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ZONE-B SQUAD [weapons and equipment]

4 weapons and equipment
 測定室を出た3人は、中央管理室の一角にある、全周を透明な壁で仕切られたラウンジへと入って行った。そこにはドクターと桐野、ソンヒィの姿があった。
 「ドクター。ちょうどいいところに。杏の基礎測定が終わりました。」
 ジェイは手にしたバインダーをドクターに渡した。
 「ほう…。ほぼ素体の状態でこれは、なかなかじゃないか?」
 ドクターはバインダーを開くと、指で追いながら数値に次々と目を通していった。
 「ええ。アシュリーともその話をしていました。特に運動経験はないという話なので、上出来の部類かと…。そうだな、杏?」
 「え…あ、はい。学校の授業以外で体を動かした経験はほとんどないですね…。ここ十年ほどは特に…。」
 「うんどうヴそく…まんせいか…たいまん…ひまん…。」
 「ソンヒィ。それは少し失礼な言い方じゃない?それに、『ヴ』ではなくて『ブ』が正しい発音。なんでも『ヴ』にすればいいわけじゃないの。」
 「くべつ…しきべつ…ここべつべつ…」
 ソンヒィの言動を理解するにはもう少し時間が必要になりそうだった。似たような意味の言葉を繰り返すのがクセのようだ。
 「あ、あの…一つ聞いてもいいですか?」
 杏はこのメンバーの前では初めて自分から言葉を切り出した。それまでは受け答えだけだったのだ。
 「もちろんだとも。何かね?」
 バインダーを桐野に渡しながら、ドクターがいかにも興味ありげに返答した。
 「あの…皆さん、どうして日本語で話をされるのですか?見た目的には英語の方が都合が良さそうに見えますが…。私、英語ならそれなりに話せますけど…。」
 全員が呆気に取られたような表情を見せた。
 「ははは…。これは驚いた。何かと思えば我々が日本語を使う理由が気になったとはね!他にも気になるところはたくさんあるはずだが…。杏クンにはそこが一番気になったのかね?」
 「え…ええ。あの、ソンヒィが大変なのではないかと思い増して…私、おかしなこと言いましたか?」
 「いやいや!これは失礼。そうか、ソンヒィを気遣ってくれたのか。…まずは質問に答えよう。それはまさしく杏クンが感じたこととほぼ同義なのだがね…日本語の習得の難しさが我々には好都合なのだよ…。」
 ドクターによれば、日本語の難解さこそがこの部隊の秘匿性を守る意味でかなり重要な役割を担っているらしい。特に三種類の文字を使うこと、語彙が非常に多いこと、表意文字と表音文字を併せ持つことなどは他言語の追随を許さない優秀な特殊性だと言う。
 異相空間や「存在」を適確に表現し、記録に残すという目的にもぴたりと適う。ドクターはさらに、と前置きして付け加えた。
 「日本語には言葉自体に『呪力』があるのだよ。『言霊』とも呼ばれているがね。特に神官の使う『祝詞』などは『存在』が特に苦手だとの研究結果も出ている。理由はまだわからんがね。そういうわけで、ここをはじめとした異相空間を相手にする機関では日本語を普段から使用していることも多いのだ。」
 「そうなんですか…。」
 「そうなのだよ。そういうわけで、ソンヒィには申し訳ないが日本語の習得にも力を入れてもらわなくてはならん。」
 習得が難しい言語だと理解はしていたが、日本語にそんな力まであるとは考えたこともなかった。だが、確かに祝詞やお経には心を鎮める効果があるようにも思う。
 「ちっと、よかですか?」
 バインダーの数値に目を通していた桐野が声を上げた。
 全員が桐野の方を向いて次の言葉を待った。
 「杏さぁの獲物は、決まいましたか?」
 「いや…まだだ。キリィノはどう見たんだね?」
 ジェイが答えた。桐野をキリィノと話すところを見ると、もしかしたらテキサスやジョージア辺りの出身なのかも知れない。気を付けてはいても、名詞では母音を伸ばす南部方言が出てしまうのだろう。
 「ほれ、オイが使えなかった厚重ねの短刀があったでごわしょ?あれが杏さぁにビダリと決まいそうな気がしちょります。」
 桐野は得意気に胸を反らせて言った。体は大きいのに、その表情にはどこか子供のような無邪気なところがあった。

 
 桐野が言っていた短刀は「某落いろおとし」と「鬼喰きばみ」の二振りの短刀だった。いわゆる鎧通よろいどおしと呼ばれるタイプの短刀であり、刃体の厚さが普通の刀の三倍ほどはある。
 刃先に行くにつれ極端に薄くなる刀身は、真上から見るとより鋭利なワシントン記念塔のようにも見える。
 薩摩訛りのある桐野の説明では理解できないところもあったが、某落の方は彼の前田慶次郎が秀吉謁見の際に暗殺を試みて懐に忍ばせた特別誂えの品で、鬼喰の方はさらに古く、渡辺綱の馬手刀として使われたという曰く付きの品物だそうだ。 
 「こんとおり、タッパのあるオイではうまく使いこなせんのですが、杏さぁなら二刀流で行けるんじゃなかろかと。」
 渡されるままに手にしてみたが、長さといい重さといい、なんとなくしっくり手に馴染む感覚はある。もっとも刀など持ったこともないのだから、他に比べようはないのだが。
 「ふむ…。持っている姿を見ると、確かに似合っているな。どうだね?」
 「正直なところよく分かりませんが…銃器よりはまだ刃物の方が合っている気はします。…包丁などなら使ったことがありますから。」
 「あなた、本当に面白いわね?ほら…あれ、『肝が据わっている』と表現するんだっけ?」
 アシュリーが心底感心したように言った。
 「同感だ。適応力の高さの現われかな?」
 ジェイも深く頷きながらアシュリーの話を肯定した。
 「そんなんじゃないです。どちらにしても理解などできそうもないふざけた話なので、私もふざけようかと思ったまでで…。」
 杏は刀を桐野に返した。桐野が軽く自分の腕を切り、それぞれの刀身に血を吸わせた。
 その様子を呆気に取られて見ている杏に、桐野がこともなげに説明した。
 「いっぺん刀ば抜いたら血を見んわけにはいかんのですよ。新刀ならともかく、血の味ば知っちょる刀ならなおのこつ、こげな心遣いが必要になるっちゅもんです。」
 確かに包丁とは扱い方が違うようだ。これも覚えておかなければならないルールの一つだろう。
 「ところで、杏はなんで飛び降りなんてしたの?良ければ聞かせてもらえない?」
 油断していたところに、アシュリーが鋭く切り込んで来た。いつかは誰かに必ず聞かれるだろうとは思っていたが、まさかそれが今だとは思わなかった。しかし、こうなった以上は今話すしかないだろう。
 「それは…。」
 杏が話し始めようとしたところで、中央管理室のコンソールからビープ音が轟いた。大きなモニターに地図が映し出され、中央に赤い点が現れて点滅している。
 ジェイとアシュリーがラウンジを出てコンソールに向かった。エアロックからは枇々木が小走りにやって来る。
 「どうやら話は後回しのようだな…。桐野クン。杏クンに装備を整えさせてくれ。初陣を飾ってもらおう。」
 「わかりもした。…杏さぁ、オイに着いて来ちくれんね?」
 施設内の動きが慌ただしくなってきた。桐野に着いてエアロックを出ようとしたところで、ウィルとすれ違った。
 「接近警報かい?今度はどこで?」
 「さぁ。オイもまだ見とりまっしぇん。杏さぁの装備ば取りに行けっちゅことで…。」
 「…なるほど。じゃあ、あとで。」

 
 桐野に連れられてやってきたのはスチール製の棚に様々な武器の並んだ部屋だった。戦艦にでもついていそうな大きな砲から、使い方のわからない形をした武器が整然と並んでいた。
 振り返った桐野が杏を上から下まで眺め、クローゼットに掛けてあったカバーオールを取り出した。
 「まずはこれば来てみてくらっし。その間に準備ばします。」
 スチールのカウンターの上にカバーオールを置くと、出入り口のすぐ脇にあるフィッティングルームを指差した。
 杏はただのツナギにしてはズシリと重みのあるカバーオールを手にしてフィッティングルームに入ると、来ていたセットアップを脱いでカバーオールに袖を通した。
 裾と袖に若干の余裕はあったが、それ以外はベストフィットと言っていいサイズ感の良さだった。
 明るい部屋の鏡で見ると、黒に見えていたカバーオールはかなり色の濃い茄子紺色だとわかる。
 下腹部から胸元まである頑丈そうなファスナーを上げ、ツマミ部分をベルクロ付きのベルトで覆う。ハリウッドのヒーロー映画に出て来そうな出で立ちは、思っていた以上に似合っている気がする。
 カーテンを開けて武器庫に戻ると、先ほどのカウンターの上に膝まで届きそうなハイブーツとバイザー付のヘルメット、釣りの愛好家が着ているような小物入れのたくさん付いたベストなどを準備していた。
 「ひとまず、これば着たら戻りましょ。」
 着用に手間取っていると、桐野が手伝いをしてくれた。慣れた手つきで次々と装備を着用させてくれる。ブーツは足先まで通すと、シュッという音共に自動で締まった。ベストには既に何かしらの品々が入っているらしく、それなりの重さがあった。これも大きめのファスナーを上まで引き上げてから、調整用のベルクロ付きベルトで体にフィットさせていく。
 ヘルメットだけは手に持ったまま、中央管理室へと戻った。
 「オイも準備ばしてくる。」
 桐野はそう言ってエアロックからどこかへ行ってしまった。
 

 中央管理室にはドクターと枇々木がいるのみだった。
 「おお、タイプ4か。桐野クンはいいチョイスをしたね…。さて、来て早々ではあるが、杏クンにも現場に出てもらおうと思うが…覚悟はできているかね?」
 「…大丈夫…だと…思います。」
 「いいね。実に『人間』らしい返答だ。できればいつまでもその気持ちを忘れずにいて欲しいものだよ…。よし。とにかく今日はアシュリーと共に行動をするように。現場をよく見てきてくれたまえ。」
 「…わかりました。」
 そこに桐野が戻ってきた。かなり古風な軍装に身を包んでいる。帽子には派手な羽飾りまで付いていた。
 「お待たせしもした!」
 「桐野クン、いつにも増して、凛々しいね…ジェイとアシュリーはガレージに先行している。指示はジェイに伝えてある。」
 桐野が威儀を正し、ブーツの踵を高らかに鳴らして敬礼した。
 「では、参りもそ!」
 大きな足取りで進む桐野に着いていくために、杏は軽い小走りでガレージへ続く大きな扉へと向かって行った。
 扉が上に開いていく様は、まるで地獄の口が開いていくかのようだった。


ZONE-B SQUAD [weapons and equipment]
了。
 
 


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