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短編小説 御簾のうしろ

 延喜十五年、霜月。
 夜の内裏は月影ばかりが異様に明るく、紫宸殿の南庭に降りた霜は、檜皮葺の屋根を白く照らし出していた。

 その頃より、帝の御前に仕える女房たちが、熱にも疱瘡にもあらずして、次々と病に伏すという怪異が相次いだ。夜更けになると、御簾の向こうより衣擦れの音と共に、女の声が聞こえるという。

「返せ」

 誰もその姿を見ることは叶わなかったが、その声を聞いた者は翌朝に血の気を失い、三日と経たずして命を落とした。人々は恐れおののき、ただこう囁き合うばかりであった。

「物の怪の仕業に候」

 陰陽寮より博士が召され、祭文が読み上げられ、四角に注連が張り巡らされた。東寺より高僧が参り、大般若経が転読された。されど、夜の闇を裂く声は止むことがなかった。

「返せ」

 左近衛少将・藤原朝臣実家は、帝より密かなる仰せを受けた。学才に秀で、口の堅さでも知られた二十七歳の若者である。清涼殿の奥、几帳の向こうにおわす帝の御声のみが、静かに夜の闇に響いた。

「亡くなった女房たちには、共通することがある」

実家はかしこまり、問い返した。

「何にて候」
「皆、二十年前、弘徽殿に仕えておった」

 弘徽殿。
 かつて后妃たちの栄華を競い、今は人も少ない古殿。

 そこで一人の女房が忽然と姿を消したと伝わっていた。
 名は小野小萩。歌に秀で、帝の寵愛さえ囁かれた女であったが、「禁中の秘事を書き漏らした」との讒言を受け、一夜にして追われた。

 無実を訴えたと伝わるも聞く者はなく、賀茂川へ身を投げたとも言われていた。実家は父より、その名を耳にしたことがあった。

「罪は晴れぬまま、死した」

 翌夜、実家は独り弘徽殿へ入った。柱は黒く、香の匂いも失せ、庭には枯草ばかりが広がっている。不意に御簾が揺れ、ゆるりと開いた。奥には唐衣を濡れそぼらせ、長き髪を畳に這わせた女が座していた。女は静かに語りかけた。

「……朝臣。そなたは、わらはの名を知るか」

 実家は身を正し、淀みなく答えた。

「小野……小萩殿」

 その瞬間、室内の空気が凍りついた。女は静かに笑みを浮かべた。

「二十年。ようやう名を呼ぶ者が現れた」
「何を返せと申される?」

 女は答えず、袖の内より一巻の文を差し出した。濡れた紙であった。実家が受け取ると、そこには讒言をなした者の名、賄賂を受けた蔵人の名、偽りの証文を書いた者の名が記され、末尾にはこうあった。

「この文、帝に奉るべし」

 実家が顔を上げると、女は泣いていた。

「わらはは命など惜しまぬ。されど、真実まで水底へ沈められた。返してほしかったのは、わらはの名に候」

 その姿は、月明かりに溶けるように消えた。

 翌朝、実家が帝へ文を奉ると、帝は長く沈黙し、ただ一言仰せになった。

「名を……そうか……」

 ほどなく勅が下り、小野小萩の罪は取り消され、その名誉は回復された。  
 讒言をなした一族は官を解かれ、賀茂の河原には新たに卒塔婆が立ち、七日七夜の読経が営まれた。御霊会も修され、宮中の病は止んだ。

 幾年か過ぎた春、実家は再び弘徽殿を訪れた。庭には山吹が咲き、風が吹き抜ける。その奥より、歌声が聞こえた気がした。

春ごとに
名こそ花野へ帰りけれ
身は水底に
月のみぞ知る

 振り返っても、そこには誰もいない。ただ、散る花びらだけが御簾をくぐり、陽の光へ流れていった。実家は深く一礼した。

 怨みとは、人を滅ぼすものではない。忘れ去られた真実が、なおこの世に留まり続ける姿なのであろう。

 春風だけが、それに答えるように静かに吹いていた。


本文1,437文字


こちら、みくまゆ会「チャレがや企画第12弾」への参加記事となります。

今回のテーマは「怨念」ということで……。

コッシーさんの参加記事のサムネ画像を見ているうちに、時代物が書きたくなり、怨念と言えば、やはり平安だろう、ということで、考証もそこそこに勢いで書きました。

作中に出てくる和歌につきましては、

春になるたび花の野とともに私の名は語り継がれるけれど、本当の私は今はもう水の底に沈んでいて、それを知っているのは、ただ月だけなのだ。

というような意味でございます。

ということで、みくまゆたんさん、コッシーさん、ご参加の皆さん、よろしくお願いします!


#みくまゆ会
#チャレがや企画
#怨念


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