ZONE-B SQUAD [non-human trinity]
20 non-human trinity
ルネサンス様式の豪華壮麗な部屋だった。
高い天井のパネルは一枚ごとに見事な色彩の絵画で彩られ、それらを繋ぐ梁は金色に輝いていた。
床は黒大理石の上に毛足の長いラグが敷かれており、その上に鎮座する凝った装飾が施されたテーブルと椅子には、様々な色の宝石がちりばめられている。
壁に埋め込まれた間接照明の仄かな明るさの中でさえ、その部屋の調度の素晴らしさが際立っていた。
「いよいよ、という理解でよろしいですね?」
6人掛けのテーブルの一方、3脚あるうちの真ん中の椅子に座った男は、そう告げると向かいの席に腰掛けたドクターとマリーシを交互に見つめた。
明るい茶色のロングヘアを中分けにして後方に垂らし、細めのヘッドゴムで不必要に膨らまないように抑えてある。頬のこけた細長い顔の口元は、きれいに刈り揃えられた暗褐色の髭で覆われていた。
真っ白のすっきりとした仕立てのスーツを身に着け、シャツはノーカラーでタイはなし。縫い糸には金糸が使われているようで、男が動くたびに光を反射してキラキラと輝いているように見える。
「はい…。ようやく幕が下せる状況になって参りました。」
向かいの席、中央を空けて左右の席に分かれて座っているのは、ドクターとマリーシだった。男の言葉を受けたマリーシが、真っ直ぐに目を見つめ返してそう答えた。
「それで…今日はその後についての話をしに来た、というわけですね?」
白いスーツの男がテーブルに置いていた両手を下ろし、背もたれに身を委ねるようにして顔を上げる。
「とぼけないでいただきたい。我々はそのために数百年に及ぶ戦いに身を投じてきたのだ。表立って前に出られないあなたに代わってな。YHVH、わかっているだろう?」
「フフフ…セト…いや、油羽牟益郎と呼ぶべきなのかな?キミは相変わらず、私の名を口にはできないのかね?」
「そんなことはどうでもいいのだ!ZONE-Bの勢力を一掃したら、人間界を神、仏、悪魔で分割統治する。この約束を確実に履行してもらいたい!我々はその確認のためだけにこの虚飾と汚濁に塗れた部屋を訪れたのだからな!」
「まあ『見解の相違』というやつだな。やはりキミとは永遠に分かり合えないようだ。数百年、手を携えてみたところで…」
ウシャスはヤハヴェが全てを言い終える前に口を挟んだ。
「…で、どうなのです、ヤハヴェ?ここまで来た以上、もはや明確に意思表示をしていただけませんか。」
「ウシャス。キミまでそんなことを言うのかね?私もこうして人間の体を仮初の宿としてはいるが、魂はあくまで神だぞ?偽りを語るとでも?」
ヤハヴェは大袈裟な身振りで両手を開き、天を仰いだ。
「…その芝居がかった態度を止めろと言っているんだ。それで人間は騙せても、我々は騙されん。はっきりと口に出せ!」
セトは、ドンとテーブルに拳を叩きつけながら立ち上がった。ウシャスはその様子に冷たい一瞥を送ると、ヤハヴェに向き直って視線を送った。態度こそ違うが、言いたいことは同じなのだ。
事実、今まで何度も出した使いの返答は、いつものらりくらりと明言を避ける曖昧なものだった。「セト」であるドクターも、「ウシャス」であるマリーシも、このヤハヴェの態度にはいい加減うんざりしていた。
ZONE-Bとは、即ち人間の心の「穢れた」部分の集積体だった。一人ひとりの心に成長と共に必ず芽生える虚飾や傲慢、不安や恐怖、苦痛、無力感、攻撃性などのいわゆる「悪感情」が積もり、複雑に絡み合い、混ざり合って誕生した。
最初は取るに足らない存在であり、ここにいる誰もがいずれは消えてなくなるものと思い込んでいたが、実際は違った。
彼らは、人間の「悪感情」を、そして人間そのものの力を、完全に見誤ったのだ。
現在、彼ら三人の人間への影響力は、全盛期に比べればもはや皆無に等しいほどのものだ。科学と文明の発展と共に、幾重にも重なっていた「迷信」や「神話」「伝統」といった秘密のヴェールが取りさられ、世界から神秘性が徐々に失われていった。
それはそのまま信仰心の低下に繋がり、人は神よりも人が自ら産み出した機械の方を信じるようになった。そしてその拡散力の速さと力強さは、あっという間にZONE-Bを肥大化させ、気が付いた時には完全に手遅れになっていたのだ。
最初にそれに気が付いたのはヤハヴェだった。
自らが意図していない「災厄」が人間界に起こるようになったことに不審を抱いたヤハヴェは、セトが「摂理」を破って人間界に災厄をもたらしているものと考えた。そこでウシャスにも量り、セトを呼び出して詰問を行ったのだが、災厄はセトが企図したものではなかった。むしろ、セトもヤハヴェやウシャスが「摂理」を破り、不必要な「災厄」を招いていると考えていたと言うのだ。
そこで初めて「自分たち以外の『存在』が、人間界に災厄をもたらしている」ということに気が付いた。
結果はすぐに明らかになった。
なんと「人間」そのものが「災厄」の元凶だったのだ。
あの時、気が付いていながら放置した「人間の思考の澱」が、不完全ながら一つの世界を作り出し「完全」になるべく、ZONE-Bから人間界に災厄を引き起こして魂を吸いあげていた。
この問題に対して、自らを真似て人間を創造したヤハヴェは無力だった。
ZONE-Bの否定は「人間の否定」であり、それはそのまま自らの存在を否定することに繋がるからだ。
そこでヤハヴェは自らが統治しているこの世界をセトとウシャスに割譲することを条件に、ZONE-Bの駆逐を命じた。その条件を飲んだセトとウシャスは、お互いに牽制し合いながらも人間を使ってZONE-Bを排除するために動き出した。
当初はここまで時間が掛かり、精霊界や他次元の生命体までを巻き込むような大事になるはずではなかったのだが、ZONE-Bの増殖力、拡張力は想像をはるかに上回るものだった。
あらゆる資産を投じても人間界への侵蝕を食い止めるのが精一杯のところで、中枢部分どころか、その入り口すら見つけ出せず、こちらからZONE-Bにアクセスすることすらままならないでいたのだ。
だが、ここに来て状況は一変した。
人間が産み出したZONE-Bを消し去るのも、やはり人間だったのだ。
人間はこの日の来ることを予見していたかのように、ZONE-Bへ繋がる門をも生み出していた。
「偶然」が今、「必然」に変わろうとしている。
ヤハヴェが降参すると言わんばかりに、開いた両手を顔の横に立てる。
「わかった。わかったよ。ZONE-Bが…『人間の思考の澱』が一掃されたならば、この世界は我々で分割統治しようじゃないか。」
「よし。分け方も擦り合わせた通りでいいんだな?」
「ああ、それでいい。確か…私が欧州と北米、ウシャスがアジア全土、セトがアフリカと南米を中心にした南半球、ということだったな?」
「その通りです。細かな境界については10年に一度、こうして集まってまた話し合う。いわゆる『最終戦争』は、何としても回避するために。」
「よかろう。『最終戦争』など誰も望んでなどいないからな。で…肝心の人間はどうする気かな?我々にここまでさせておいて、代償は何も払わせないつもりか?」
ヤハヴェが身を乗り出し、両手を組んでテーブルに乗せた。セトが再び席に着き、サングラスの位置を直した。ウシャスは微動だにしない。
「また大規模な戦争を起こして戦わせてはどうかね?目先の生存にこだわり、『澱』を生み出すどころではなくなるだろう?」
セトがニヤリとしながらそう言った。
「フッ…そうして生み出した『殺人者の魂』を、セト、キミが総取りすると言うわけかね?」
「もちろん『摂理』に従えばそうなる。だが、戦いに赴く兵士も逃げ惑う民衆も、救いを求めるのは君たち二人だろう?そうした祈りの力とバランスを取るには、私にもそのくらいの旨みがあってもいいと思うがね?」
「ふむ…一理あるようにも聞こえるが…どうだね?ウシャス?」
「確かに…我々は信仰を取り戻し、セトは穢れた魂を煉獄で焼き尽くす。理には適っているようですね…。少なくてもZONE-Bに魂を簒奪されることはなくなるのですから、まずはそれでも良いのでは?」
「よろしい。では、その方向で調整しよう…。だが、まずはZONE-Bの始末を完全に付けなくてはならない。わかっているだろうね?」
ヤハヴェの目が細められた。口元に浮かぶ薄い笑みが、逆にヤハヴェの凄惨な一面を垣間見せていた。
「ええ…。それは請け合いましょう。セトが手に入れた『手駒』を私が完全に目覚めさせました。今、彼女は我々すら凌駕する可能性を秘め、ZONE-Bへの戦いに赴こうとしています…。その『動機付け』も完璧でした。」
ウシャスは居心地が悪い気持ちを押し殺しながら、ヤハヴェに告げた。
「ははは…あれは見事だった!悪魔たる私ですら思い及ばなかったよ!まさか覚醒の際に『救出』をうまく意識に刷り込むとは、恐れ入った!彼女は今や自分が意識しないまま、ZONE-Bに取り残された仲間を取り戻そうと必死だからな!」
セトがいかにも愉しそうにのけ反って笑って見せた。ウシャスもヤハヴェもその様子を冷ややかな目で見つめている。
「よし…いずれにしても、人間の不始末は『元人間』と『非人間』に解決させる。そして再び、我々が統治する世界が新たに幕を開ける。そういうことだな?」
ヤハヴェが向かいに座る二人を交互に見つめ、三者が頷き合って確認を取った。その顔に、みるみる笑みが広がっていく。
「素晴らしい!これで不遇の時代は終わりを迎える!そう考えると、このZONE-Bにもそれなりの存在意義はあったようだな!」
豪華な部屋に、ヤハヴェの高笑いがいつまでも響き渡っていた。
20 non-human trinity
了。
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