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ZONE-B SQUAD [special abilities]

14 special abilities
 中央管理室のコンソール前では枇々木の他、三体のアンドロイドが同時に作業をしていた。ドクターの話にあった、世界各地の遺構についての調査がアンドロイド達によって昼夜行われていたのだ。
 杏とマリーシが中央管理室に入室すると、ガレージの方向からドクターとウィルが何やら身振りを交えて会話をしながら歩いてくるのが見えた。
 そのドクターと、杏の視線が交錯した。ドクターが緊張したような無表情になり、ピタリと足を止める。その動きに気が付いたウィルもドクターの視線を追って杏に辿り着くと、目を丸くして驚いた。
 「杏!どうしたんだい!?」
 いつもはやたらと冷静ぶるウィルが、素っ頓狂な声を上げた。その声に反応した枇々木も振り向いて杏の姿を目にすると、驚きを口にした。
 「うわ!大胆なイメチェンだね…でも、不思議と似合ってるなぁ。」
 最初は二人が何を言っているのか、意味がわからなかった。だが、電源の入っていないモニターに映る自分を見て、杏も驚いた。
 「え…えぇっ!?」
 髪の毛の色がめちゃくちゃなことになっている。元々明るめのライトブラウンだった髪の毛に、様々な色のメッシュが入っているのだ。
 画面越しではわかりにくかったが、髪質もそれぞれに違う。手で触れてみるとそれがよくわかった。
 赤のメッシュはごわごわしていて、毛の一本ずつがかなり太く感じる。青の部分はその逆で、細くて柔らかい。黄色の部分はまるでキューティクルが全て逆向きになったかのように、手櫛に引っ掛かってくる。
 画面に顔を近付けてみると、左右で瞳の色まで違うことに気が付いた。左の瞳がまるでネガポジ反転したようになっている。白目の上に黒く縁どられた、青みがかった別の白目があった。
 その瞳の中心は、血のような赤だった。
 「こ…これ!ど、どうなってるの!?」
 杏がマリーシを振り返った。マリーシはニコニコと笑っている。
 「それぞれの魂が自己主張をしているのでしょう。杏が望まないのなら、抑えることはできるはずですよ?」
 「どうすればいいんですか?」
 「まずは対話が基本ではないでしょうか?」
 対話と言われても、具体的にどうすればいいのかわからない。念のために心の中で言葉を口にしてみたが、変化はなかった。こういうことではないらしい。
 「まだ意識下でのチャンネルが開いていないようですね。もう少し、時間が必要かも知れません。」
 マリーシには全てお見通しなのだろう。心の中を透かし見られるのは誰だっていやな気持ちになるものだろうが、なぜかマリーシにはそういう感情が湧き上がって来ない。ただ、何となく気恥ずかしかった。
 杏はぷいとコンソールに向き直ると、話題を変えた。その方が手っ取り早い対応のように思えたからだ。
 「状況は?」
 「あ…ああ。通常の時間のずれが検出された。場所は…富士山の近く。いいわゆる青木ヶ原樹海の中。」
 「ロスタイムまではどれくらい?」
 「800秒ってとこだね。」
 枇々木の報告に頷いた杏は、再び振り返ってウィルを見た。
 「転送の準備は?」
 「え…う、うん。もちろん、いつでも行けるよ。」
 「揃い次第すぐに向かうから、ガレージでスタンバっておいて。」
 「あ、ああ…わかった!」
 ウィルが不思議そうな顔をしながらも、小走りでガレージに戻って行った。そこにアシュリーたち三人が合流し、それぞれがそれらしい反応を示して杏を微笑ませた。
 ソンヒィこそいつもの無感情ソンヒィだったが、桐野はおどけたように大袈裟に驚いてみせたし、アシュリーは不敵な笑みを浮かべつつ「悪くない」と言ってくれた。
 ドクターとアシュリーの反応が似ていたのは、どちらも杏の潜在的な能力に何か感ずるところがあったからなのかも知れない。「警戒心」が露骨に現れた反応のようにも思える。

 腕時計型の端末で情報を受け取った杏は、一行を伴ってガレージの転送室へと向かった。
 今回はジェイの探索のために、マリーシも同行することになっている。
 「マリーシはZONE-Bに入ったこと、あるの?」
 道すがら、杏はマリーシに訊ねてみた。その時気が付いた。全くの無意識だったが、自分が先頭を歩いている。
 あまりの違和感の無さに、誰も気が付いていないようだ。
 「ええ…何度か。」
 「装備は…何もなくて大丈夫?」
 マリーシはいつものサリーを着ていた。とても優雅で美しいが、お世辞にもZONE-B向きの服装とは言えない。
 「ありがとう。大丈夫よ。」
 マリーシが笑顔で答えた。その答えに微塵の迷いも、不安の影もない。
 杏はなんとなく「やっぱりな」と思った。マリーシには、まだまだ杏の知らない秘密がありそうだった。恐らく、ドクターにも。
 「アシュリー?マリーシのサポート、お願いね?」
 「はいはい、任せて…。必要あれば、だけどね。」
 アシュリーがヒラヒラと手を振って応えた。その様子を見てマリーシがクスクスと笑う。
 「よろしくね、アシュリー?」
 マリーシの挨拶に、アシュリーが鼻を鳴らして答えた。マリーシが初めて姿を見せた時からそうだったが、どうやらアシュリーとマリーシの間には何かしらの因縁があるようだ。
 「杏さぁの得物はどげんすっとな?何も持たんでいっがね?」
 転送ブースに入ると、桐野が声を掛けてきた。表情からして、心配している様子ではなく、何かを期待しているようだった。
 「不思議なんだけど、手ぶらで大丈夫、ってわかるのよ。」
 「ほっ!こりゃあ、中身もけっこう変わいもしたな?」
 「そうだといいんだけど…。」
 笑顔で肩をすくめてみた。桐野が大きく二度、頷いた。
 
 いつもの靄がブースを満たすと、閃光と共に転送が行われた。
 

 空が見えない程に木々が繁っている。昼間の時間だと言うのに、森の中は陽が十分に届かず、薄暗い。
 人の足跡を受け付けない樹海は、原始のままの姿で、一行を包み込んだ。ムッとするような湿気と、それに負けない濃い土の匂いが鼻を衝く。
 足元では剥き出しの根が複雑に絡み合い、より栄養のある土を求めて静かな戦いを繰り広げていた。
 「ロスタイムまで3…2…1…」
 風の音、鳥の囀り、虫の飛び回る翅音、全てが止まり森に静寂が訪れた。
 裂け目は、すぐ先のツガの木の根元に現れた。
 最初は小さくて黒いただの渦巻きがどんどん大きくなり、やがて直径5mほどの大きな穴に姿を変えた。
 「突入はいつもの順番で。一列に進むわよ。」
 いつもならジェイが口にする言葉を自分が言うことになるとは。そのままカウントダウンを開始し、「1」で突入する。これもジェイの方式で、陸軍時代からこうなのだ、と話を聞いたことがある。
 桐野、ソンヒィに続き、杏も穴に飛び込んだ。

 最初はグランドキャニオンの谷底にでもいるのかと思った。地層が剥き出しの崖が、両側に連なっているように見えたのだ。だが、実際には崖と言うより連なった柱ということに気が付いた。
 その柱のところどころに、規則的に黒い穴が開いている。
 「これは…。」
 まるで土塊で出来た摩天楼のようだった。谷底だと思っていた地面は滑らかで、車線のような窪みまで再現されている。
 『存在』の姿はまだ見えない。桐野とソンヒィが油断なく武器を構えて辺りの様子を窺っている。
 「杏!気を付けて!何かおかしい!」
 アシュリーが後ろから声を掛けてくる。杏は振り向くことなく頷きで返し、油断なく辺りを見回した。
 視界が急激に広がった。まるでパソコンの画面をズームアウトした時のように、全体が見渡せる。その時、視界の右端にチカッと光る何かが見えた。
 「ソンヒィ!避けてっ!」
 間、髪を入れずソンヒィが後ろに飛んだ。その瞬間、ソンヒィのいた地面に水晶でできたダーツのような物が突き刺さり、粉々に砕けた。
 見ている景色が早送りのような状態になった。土塊に開いた穴から穴へと、カメラのフラッシュのような光が次々と移動するのが見えた、ように感じた。
 実際の周囲の光景は、スローになっていた。
 杏は最初に光るはず・・・・・・・の穴に向かって飛んだ。
 案の定、穴が光った。杏はそこから飛び出した透明な塊を左の手刀で砕くと、空中でくるりと向きを変え、次の穴へ向かう。
 また光った。今度は右脚の蹴りでそれを砕き、三番目、四番目と、飛んでくる塊を次々と叩き落していった。
 七番目の塊からは、受け止めて飛んで来た穴に投げ返した。それもめんどくさくなってきて、十一番目からは光る前にその穴にこちらから手や足を撃ち込んだ。
 スローモーションの視界の中で、自分の手や足が残像を伴う程に速く動いている。
 実際に飛ばしているのはナノマシンを固めた弾丸だった。スローの世界でさえ、その動きが追えない程に速い手足の動きから繰り出される弾丸。その破壊力は想像以上で、時に穴のある土のビルを揺らし、一部を崩す程のものだった。
 こうして、少し前に見た全てのフラッシュを処理し終わると、杏は地面に降り立った。いつの間にか桐野やソンヒィよりも前に出ていた。
 着地の瞬間、身体がぐらりと揺れた。強烈な眩暈が杏を襲った。
 「まだじゃっどっ!!」
 桐野の叫びにハッとした杏が顔を上げた時、眼前に光の鞭が迫っていた。
 『っ!?』
 その鞭が、杏の顔半分を吹き飛ばそうとした刹那、銀色に輝く腕が鞭をがっしりと受け止めた。
 「え…」
 杏の左の肩口から生えた銀色の腕がそのまま鞭を握り、ギリギリと力を籠めている。やがて、グシャッという音とともにちぎれた鞭が地面に落ちてのたうった。
 『きーーーーっ!!』
 スキール音と寸分違わぬ悲鳴を上げた本体が、左側の土のビルを倒しながら姿を現した。
 土でできた建設機械を思わせる巨大な「存在」は、片方が短くなった光の鞭を振り立てながら、土のビルの残骸を踏み砕いて進んで来る。
 「こ…こりゃ…」
 隣に並んだ桐野が、さすがに驚愕の表情で「存在」を見上げた。パワーショベル二台をくっつけたような姿の本体は、高さ10m程はあるだろう。そこから蟹の腕のように伸びている二本のブームまで入れれば、優に20mは超える大きさだった。
 「おっきい…かに…こうかくるい…」
 ソンヒィが興味深い目で存在を見上げた。
 「二人は下がって。ここは私が。」
 完全に無意識だったが、気が付いた時は言葉を口にした後だった。
 その理由は、すぐにわかった。
 杏の後ろに位置する右側の土のビルを倒壊させながら、「存在」がもう一体、姿を現した。
 ここには「存在」が二体いたのだ。



 
ZONE-B SQUAD [special abilities]
了。 

 
 
 


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