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ZONE-B SQUAD [lethargy and wakefulness]

13 lethargy and wakefulness
 「杏…やり遂げましたね…。」
 観察室にマリーシの声が響く。杏がその呼び掛けに応じてゆっくりと頭を下げた。
 正面から杏と向き合ったマリーシが、確信の頷きで杏を称える。
 「仲直り、できたのですね?」
 「全て…ご存じだったのですか?」
 「いえ…全てと言うわけではありませんが、初めてお会いした時から、なんとなく察しはついておりました。」
 「………初めて…初めて妹と…琳と話ができました。」
 「初めてではありませんよ?」
 「え…?」
 「あなたは何度となく、妹さんの声を聞いています。ただ、それを自分の声だと勘違いしていただけ…。厳しい言い方をするのなら、杏が一方的に妹さんを記憶の奥底に封じ込めてしまっていただけなのです…。きっと、幼い杏が自分を守るためにできた、唯一のことだったのでしょうね…。」
 「そう…だったんですか…」
 「今のあなたになら、その声も聞こえるはずです。…少し手助けしましょう。」
 マリーシの両手がひらり、ひらりと、優美に舞い出した。その手の動きを追っていると、マリーシの両手がどんどん大きくなって杏に近付いてくる。
 独特のリズムで舞う両手から、目が離せない。
 そのうちに、マリーシの大きな両手が杏を包み込んだ。


 雲一つない、一面の青空だった。
 それもそのはずで、雲は足元いっぱいに広がっている。ここでは雲が陸地なのだ。
 オルゴールが奏でる高くて澄んだ音と、たくさんの子供の遊び声が風に乗って聞こえてくる。
 雲の陸地の至る所に、様々な姿の子供たちがおり、それぞれが楽しそうに遊んでいる。
 はるか先まで続く雲の陸地は、途中から小高い丘になり、その丘のてっぺんには金色に輝く大きくて立派なお城があった。どうやらオルゴールの音の出所は、あそこらしい。
 そのお城の方向から、リズミカルで軽やかな鐘の音が響き渡った。子供たちが一斉に、口々に何かを喚きながら大喜びで一列に並ぶ。列の先には、大きな滑り台があった。
 大きくて長い滑り台は、雲の陸地の切れ目からまだまだ先に続いているようだ。一体、どこまで滑って行くのだろう。
 「やっとだね!」
 その声の方向に振り返ると、自分とそっくりの女の子がこちらを向いて微笑んでいる。二人は手を繋いでいた。
 「並ぼう!一緒に滑ろうね!」
 言われるままに、手を繋いだまま列に並ぶ。
 ほとんどの子供は一人で並んでおり、滑り台からも一人で滑り降りていたが、たまに二人のように手を繋いで列に並んでいる子供もいる。そういう場合は、二人で一緒に滑っていくようだ。
 いよいよ、自分たちの順番が来た。いざ踊り場に立って見ると、滑り台の先が霞んで見えない程に高く、長い。
 思わず、足がすくんだ。
 「やっぱりやめよう?怖いよ…。」
 「だいじょうぶだよ!私が一緒だから!」
 「でも…」
 「ほら!行くよ!」
 手を引かれるまま、二人で滑り台を滑り出した。いざ始まってみると、楽しくてワクワクが止まらない。ふたりで大声を出しながら、どこまでもどこまでも滑り降りる。
 やがて、二人は滑り台から空中に放り出された。それでも、繋いだ手は離さなかった。
 ふんわりと、桃色の柔らかい場所に着地した。
 暖かくて、とても心地がいい。
 「なんか、疲れたね。」
 「うん。すごく眠いね。」
 「少し、寝ようか。」
 「そうしよう。」
 二人は、手を繋いだまま眠りについた。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。
 桃色の寝床が激しく動いたので、二人は同時に目が覚めた。
 「どうしたんだろう?」
 「どうしたんだろうね?」
 二人の体は大きくなっていたので、寝床で抱き合うように身を寄せ合っていたのだが、寝床の動きが激しくなるにつれてそれが窮屈に感じられた。
 
 がががっ!ががががががっ!
 
 二人の頭の上から、ものすごく大きくて不快な音が聞こえてきた。
 すると頭の上の方から寝床の屋根を突き破るように、にゅうっと銀色に輝く蛇のような物体が現れた。本能的に、それが敵だと理解できた。
 蛇の顔の中央は深淵の闇になっていて、そこからイヤな臭いがしてくる。 
 その蛇には目がない。だから二人は動かなければ見つからないと思った。一層身を寄せ合って、寝床の隅の、さらに隅の方に隠れた。
 だが、蛇は狡猾だった。あちこち嗅ぎまわるように寝床を這い回っていたが、とうとう見つかってしまった。
 蛇の頭が近付いてきた。あまりの恐怖に動くこともできない。
 胸に噛みつかれる、そう思った時、強い力でくるりと体が入れ替えられた。
 「ううっ!」
 「な、何してるのっ!なんで動いたの!」
 「だ、だって…こうしなかったら…うぅ…うわぁぁぁ!」
 噛みついた蛇が何かを吐き出した。
 何とか蛇を外そうと身体を押し付けてみたが、蛇はビクともしない。
 「だめ…だめっ!」
 「ううぅ…ごめん、私、もう一緒には…行けないみたい…」
 最後にビクンと大きく跳ねると、その子の命の灯が消えたのが分かった。蛇は、満足したように離れて行った。
 次に現れた蛇は、もっともっと大きかった。
 その蛇が、迷うことなく動かなくなった女の子に近付き、その体を引き裂いた。
 その音を耳にした時、あまりの恐怖に気を失った。

 
 かちゃ、かちゃかちゃ

 また聞こえてきたうるさい音に目を覚ますと、寝床はますます窮屈になっていた。
 どれくらい気を失っていたのかわからなかったが、体がまた大きくなったたようだ。
 一人でもこの窮屈さなら、二人だったらもっと大変だったろうな、とぼんやり考えた。
 寝床が、また激しく動き出した。
 目の前の壁に亀裂が入る。そこから光と共に冷気が吹き付けてきた。とても寒い。少しでも温かさが逃げないように、身体を丸く、小さくした。
 裂け目から、水色のうねうねがたくさん入って来て、身体を掴まれた。   
 「やだ!ここにいたい!ここから出さないで!」
 一生懸命抵抗してみたが、ダメだった。
 光の中へ、冷気の中へ引っ張り出された。
 寒い。臭い。痛い。苦しい。こんなの間違ってる!こんなの望んでなんかいない!
 あらん限りの力を使って、怒りを吐き出した。
 それは甲高い声になって、周囲の空間を満たした。
 
 
 ひゅううう…
 
 自分が息を吸い込んだ音で目が覚めた。もう一度怒りの声を吐き出そうとしていたところだったのだ。
 周囲の光景が一変していた。そこは、見慣れた観察室の室内だった。
 「いかがでしたか?」
 マリーシの声が聞こえた。
 「い…今のは…」
 「あなたが体験したことです。…あなたと、妹さんが…。」
 「そう…そう、なんですね…。」
 心がどこかに行ってしまったような、まるっきり気のない返事だった。頭の中に突然浮かんだ映像を追うのに必死だったのだ。
 
 まだ言葉も話せない頃、くまのぬいぐるみを取られると思って泣いたのはあなたと取り合っていたからなんだね…。
 どうしても幼稚園に行きたくなくて、恐怖を抑えて暗いクローゼットに閉じこもった時、隣にいてくれたんだね…。
 大きな犬に追い掛けられた時、犬を追い払ってくれたんだね…。
 いじめに遭った時、痛みの半分を引き受けてくれたんだね…。
 あの時も、あの時も…。
 そして、バルコニーから身を躍らせた、あの時でさえ。

 
 全てを思い出した。
 妹は、琳はいつでもそばにいてくれた。
 避けていたのは、私の方だった。

 『えへへ、バレちゃったね!』

 琳の声が聞こえた。
 二度と、見失わない。
 これからは、ずっと一緒だ。

 「最初に見つけた魂に『カリン』と名前を付けた時、もしかしたら思い出したのかも知れないと思いました。」
 マリーシがあの笑顔で杏を見ていた。
 「いえ。意識はしていませんでした。偶然、ではなかったんですね…。」
 「この世に、偶然なんていうものはないのです。その時にはそう思っていても、いずれそれが『必然』だったことに気が付く時が来ます。」 
 どこかで聞いたことがあるような気がする言葉だった。それがいつ、どこでだったかは思い出せなかったが、何となく理解できるような気がする。
 「あなたは、杏は今や完全に目覚めました。その力は『存在』との戦いに大きく役立つことになるでしょう…。今のあなたならば『カタシロ』でさえも恐れることはありません。」
 そんな力があるようには思えなかった。
 何かが変わった、という実感もない。その思いが、思わず顔に出てしまったらしい。
 「実感がなくても、確かにあなたは強くなりました。9つの魂が一つになった今、あのドクターですら、あなたを簡単には倒せないでしょう。」
 ドクター。
 マリーシは、ドクターが強いと知っているらしい。
 だが、今まで誰からも「ドクターが強い」とは聞いたことがなかった。
 このスクワッドの責任者をしているということは、かなりの権力者には違いないのだろうが、それが強さに直結しているようにも思えなかった。
 しかし、よく考えてみればあの無敵とも思える力を持ったアシュリーでさえ、ドクターには一目置いているフシがある。
 それだけの実力がドクターにはあるということなのだろう。
 自分の実力が分かれば、そのうちドクターの強さも分かるようになるのだろう。
 マリーシの話を信じるのならば、ドクターはスクワッドのみんなでも太刀打ちができなかったあのカタシロよりも、はるかに強いと言うことになる。
 『やっぱりドクターは最前線で戦うべきなのでは…?』
 そうすれば、ジェイもあんなことにはならなかっただろうし、話にあったような「世界的危機」ですら容易に回避できるのではないだろうか。
 そんな思いが頭をよぎった時、施設内に警報が響き渡った。
 「…どうやら間に合ったようですね。」
 マリーシが立ち上がった。杏も立ち上がり、お互いに無言で頷き合う。
 観察室を出て、中央管理室に向かった。
 装備室に立ち寄ろうとは、少しも考えなかった。中央管理室に入るエアロックの直前で素通りしたことに気が付いたが、それでもなお、装備室に行く必要性がまったく感じられなかった。

 『これも偶然、警報も偶然…。必然になるのはいつのことなのかな…』
 
 杏はまだ気付いていなかったが、杏の心の中に今までにない「余裕」が生まれていた。それは俗に言う「強者の余裕」と呼ばれる代物だった。



ZONE-B SQUAD [lethargy and wakefulness] 
了。  
  
 

 

 
 

 
 
 


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