように杏を見ていた。杏がウィンクでそれに答えると、やれやれと言わんばかりに首を竦めて左右に振った。 
 
 「これで驚いてもらったら困るわ。ねぇ、アシュリー?」
 「はい。その通りです!」
 
 中米の無人島を丸々一個使った広大な施設には、小さいながら空港もあれば、自然洞窟の中に作られた港もある。
 元々は南米の麻薬王が保養地兼要塞としてこの島を活用していたが、その組織が5年前に突然ぱったりと鳴りを潜め、件の麻薬王も行方不明となって荒れ放題になっていたものを杏が手に入れ、HOCMS施設として活用できるように徹底的に改良したのだ。
 それが完成するとすぐ、杏はスクワッドの仲間に連絡を取り、今日のお披露目となったわけだった。

 ドクターが率いてきたスクワッドは、あの『会談』のすぐ後に正式に解散し、次いでインドやヨーロッパ各地のHOCMSも解散したり別な組織に生まれ変わったりしていた。現存するHOCMSはイギリスとアメリカ、それに南極だけになってしまった。
 ほとんどの「元HOCMS関係者」は、命や種族に関わりなく、それぞれが好きなように好きな場所で生きていた。
 ジェイやアシュリーのように新たな道を歩もうとする者、桐野やソンヒィのように残存するHOCMSに入り直す者、そして枇々木のように現実を受け入れられず、内に籠る者。
 ドクターやマリーシがどうなったかは知らない。ウィルには連絡をいれてあったが、返答はなかった。ウィルの心のざわめきは確かに感じたから、この世界のどこかで暮らしているのは間違いない。
 杏はなんとなく、ウィルはドクターと一緒にいる気がしていたが、それならそれでいい。それ以上、杏が気にすることはなかった。
 
 「で?これを見せるためだけに集めたわけじゃないんでしょ?」
 
 アシュリーが振り返って優雅に腕を組んだ。その声に、その場の全員が振り返って杏を見つめた。
 杏が頷き、ZONE-Bを取り込んでからの話や「三者」との会談、そして杏の提案からここに至るまでの経緯を話した。

 「…驚いたな…。すると何か、杏は神や悪魔を脅してこの施設を手に入れたと言うのか?」
 ジェイが目を丸くして両手を広げた。
 「ものすごく悪意のある言い方をすれば、そうなる。けど、きちんとお願いしたのよ?『資産を少し分けて下さい』って。」
 ソンヒィを除く全員が、呆れたようにのけ反った。
 「よそじゃ知らんどん、うんまれたとこじゃそいを“おどし”ち言うっど!」
 桐野はそう言いながらも、さも痛快そうに膝を叩いて大笑する。あまりのことに、標準語を話そうという努力すら忘れたかのようだ。
 「で…ここでその『均衡』が保たれているかどうか、監視する、というわけね?」
 アシュリーはいつも旧ラウンジでしていたように、壁に背を付け胸の前で腕を組んでいた。
 「そういうこと。そしてみんなには、いざと言う時の『実働部隊』になって欲しい…。どうかしら?」
 「簡単に言うが…施設の維持や補給はどうするんだね?まさかそれまで監視対象から受け取るわけじゃないだろうな?」
 ロビンは起こり得る問題について質問を投げかけた。古強者にふさわしい現実的な質問だった。
 「それは心配しなくて大丈夫。実は採掘会社を作ったの。アフリカとブラジルでダイヤモンドを掘ってる。おかげさまで業績は絶好調。」
 そこからの杏の話を聞いた一行は、呆れを通り越して感心してしまった。これほど超効率的に利益を生み出す会社は今までになかっただろう。
 杏はシェールのスピリットとしての能力を使い、ダイヤモンド鉱床を確実に引き当てていた。そして立坑だけを掘る。その立坑に意図的にZONE-Bを作り出し「存在」だった者たちに採掘を行わせる。

 「まあ、怪しまれないように機械や燃料はある程度買ってるけど、人件費は完全にO。それなりに人を雇ったことにしてその分も循環させてる。もちろん『存在』を使い捨てにしているわけでもないし、強制もしていない。…ほんとはね、全部開放するつもりだったんだけど、ZONE-Bにいる魂は不完全でそのままでは『魂の世界』で受け入れてもらえないのよ。だから現実世界で働きながら魂を自己修復してもらって、受け入れてもらえるようになったら『魂の世界』に送り出す、ということをしているの。」
 つまり、杏のやっていることは『魂のリサイクル』だった。そしてそれはそのまま会社の利益にも繋がり、この新組織の運営資金となる、というわけだ。

 「この方法を思いついたのは、実は琳なのよ。あ、琳は私の双子の妹ね?残念ながらこの世には生まれられなかった命。でも今は、別の世界でZONE-Bの管理をしてもらってる。ついでに、会社の運営やなんかも。」
 「ふふ…さすが、杏の妹ね。…抜け目ないわ。」
 あまりのことに誰も口を開けないでいたが、アシュリーだけは違った。
 「しかし…スピリットの能力をそんなことに使って、大丈夫なのかね?」
 ロビンはあくまで慎重だった。ドクターと反りが合わなかったのには、こういう部分も関係しているのだろう。
 「サー・ロバート。ご懸念には及びません。私は今や杏から受け取った魂で活動する『元スピリット』です。私も皆さんの仲間入りを果たしたということです。」
 「…なるほどな…。では、細かいことは抜きにして、私はこの活動に参加させてもらうことにするよ。もうイギリスのHOCMSではやることもないのでな。…そうそう、私の部隊を連れてきても構わないか?」
 「もちろんよ、ロビン。歓迎するわ。」
 ロビンを皮切りに、全員がこの新しい組織に所属することを宣言した。今ここに『新生スクワッド』が誕生した。
 
 「で、この組織の名称は?何か考えてあるのか?」
 全員でハイタッチをしている中で、ジェイが名称について言及した。再び全員の注目が杏に集まる。
 「私たちが活動するんだから、やっぱり『ZONE-B SQUAD』しかないんじゃないかしら?」
 全員が笑顔で頷いた。今のところこれ以上にふさわしい名前は誰も思いつかない。
 「じゃあ『ZONE-B SQUAD』ということで活動を始めよう。…では、杏。いや、リーダー。最初のオーダーを発表してくれ!何から始める?」
 三度、期待の籠った眼差しが杏に向けられた。

 「では、私から最初の命令を伝達します!」

 一同が固唾を飲んで次の言葉を待っていた。

 「全員、即時解散!別名あるまで、今まで通り好きなところで好きなように『自分の人生』を楽しんで!」

 杏とシェールを除くその場の全員がずっこけた。
 なんと、アシュリーまでが。

 新生ZONE-B SQUADの真新しいラウンジに、杏の高笑いが響き渡った。すぐに全員の笑い声がそれに続く。

 人間のために新たな戦いに赴くことを決めた『非人間』の笑い声が、いつまでもいつまでも、ラウンジに響き渡っていた。

 今、この場の全員が、心からの笑いを楽しんでいるようだった。



ZONE-B SQUAD [Heartfelt laughter]
了。 


「ZONE-B SQUAD」
完。

 

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