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小説「杉治は及ばざる籠とし」⑯

6 僥倖
八甲館での三人密談から二日の後、伊佐次郎が尾田家への使者となって出立した。青山に寿の件を頼みに行ったのだ。同じ日、夕刻になって、興奮した様子の春日が、検分を終えて八甲館へと戻って来た。

「いやはや、驚きまいた。当たりも当たり、大当たりでございます! 早速御館様にご注進申し上げ、掘り出す準備を致しましょうぞ!」

春日は顔も衣服も泥だらけのまま大広間の庭先に回ると、治直の労いの言葉もそこそこに、早口にまくしたてた。

春日の話によれば、山肌を少し削っただけで半寸程の金鉱脈が姿を現し、それに沿って三尺ほど掘り進めてみたところ鉱脈はどんどん太くなり、まだまだ奥まで尽きぬようであったという。

「左様か! 今、飯と風呂の準備をさせておる。春日殿はそれが済み次第、因幡山に向かってくれぬか?」
「それは…構いませぬが…杉谷様は同道されぬのですか?」
「儂はこれから兵を率いて山に戻り、警固に当たる。山には数名しか残しておらぬであろう?」
「!……これは、迂闊でした!」
「いや、無理もない。こちらが気を配るべきであったのだ。まさかにそれほどまでの物とは、考えが及ばなんだ…。」

春日は試掘のために、近在の住民を使うと言っていた。その者たちの口から噂がどこまで広がるか、知れたものではない。鼠賊の類の耳に達するだけならばまだしも、近隣には地侍もいるし、飛騨、越前、加賀との国境も近く、油断がならない。

金のためなら一戦も辞さないような人間には、いくらでも心当たりがあるのである。

先ほどまでの興奮とは打って変わり、青い顔をして縮こまる春日を励まし、治直は準備を急いだ。こんなことなら伊佐次郎を使者に出のではなかったと後悔したが、今それを言っても始まらない。伊佐次郎の部下らが懸命に立ち働いているものの、思うようには事が進まない。

それでも夕闇が迫る頃合いまでに三十名の手勢をかき集め、急ぎ山へと向かうことができた。春日もその少し前に騎乗で因幡山に向かった。春日の報告を聞けば、そこまで時を経ずとも宗清が然るべき手立てを打ってくれるはずだった。

夜半過ぎ、現地に到着した治直は残っていた兵と地元住民に労いの言葉を掛けたが、そのまま帰すようなことはせず、現地に留め置いた。こちらの体制が整うまではそうするつもりでいた。

持参した酒と握り飯を振舞い、掛け小屋を手直しして急造の宿所とした。物々しいかがり火などは焚かず、小ぢんまりとした酒宴の形に収める。

治直も掘り進められた試掘孔を覗いてみたが、松明の揺らめく頼りない明るさの中でもキラキラと輝く金の鉱脈がはっきりと確認できた。一番奥の部分から急激に落ち込みながら、太さを増しているように感じられた。

「いかほどの金が埋蔵しているのであろうな?」
「さあ…。手前にもはきとは分かりませぬが、春日殿の話によれば十日も掘ればお家が三か年ほどは安泰じゃ、ということでござりまいた。」
「…なるほど。」

案内に立った兵長は松明の灯りの下でも、幾分不安げな面持ちに見える。金が出たという喜びが鳴りを潜め、当然考えられるこれからの事態に思いが及んでいるようだった。

春日の言葉にある「お家が三か年ほどは安泰」の意味が抽象的に過ぎて不明確ではあったが、いずれにしても既に掘り出されている金の量だけでも百匁ほどはありそうで、まだ掘り出されてはいない露呈している部分で、その倍ほどは楽にあるだろうと思われた。

「お主…。名は大久保と申したな?」
「はっ。大久保忠包と申します。」
「よし。あらためて御館様のご諒解を仰がねばならんが、お主を春日殿直属の副官に致す。いずれ春日殿がここに戻られ、掘り出しの差配を振るわれるであろうから、その補佐をせい。」
「っ!……ははっ! 身に余る栄誉にございます!」
「お主の役目は、この山と掘り出した金を鼠賊から守ることじゃ。春日殿が不在になることも多かろうからな。この意味がわかるか?」
「…某、不肖の身でござりますれば、何卒ご教示を賜りたく…。」
「よし。よいか、この地は今や八柄家に取って最重要の土地となった。掘り出された物を含めてな。だが、この地は近くに地侍もおれば山賊盗賊の類が噂を聞きつけ、迫り来るも容易の場所である。加えて飛騨、越前との国境からも近い。ここまではよいか?」
「はっ。」
「さらに、身内にもこれより増える人足や守備兵が目の前の金に目が眩み、卑しくよこしまな気持ちを抱かぬとも限らん。そういう者からもこの金を守るのがお主の役目じゃ。春日殿が不在の時も必ずお主はこの場から離れず、きっと守りくれるよう、頼みたいのだ。」
「心得ましてございます。」
「よし。近日中にお主の補佐を務める者を選抜して付けよう。その者らと力を合わせ、役目を果たしてくれ。」
「ははっ!」

ぶるっ、と大久保が震えた。
ふいに訪れた大役に、緊張の糸がぴぃんと音を立てて張った。視点が一点に据えられ、これから起こるであろう様々な問題を想起している様子が見て取れる。

治直は、大久保がそうした想像力に富んだ責任感の強い人間と踏んだ上で、この大役を任せることにしたのだ。

深更、治直は一人になるとあの「音の出ない笛」を吹き、小助を呼んだ。
今の治直には、常に影のように付き従う「輩の者」が交代で付いている。寿との繋ぎや、伊佐次郎では手に負えないような内容の頼みごとをするためであり、非常時の護衛のためでもあった。

「小助、すまぬが一走り頼む。掘り出し人足の中に輩の者を何名か忍ばせたい。その選抜と手筈を付けてくれるよう、寿に伝えてくれ。それとは別に、爺様配下の者から特に守りに向いている者もこちらに向かわせてくれ。現地副官の補佐を頼みたいのだ。」

治直の言う「爺様」とは、玄のことである。
玄は今、輩の者から「これは」と睨んだ人間を選抜し、治直や八柄家の家臣として働くための人材を育成している。

既に八甲館にも何人か送り込まれており、それぞれが役目に励んでいるが、今回はその中から大久保の補佐として働く人間を探したいと考えていた。春日は「攻め」については家中でも指折りの存在だが、短絡的なところや思慮に欠ける部分があり、「守り」には不安が残る。

今回抜擢した大久保にしても、心意気や姿勢はともかく、その能力は全くの未知数であり、加えて初めて務める御役となる。目的の達成のためにはどうしても、知略・軍略に優れた優秀な補佐が必要になってくるはずだった。

掘り出し人足の方についても同様である。集めようとしている地元民のほとんど全員が農民であり、鉱夫ではない。経験のある人間がそれとなく混ざることで、作業効率も上がるはずだった。

玄に頼めば、全てを伝えずともそれぞれに見合った人選をしてくれることは間違いがない。掘り出し人足の方にはサンカと行動を共にした者か、あるいはサンカの中から「擦れた」人間を見繕ってくれるかも知れない。

「それと、な。いずれこの地に新たな村落を拓くつもりだということも伝えてくれ。鍛冶と鋳物を中心に据えた、な。今のうちに、それらの人間についても目星をつけておいて欲しいのだ。」

治直の最終的な目標がそこにあった。寿との約束にあるような輩の者の安住の地、という意味ではないが、その前に集落というものの出来方、作り方を学ぶ良い機会になる、と考えたのだ。

それに金の出る山を中心に、鍛冶や鋳物を生業にする人間を集めた集落を作るというのは八柄家にとっても益なることだ。山の守りにもなるし、武具や道具の製造といった産業隆盛としての側面もある。

先々は北からの侵入に備える砦を築くこともできれば、新たな道を拓いて北方あるいは上京の際の橋頭保とすることもできる。つまりは、国の規模を大きくすることに他ならない。そしてそれに掛かる費えは山が自ら産み出すのだからいうことはない。

治直は頭の中で絵図面を描き始めていた。鉱脈のある山を中心に、道や建物を作り、集落を作る。そうなれば当然、水が必要になってくる。山の流れから引いて来るか、井戸を掘るか。警固や各種執務を取るための館も必要になるだろう。いずれは砦として機能するような館の縄張りを考えなくてはいけない…。

脳内の集落は徐々に形になり、その大きさを増していった。
今、治直の脳内にはあちこちで鍛冶の煙が上がり、男たちの笑い声が響く、活気に溢れる集落ができつつあった。

7 閃光
「ほっ! 孫婿殿は、やる気だぞえ。」

小助からの報告を聞いた玄が、膝を叩きながら相好を崩した。
小助の来訪に、玄の小屋に揃って現れた熊蔵と巫華は、いつになく上機嫌の父の姿を目の当たりにし、不思議そうに顔を見合わせた。

玄は最近、齢のせいか気が短くなり始め、終始不機嫌そうに過ごしており、八つ当たりのような恫喝を受けて震えあがる若者からの苦情も少なくなかったのだ。

「親父様。何とも楽しげでございますが、なんぞございましたか?」
「おお。あったとも。骨折った甲斐がな!」
「…左様でございますか。で、婿殿はなんと?」
「ナガリの見つけた金鉱脈が大当りだったようじゃ。婿殿はそこに村落を拓こうとしておる。そのために役立つ人間を、我らからご所望じゃ!」
「ほう? それは何よりでございましたな。」
「でも父上? めぼしい人間がおりましょうか?」
「うむ…。そこが難しいところじゃ。取り急ぎ現地代官の副官として役立つような人間を、とのことじゃが…。」
「すでに八甲館に詰めておる者では、ダメなのでしょうな?」
「それは下策じゃな。それでは婿殿に『我らに人無し』と思われるではないか。お華、お前、心当たりはないか?」
「そうとは言って父上。父上がわからぬものを、私が知りようはずがありましょうや? 塾生の中にめぼしい人間はいないのですか?」
「あ奴らでは、まだまだ力不足じゃわい。儂はな、ここはとっておきを送り出したいのじゃ。」
「そう、仰られましてもなぁ…。」

三人の首脳に小助を交えた密談は白々明けまで続いたが、この密談で満足のいく答えは導き出せなかった。玄は、小助にしばらくの時が掛かる旨を治直に謝罪するよう伝え、一旦奥の間で横になることにした。

板の間に蓆を敷いただけの寝床に横になりながら、ちびりちびりと酒を舐めうつ伏せで煙管を燻らす。横にはなったものの、とても眠りに就けそうにないほどに、玄は昂っていた。

あれこれと顔を思い浮かべては打ち消すことを繰り返し、その回想は自分の集落だけではなく、他の集落の若者たちにまで及んだが、どれも三番手ばかりであり、肝心の二番手が思い浮かばない。

『儂が、今少し若ければのぅ…。』

ふと、そんなことが頭に浮かび、玄は苦笑した。
苦笑はしたものの、頭の中でその光景を思い浮かべているうちに、それがだんだんと現実的な考えに変わって来た。

『何も若者でなくても、良いのではないか』

今までは次代を担う若者の顔ばかりを思い浮かべていたが、何も若者である必要なないのではないか。経験豊富な人材というなら、逆にあまりに若過ぎても不審を抱かれるであろう…。

頭で具体的な考えがまとまり始め、形となってきた。そうなると、いてもたってもいられなくなってくる。玄は煙管を煙草盆に打ちつけて灰を落すと、プッと残滓を吹き出し、ふらりと立ち上がって小屋を出た。

熊蔵と巫華は自分たちの小屋に戻り、玄と同じように寝酒を舐めていた。今日の売り上げをまとめる仕事が残っていたが、到底今からやる気にはなれず暗さの残るうちにもう寝てしまおうと話がまとまったばかりだった。

「おい、お華。おい。」

小屋の外から掛けられた声に、巫華は緩めた帯を締め直しながら応対に出たが、熊蔵はその表情に当惑を見ていた。

「父上。どうしたというのです。もはや御休みになったとばかり…。」
「いや、横にはなったんだがどうにも寝付けんでな…。それより、妙案が浮かんだ。聞いてくれい。」

熊蔵は早くも寝具にしていた毛皮を片付け、敷物と脇息代わりの長火鉢を据え置いていた。その席に玄を招き入れ、自らは下座に座る。

「おお、すまぬな、熊蔵。」
「いえ…。」

玄の口から語られた案に、当初は熊蔵も巫華も困惑を隠せなかったが、それでも話を聞けば聞くほど、妙案のように思えてきた。

玄の案は極めて単純だった。要するに玄が自ら出向くことで八柄家の人間、今は農民でも見どころのある人間を見出して鍛え、いずれは中枢を担える人材となるように育てる、というものだ。

輩の者で人材が見つからないなら、他のところから探せば良い。
その方が圧倒的に分母も多いのだから、見つかる確率も比例して大きくなるはずだった。

「儂もあと十年…いや五年は十分に立ち働けよう。それまでにどれほどのことができるかはわからんが、ここでただ座しているよりは益も多かろうと思うてな。」
「それはそうですが…よろしいのですか? 父上が一番好ましく思わない宮仕えということに相成りますが…。」
「孫婿殿を迎えた時から半分は宮仕えのようなもんじゃ。今更それを気にしたところで、始まるまい。」
「この里のことは、どうします?」
「どうと言うて、この里はもはや巫華のものじゃ。まあ寿のもの、という言い方もできるじゃろうが…。今までは隠居の身であれやこれやと口出ししてきたが、それももはや終いじゃ。これよりはお主らの好きなように里の色を染めていくがよいぞ。」
「でも、父上…」

巫華が言い掛けた時、熊蔵がその手を巫華の膝に置いて言葉を制した。驚く巫華を静かに見つめ、ゆっくりと首を振る。

「ありがとうよ、熊蔵。ではな。」

そう言うと玄はまたふわりと立ち上がり、二人の小屋を後にした。
それはまるで、自分の小屋に戻るかのような気楽さだった。

「どうしたっていうんだろうね? 来るも帰るも急すぎで、およそ父上らしくないけれど。いよいよ齢のせいかいね?」

半ば呆れたようにそう言った巫華の顔をまじまじと見つめながら、熊蔵は深いため息を吐いた。

「なんだい、お前さんまでそんなため息なんか吐いちゃって。どこか身体の具合でもおかしいんじゃないかい?」
「…いや、そうではないが…。」
「いつにも増して歯切れが悪いね。言いたいことがあるならはっきりお言いな。大体、さっきのあれはなんだい? 藪から棒に手なんか置いてさ。」
「巫華。お前、まだわからねぇのか?」
「だから! さっきから何が言いたいのさ!」
「親父殿は、我らに別れを告げに来たんだよ。もう里に戻って来ることはないだろうよ。八柄家の人として骨を埋める御覚悟だ。」
「な、何を言ってんだい! そんなことは一言も…。」
「…やっぱり実の娘と言えども、女には分からねぇもんなんだなぁ…。」
「はっ! なんだい偉そうに! いけ好かないねぇ!」

そう言うと巫華は小屋を出て行った。どうやら玄を探しに行ったようだったが、四半刻ほどして小屋に戻って来た時には、出て行った時の剣幕は鳴りを潜め、悄然とした足取りで、小屋に入るなりへたりこむようにして腰を下ろした。

熊蔵は黙って巫華の前に盃を置き、酒を満たす。

「…どこにも、いなかった。」
「…。」
「もう、会えないのかねぇ?」
「…。」
「寂しくなるねぇ…。」
「ああ…。そうだな。」

二人は黙々と、手酒で酒を飲み続けた。
その時間は永遠に続くかのようにも、思われた。




「杉治は及ばざる籠とし」⑯
了。


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