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ZONE-B SQUAD [after flash]

27 after flash
 アラム・ムルの震動が激しさを増した。
 数分前、「大扉」から噴き出した一陣の風が前進基地を襲い、エアフレームテントが浮き上がり、並べていたソーラーパネルのうち数枚が風に持ち去られた。
 そしてこの地響きを伴った震動。地震とは異質のものであることはすぐに判明した。震えているのは、アラム・ムルの「大扉」だけだったからだ。
 「なんかヤバい!みんな、避難しよう!」
 枇々木が叫び、全員がアラム・ムルから距離を取った。チカが護衛に囲まれて車に乗り込むと、車は猛スピードでアラム・ムルのある丘を下った。
 「部隊、前えぃっ!」
 ロビンが大声で指示を出し、イギリスのスクワッドがそれぞれの武器を構えてアラム・ムルの前に並んだ。
 枇々木はモリガンに抱えられたまま、展開している部隊の後方にある岩の陰に身を潜めた。先に避難していたジェマとイアンの姿が隣の岩陰に見えている。二人はこの様子を記録に収めようとカメラを回した手だけを岩から上に突き出している。
 アラム・ムルの震動はいよいよ激しさを増し、耐え切れなくなった岩の欠片が次々と落下した。「大扉」の表面に、無数の亀裂が走った。岩そのものの亀裂ではない。まばゆい光の亀裂が縦横無尽に走り、ついには「大扉」が光を発しているかのように見えた。
 やがて閃光と共に、光る岩肌はガラスのように砕け散り、同時に振動も収まった。
 アラム・ムルに静寂が訪れた。見た目には元のままの姿で、今も岩山の一角に存在してはいたが「何か」が確実に変わったのが枇々木にもわかった。
 口ではうまく言えないが、神秘性や荘厳さが失われたように感じる。
 「終わった…のか…。」
 また吹き始めたガルーアに身を任せ、枇々木はただ呆然とアラム・ムルを眺め、立ち尽くしていた。


 ZONE-Bからの撤退に成功し、日本海の上空からZONE-Bを見下ろしていた一行は、ZONE-Bが苦しみ、のたうち回っている光景を目の当たりにしていた。
 全員が固唾を飲んでその光景を目に焼き付けている。
 まだZONE-Bの内部を上昇していた時、全員が胎勢を取ったままの破壊神の姿を目にしていた。だが今はもうその形は完全に崩れ、杏が飛び込んだ心臓を中心にした巨大な渦巻模様が見えるだけだ。
 その渦巻模様は、まるで刺胞動物門の生物のように身体をうねらせ、形を変えながら心臓を包み込むように小さくなっていく。
 声を出す者は一人もいなかったが、心の中では一つの願いをひたすらに思い描いていた。
 あの心臓を突き破り、杏が現れてこの場所に飛んでくる光景を。
 だが、現実はそうはならなかった。渦巻模様が完全に収縮して心臓を取り込んだ。そして、心臓そのものもその色を徐々に暗くしながら縮み始めた。
 まるで干からびていくように。
 それに呼応して眼下に広がるZONE-Bの色がどんどん薄くなっている。色だけではない。全体の輪郭がぼんやりとしてきた。それはまさしく、ZONE-Bの終焉が近いことを示していた。
 一行が抜け出てきた夜空の「穴」が閉じ始めた。穴に夜の闇が流れ込んでいくかのように。
 最後に断末魔の閃光がZONE-Bを照らし出し、その眩しさに一行は思わず目を瞑った。
 再び目を開いた時、そこにはいつもの夜空があるだけだった。

 
 「お姉ちゃん、起きて!お姉ちゃん!」
 身体を揺すられて目覚めた杏は、目の前に現れた自分の顔に驚いた。
 「うわっ!…なんだ、琳か…。」
 「『なんだ』って何よ!おやつ、できたよ!お姉ちゃんの好きなベリーだらけのプディング!」

 『あれ…なんだろ…変な違和感…』

 杏は大きなベッドから起き上がった。大きな窓から午後の日差しが柔らかく差し込んでいる。そうだ、今日は卒業式で早く帰って来たんだった。なんだかひどく疲れた気がして、昼食を食べてから横になったんだっけ。

 『これ私の部屋?私の…家?卒業式って…いつの?』

 杏は急かす琳に手を引かれながら、ダイニングに向かった。
 ベリーの爽やかな香りが家中に漂っている。
 「起きた?大丈夫?」
 髪の長い女性が、気遣わし気な表情で杏の顔を覗き込んだ。

 『この人は…ママ…名前は…』

 思い出せそうで思い出せない。頭に靄が掛かったような感じだ。
 「なぁに?お姉ちゃん、もしかして寝ぼけてる?」
 「えっ…あ、ああ。大丈夫。大丈夫よ。」
 「じゃあほら、座って早く食べよ!」
 ダイニングの椅子に腰を下ろした。背中に感じる感触には、確かに覚えがある。
 目の前の皿に、切り分けられた断面も美しいサマープディングがあった。イチゴと生クリームで飾り付けられていて、とても美味しそうだった。
 「いっただっきまーす!」
 隣に腰掛けた琳がプディングを口に運んで、大きく首をすくめた。
 「うーん!もう、さいっこー!!」
 その様子に、思わず笑みがこぼれた。

 『そっか、琳もこんな顔するんだ。』

 杏もその美味しさに感想を言うのも忘れ、夢中であっという間に食べてしまった。向かいに座った母親が、頬杖をついてニコニコとその様子を見ていた。
 「ごちそうさま!とっても美味しかった!」
 「ほんと?良かった。また作るからね。」
 食べ終わった食器をシンクに運ぶ。母親が立ち上がってその食器を受け取った。
 その時、冷蔵庫に貼ってある数枚の写真に目が行った。
 杏や琳が笑顔で一緒に写っている写真もあった。

 『これ…誰だっけ…?』

 どの顔も記憶にはある。だが、名前が思い出せない。これだけ打ち解けた様子で一緒の写真に写っているのに、どうして名前が出てこないのだろう。
 不思議そうな顔をして写真を見つめている杏に母親が気付いた。
 「ほんとに大丈夫?…なんか初めて見たような顔してるけど…。」
 「え!あ、ああ…変なこと聞くけど、これ、誰だっけ?」
 思い切って聞いてみた。もしかしたら本格的な記憶障害なのかも知れないと不安になったからだった。
 「………あなたの担任の先生と校長先生じゃない。ねぇ、熱でもある?」
 左の掌を杏の額にあてがった。しばらくすると首を傾げながら手を離す。
 「…熱はないようね…。」
 「うん、体調はいいよ。…ちょっとダルい感じもするけど…。この二人、名前はなんだっけ?」
 「牛安摩利子先生と瀬戸校長でしょ?あんなにお世話になったのに忘れたの?」
 「うーん…なんだろ?ちょっと頭がボーっとしてるっていうか…じゃあ、この人は?」
 杏はピックアップトラックの前でポーズを取っているサングラス姿の男性の写真を指差した。短く刈り込んだ金髪に、堂々たる体躯。その顔は明らかに日本人とは思えない肌の色と、彫りの深さを持っていた。
 「ねぇ…もしかしてふざけてる?いくら出張が多いからって、父親の顔を忘れたわけ?」
 腰に手を当てた母親の表情が一変した。バカにされていると思ったに違いない。だが、杏には全く理解ができなかった。
 「ち、父親!?…じゃ、じゃあこの女の人は?」
 「それはアシュリーよ。パパの同僚で小さいときから何度も遊んでもらってるでしょ!」
 「ア…シュリー…じゃあ、この二人は…?」
 「同級生のソンヒィとお父さんの桐野さん。ここに来る前はお隣さんだったじゃない。」
 「ソンヒィ…桐野………。」
 杏の頭が激しく混乱した。ここは恐ろしいほどに居心地がいいが、何かが違う。絶対に何かが間違っている。
 「念のために言っておくけど、この自転車に乗ってるのは彼氏の枇々木君よ?まさか、それまで忘れた?」
 心が激しく揺れ動いた。このまま全てを受け入れるべきなのかも知れないと思う反面、そうしてはいけないという気持ちがどうしても抑えられない。杏は顔を俯けたまま、最後の疑問を口にした。
 「ママ…?ママの名前は…」
 「私?私の名前は…シェールよ…。」

 その瞬間、周囲の景色が砂のようにさらさらと崩れた。
 何もないただの空間に、杏だけが浮いていた。
 
 「はぁー…やっぱりダメかぁ!」
 
 背中から聞こえた声に、杏が振り向いた。
 空間に、杏と同じように琳が浮かんでいた。

 「やっぱり設定に無理があるよねー。でもさ、わたしの記憶にある人たちで生活設定作るとしたら、これしかないんだって!」
 琳が頭を掻いた。杏は無言でその様子を眺めていた。
 「………やっぱり…戻りたい?あの世界に?」
 「…そうね。無理矢理納得させようと思えばできないこともないだろうけど…。」
 琳はため息を吐いた。
 「わたしとしてはさ、お姉ちゃんにここで新しい人生ってやつを歩んで欲しいんだけどな…。一緒に。」
 「…やり残したことをやり遂げたら、戻って来る。それじゃダメ?」
 「まあ、お姉ちゃんならそう言うだろうとは思ってた。いいよ、それで。あーあ、わたしまた待ちぼうけかぁ!」
 「…ごめんね。いつもいつも…」
 「あー!そういうの、なし!待ってる間に、もっといい設定、考えておくから!」
 「…うん。」
 杏は大きく頷いて、そのまま俯いた。もう一つ、琳に頼まなくてはならないことがある。
 「琳…」
 「はいはい。コレのことでしょ?」
 琳の左手に小さな金魚鉢が乗せられている。しかし、中身は普通の金魚鉢には絶対に入っていない物だった。
 それは液体のようで、気体のような、不思議な物質だった。黒みがかった茶色の中に、黄色や赤の線がうねうねと見え隠れしている。
 それは、かつてZONE-Bと呼ばれた巨大な異相空間の慣れの果てだった。
 凝縮された、人間の魂の穢れ。
 「安心して。この通り、しっかり抑え込んでおくから。」
 「ありがと。」
 「うん。」
 それだけで全て分かり合えた。琳は二人で新しく作ったこの世界で、これからも溢れ出してくるだろう「魂の穢れ」が暴走を始めないように、この金魚鉢に抑え込んでくれるはずだ。
 杏はそれがこちらの世界に流れ込まないように、元の世界でできるだけのことをするつもりだった。

 『まずは話を付けないといけないわね…。』

 杏と琳が同時に上を向いた。
 遥か高い位置に、輝く点が現れている。
 「じゃあ、そろそろ行くね。」
 「うん。がんばって、お姉ちゃん。」
 杏は力強く頷くと思い切り高く飛び上がり、その輝点に飛び込んだ。


ZONE-B SQUAD [after flash]
了。

 

 

 

 


 


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