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ファンタジー小説「W.I.A.」2-4

  第2章 第4話

 洞窟の奥の祭壇に来て、何日が経過したのだろう? ここに着くと同時に灯した大蝋燭から見当をつけるとすると、おそらく四日目くらいになるのだろうか。
 
 沐浴を終えて洞窟に入ると、入り口はそれほど大きくないのに、深さは相当の物だと感じた。道は、右に左に曲がりながら、どんどんと地の底に降りていく。入口に置いてあった手燭を持ってきて良かった。
 
 祭壇は手作りだったが、記憶にある神殿の立派な祭壇を、そのまま小さくしたような、きちんとした正式な作りになっていた。中央にエーテルの姿を写したとされる像が立てられ、その周囲を数多の天使が取り囲んでいる。

 その前に置かれた文机に向かって座り、木の板に金属の象嵌を施した、大きくて立派な聖典を開いて、繰り返し読む、ということを、すでに数十回は行ったが、まだ「祈りの言葉」は読み解けない。

 子供の頃には毎日読んでいたから、ところどころは、特に、エーテルが示した数々の奇跡を記した物語の場面は、よく覚えていた。そういえば、父や母にもよく質問された。その時のエーテルの心情、奇跡を目の当たりにした人々の思い。考えてみれば、それらは全て、この『秘儀の儀式』に通じていたのかも知れない。

 ここで静かに座っていると、今までは感じなかった大地の鳴動が、驚くほど多く感じられた。そういえば、大きすぎて見ることはできないが、この大地も生き物なんだ、と誰かから聞いたことがある。その時は皆と一緒に笑って受け流したが、こうしていると、それもあながち嘘ではないような気がしてくる。

 その時に感じた鳴動も、初めはそういったものの一つだろう、と思った。だが、今回はいつもより長く、揺れも大きい。それに、はるか足元からではなく、むしろ自分の上から揺れが感じられるようだ。

 『これが、私に与えられた試練なのだろうか?』

 この揺れで、聖典から集中を削ぐことが試練なのかも知れない。だとしたら、惑わされてはいけない。エアリアは、何度か深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻すと、再び聖典の世界へとのめり込んでいった。

 ※           ※

 小屋での食事は、大量の豆と、干し魚を焼いたもの、そして様々な果物だった。エナは食事の習慣を失って久しいので、食べ物らしいものと言えば、エーテルに供えるものしか作っていないのだと言う。

 カイルが毛長牛の荷物から黒パンとチーズを出し、ブランデーも並べて、初めて食事らしい食事になった。エナも相伴し、ブランデーはことのほか気に入ったようだった。

 一行の腹が十分に満たされると、エナが多めに茶を淹れて、一連の騒動で中断になっていた話をし始めた。

 「実は、つい最近のことなのですが、私が夕の勤めを終えて小屋に戻った時に、眠気に誘われたのです。ご存じの通り、私は睡眠を必要としませんから、本来『眠くなる』ということ自体があるわけはないのです。私は不審に感じましたが、ついその懐かしい感覚を楽しみたいと言う思いに囚われて、奥の寝具で横になってみたのです。そして・・・夢を、見ました・・・。」

 その夢は、大暗黒戦争の首謀者とも言える、『異世界の神』ラスファタールが復活する、という夢だったそうだ。ヴァルナネスの各地に、魔物の軍勢が現れ、それらの主たる存在が天空に祈りを捧げると、夜空が裂けて、ラスファタールの繭が地上に現れた、というのだ。

 「私は恐ろしくなって目が覚めました。そして、その可能性の一つについて調べてみたのです。・・・今年の星の運行は特殊で、『凶星』『狂星』『恐星』『脅星』の、不吉四星が、天空に正確な四角形を描く星回りなのです・・・。ラスファタールは、その四星と地上の四星が重なるとき、その中央から地上に舞い降りる、とされています・・・。」

 「・・・何かの、予知夢的な夢、ということ?」

 「・・・ええ。そしてそんな時に、あなた方が現れた。神を身に宿す能力を持った人間を伴って・・・。」
 
 神妙な面持ちでエナの話を聞いていたアルルが、口を開いた。

 「・・・ここに来る途中での出来事なのですが、カリランドでグールの群れが現れ、ハイペルから軍が出たようです。私たちは他の依頼を受けていたので参加はしませんでしたが、ノスハイからは各教会が冒険者を集めて、大規模な討伐隊を派遣しようとしているのを目撃しました・・・。さらに、その北のオルスクではリザードマンの襲撃に遭遇しました。組織だったものではなかったので、偶然と片付けていましたが・・・。」

 「偶然で片付けるには、話が出来過ぎている・・・わね・・・。」

 クロエが、アルルの語を継ぐ形で、そう呟いた。

 「そうですか・・・そんなことが・・・。クロエの言う通り、偶然では片付けられない事態になってきたようです。カリランドの外れに、地上の『脅星』である、ヴァンパイアの王が眠っています。グールの出現は、その王の復活を意味する可能性があります。リザードマンは、ここトルナヤの『傷跡』の奥に眠る『狂星』、黒竜ニズヘイグの眷属です。」


 「そ、それは、本当の話ですか!」
 「はい。少なくても、黒竜ニズヘイグは、この山の・・・トルナヤの地下に封じられています。なにせ、封じた本人が言うのですから、間違いありません。」

 「黒竜を・・・、封じた?」

 「そうです。今から400年ほど前の話になりますが、大暗黒戦争の前に、地上に『異世界の神』を降臨させる企みがあったのです。その時に地上に現れたのが『狂星』北の黒竜ニズヘイグ、『脅星』西の伯爵、ヴァンパイアの王ヴァイロン。そして『凶星』東の魔女、シェルファ、『恐星』南の教皇、アズアゼル・・・。」

 「・・・すごいわね・・・みんな伝説の存在じゃない・・・。もちろん、良くない方のだけど・・・。」

 「今を生きる人たちにとっては、その程度でしょう。ですが、当時を生きた人々には、まさに災厄でした。エアリアのいたエーテルを襲ったのは、その時のアズアゼルの軍団でしょう。彼らにとって恐れるべきは、人間でも、エルフでもドワーフでもなく、天上の存在を身に宿すことのできる、私たちエーテルの民だったのです。」

 「・・・。」
 
 みな、言葉を失った。
 そうだったのか。エアリアの、そしてエナの一族を根絶やしにした存在が、これではっきりした。『南の教皇・アズアゼル』その名前は、一行の胸に、深く刻まれた。
 
 「私は当時、すでに不死の呪いを受けていて、その呪いを解くための方法を、このヴァルナネスで探していました・・・。ちょうど、今のエアリアのように。そして、その当時、ヴァルナネスで一番栄えていた都、ノストールにいたのです。地上に出てきたニズヘイグは、ノストールの街をその火で焼き払い、ドラゴネートやリザードマンといった自身の眷属に襲撃させたのです・・・。その様子は、まさに地獄でした・・・。」

 エナは遠い目をして語り続けたが、最後の方は思い出した光景に耐えられないというように、俯いた。数舜後、ゆっくりと顔を上げたエナは、決意に満ちた表情で、再び語り始めた。

 「当時のノストールには、聖四柱の騎士団が存在しておりましたが、東、西、そして南の動乱の鎮圧のために、そのほとんどが出払っていたのです。まさか、北からも脅威が迫っているとは、その時は考えられておりませんでした。残された戦力は騎士5名、兵士30名、それに魔術使いが数名・・・。対するニズヘイグの軍団はその10倍はいたでしょう。それはもはや、『戦闘』ではなく、『虐殺』でした。果ては、冒険者から武器の扱いを即興で仕込まれた民間人までが、その戦闘に参加せざるを得なかったのです。私は、そうして稼いでもらった時を利用して、この身に神を宿し、ノストールの街もろとも、ニズヘイグを駆逐しました。そして、トルナヤの地下、その奥深くに、ニズヘイグを封じたのです・・・。」

 「ちょ、ちょっと待って。そうだとすると、そもそも、大暗黒戦争はどうして起きたの?だって、ニズヘイグは封じたわけでしょ?」

 クロエが疑問を口にした。確かに、ニズヘイグが封じられたのが約400年前で、大暗黒戦争が約300年前。ニズヘイグを欠いたまま、『異世界の神』を降臨させたことになる。

 「・・・ニズヘイグを失い、彼らは企てを断念するものと思いました。幸いにしてヴァイロンもシェルファも、多大な犠牲を払いながらも倒すことに成功しましたから。ですが、アズアゼルは違いました。身を隠し、次なる策を着々と準備していたのです。それが、『異世界の神』を降臨させる、もう一つの方法、『千人の堕落した聖職者を生贄に捧げる』というものです。アズアゼルは、100年の時を味方につけ、少しずつ、神に仕える聖職者を堕落させ、生贄に捧げ続けたのです。そして、それが成就したのが300年前。それが大暗黒戦争の始まりでした。」

 「え・・・じゃ、じゃあ、あの戦争は・・・。」

 「はい。アズアゼルの策に乗せられた、とは言え、それは人の手によって為されました。今も各地で暗躍を続ける邪教衆は、その名残と言えるでしょう。教会はこの件を、秘中の秘とし、表にはしていません。それが元で人々の信仰が揺らぐのを恐れたのです。」

 「で、でも! それじゃ、また同じことが起こる可能性もあるじゃない!」

 「・・・クロエの懸念の通りです。私は、そのことで強く教会を諫めました。ことの事実を公表し、人々に警戒を呼び掛けるべきだ、と・・・。そのために、私は各教会の求めに応じ、大暗黒戦争の英雄として各教会の布教活動にすら携わったのです。エーテルの神官たる私が、他の神の教義のために・・・。そうまでしてでも、私は民に事実を告げるべきだと考えました。ですが、いつまで経っても、事実が明かされることはなく、もう教会を頼れないと考えた私が、一人で事実を告げて回る旅に出ると、教会は私を『異端者』として扱い、幽閉しようとまでしました・・・。教会のやり方は、徹底的でした。私が捕らえられないと見ると、私の言葉を信じて活動してくれた人々を捕らえ、残酷な方法で処刑しました。見せしめのために、神の名の下に! ・・・そして、私は全てを諦めました・・・。人との関りを避け、せめてニズヘイグだけは、私の力で抑え込もうと、ここに居を構え、今に至るのです・・・。」

 「そ・・・そんな・・・ひどい・・・。」

 「ですが、真実の話です。神の言葉も、人の口を介して話されれば、そんなものだと言うことです・・・。悲しむべきことではありますが、そうした神官たちでも『言葉』を扱えるのですから、神もそれを赦している、ということなのでしょうね・・・。そして・・・懸念は今まさに、現実のものとなりつつある・・・。」

 驚くべき話だった。ヴァルナネスの、そしてハイペルの今を、根本から覆してしまいかねない事実だ。まさか国の統治に深く関りのある教会が、裏で『大暗黒戦争』の事実を隠蔽し、『なかったこと』にしようと画策していたとは。そしてエナは、そんな教会や人間に絶望し、それでも、二度とあの悲劇を起こさせないために、ここで一人300年という長い時間を費やしてきたのだ。自分を絶望に追い込んだ、人間のために。

 「・・・アズアゼルは、その後、どうなったの?」

 口を開いたのはアルルだった。マールも同じことを聞こうとして、聞けずにいたことだ。うなずいているところを見ると、ガルダンやカイルも同じ気持ちだったようだ。

 「アズアゼルは、大暗黒戦争の決戦の時、ラスファタールともども異世界に葬り去りました・・・。皆さんに見ていただいたのは、私の『記憶』です。最後に現れた巨人、あれこそが、私が神を宿した姿です。」

 マールはその事実に驚いたが、アルルやクロエ、ガルダンは驚かなかった。半ば予想はしていたのだろう。カイルも驚いた顔をしているのを見て、マールは少しホッとした。 

 「じゃあ、今のところは、四星のうち、西のヴァイロンだけが復活している可能性がある、ということね?」

 クロエが腕組みをしてエナに尋ねる。

 「確実とは言えませんが・・・。グールの発生、というのは、軍や教会への陽動の可能性があると考えています。意識をそこに集中させ、その隙に他の四星を蘇らせる・・・。現に、軍も教会も動いている訳ですよね? そこで、皆さんにお願いがあるのです。私と共に、ニズヘイグを封じた地の底へ赴いていただけませんか? 状態を確認したいのです。オルスクでの、リザードマンの襲撃が偶然かどうかはともかく、トルナヤの地下空洞はオルスクどころか、ハイペルやコルダーの方まで続いているのがわかっています。あまりに広大で、支道が幾千とあり、そのすべては明らかになってはいません。ヴァルナネス全体が、地下空洞で繋がっている可能性すらある、と言っていた学者もおりました・・・。」

 エナが、懇願するように一同を見回した。クロエが振り向き、アルルとガルダンを見る。その顔は「行きたい」と言っているように見えた。

 「ふむ・・・。儂は、十分に考えられる話だと思う。エナ殿の話は、現状と辻褄が見事に合っておる。考察も、然り。」

 「・・・私も、そう思う。今すぐにでも、確認に行くべきだと・・・。でも・・・。」

 「エアリアね・・・。ここに一人で、大丈夫かしら? かと言って、人数を分ける余裕はないわよ。相手がドラゴンじゃ、全員で当たってもかなり危険・・・というより、無謀ね。」

 「ここには、サスカッチ達を残します。あの子たちで何とかならないような問題なら、それは我々がいても同じことでしょう。それと、ニズヘイグをこの人数で倒そうとは考えていません。状況を確認して、まずはできることをするつもりです。外に出てくれば、私がなんとでもしてみせます。」

 エナには強い決意があるようだった。たとえ一人ででも、ニズヘイグの元へ向かうつもりだろう。それから、アルルやクロエが中心となり、エナから確認できるだけの事実を確認し、全員でニズヘイグの眠る地の底へ向かうこととなった。マールが意外だったのは、いつもならすぐに賛意を示すカイルが、最後まで渋ったことだった。カイルはそれほどまでに、エアリアが心配なのだろうか。

 「では、本日は準備と計画の詳細を確認して、明日の朝、出発としましょう。目的地までは、半日ほどで辿り着けます。確認してすぐに戻れば、エアリアの秘儀が終わる前に、ここに戻って来られます。」

 エナは簡単に言うが、マールにとっては初めてのことだらけで、全てが命懸けだった。闇の支配する地下空間に、丸一日にいることになる。しかも、終点にはドラゴンが眠っていて、その途中にリザードマンが出るかも知れない。マールは思わずブルッと身震いした。今度こそ、ここで待っていた方がいいのではないだろうか?

「W.I.A.」
第2章 第4話 
了。



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