ZONE-B SQUAD [What Lies Beneath]
25 What Lies Beneath
再開の喜びも束の間、今は最優先で対処しなければならない問題がある。
ジェイはまず自身の状態を簡潔に伝え、戦闘行動に万全の態勢で臨めないことを念押しした。その後、これまでの観察結果をまとめた上でこう付け加えた。
「自分に与えられた責任を回避するつもりはないが、ここは引き続き杏がスクワッドを率いてくれ。」
ジェイはそう言うと、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。こんなに弱ったジェイを見たのは初めてのことで、その場にいた全員が戸惑いの色を隠せなかった。
「わかったわ。とにかく、まずは例の『構造体』から当たりましょう。ネヴァン、ドローンを飛ばしてジェイの言う『窓』というのを探してみて。」
ネヴァンが頷き、背中の飛行アタッチメントから二機のドローンを飛ばした。その映像がすぐにL-ATVのモニターに表示される。
それを見届けた杏は、振り返って指示を継続した。
「こちらの動きは向こうにもバレてるはずなのに、迎撃に出てくる様子がないのが気になる…。いずれにしてもあれだけ大きい相手だから、ペアを組んで当たりましょう。私はソンヒィと組んで右から、アシュリーは桐野と上から攻めてみて。ジェイはヴァハと車両で左から。ネヴァンはドローンの情報を集めながら必要な場所に援護に回って。」
相手が大型であることを考慮し、「飛べる者と飛べない者」をペアにすることで移動の問題を解決できる。同じ理由で飛行できるネヴァンをL-ATVに残し、ジェイの移動を補助させる。
今はとにかく情報が少ない。攻撃を掛けるにしても、どこを攻めればいいのかがわからない。それに、ジェイの話によればあの「構造体」の中に取り込まれた隊員がいる可能性がある。救出が現実的に可能なのかどうか、そもそもまだ中にいるのかどうか、そういったことも考慮にいれなければならない。
とは言え、最優先は「現実世界に実体化させない」ということだ。もしかしたら、そのためには多少の犠牲が必要になる可能性もある。
ドローンが構造体の姿を捉え始めた。一機は遠目から全体を、もう一機は引き続き接近を試みる動きだ。
杏は助手席で、アシュリーは助手席の外から、ジェイが後部座席に据え付けられた射手席で、それぞれのモニターを注視する。
「窓のようなものは…見当たらないわね…。」
「ああ…。最初の頃より巨大化しているし、構造自体もかなり変わっている。以前はもう少し無機物を思わせるような感じだったんだが…形といい色といい、まるで心臓みたいだな。」
ジェイの言う通り、それはまるで横にした心臓だった。何かの実のようにも見えるが、壁面を走る無数の皺と葉脈のような網目がそれを否定しているようだった。
「!…今のは何っ!?」
遠目から構造体を撮影しているドローンに、何かが映り込んだ。杏は瞬間的に声を上げたが、アシュリーもジェイもそれは見ていないようだった。
「ネヴァン!ドローンワンを左にパンさせて!少し上!最大ズーム!」
画面を見ながら矢継ぎ早に指示を繰り出すと、その度に画角が調整され、そしてついにその姿を捉えた。
夜空の濃い部分から、白く輝く人影がZONE-Bに侵入してきた。背中に生えた大きな羽が力強く羽ばたいている。
「シェール…!?」
その声に、ジェイもアシュリーも画面を覗き込んだ。間違いない。右手に長大な槍、左手に盾を構え、黄金の甲冑に身を包んだシェールが今、ZONE-Bに舞い降りようとしていた。
シェールは一直線に構造体に向かって来ている様子だったが、飛行しているドローンに気が付き、やがてL-ATVにも気が付いたようだった。途中で進行方向を変えると、一直線にこちらに向かって来る。
「驚いたわ。シェールまで投入するなんて…向こうは余程切羽詰まっているのね…。」
アシュリーが目を丸くして驚いていた。枇々木もアンドロイド達もいない状態では、シェールが前線に出てくる他はなかったのかも知れない。だがそれでも、杏は不満だった。
魂の覚醒を経て以降、杏にもシェールの本体である「スピリット」が霊的にほとんど力を失っていることに気が付いていたからだ。あの状態でZONE-Bに侵入してくるなど、ましてや武装して飛行するなどと言うのは、シェールにとっては自殺行為に等しい。ドクターもウィルも、それは重々わかっていたはずなのに…。
驚くほどの速さで飛行してきたシェールは、着地すると同時に激しくよろめいた。目にも止まらない速さで助手席を離れた杏が、危ういところでその体を支えた。触れた瞬間、杏はシェールの霊力がほとんど尽き掛けていることに気が付いて絶望した。
「シェール!なんて無茶を!」
「すみません…どうしてもお伝えしたいことが…。」
シェールが話した内容は、上空監視に入った瞬間に気が付いたZONE-Bを俯瞰した光景だった。
それはまるで人間の胎内を思わせ、ZONE-Bで胎児が育っているように見えたと言う。そして今、ネヴァンとドローンが偵察している部分は胎児の心臓にあたる位置にあるのだと。
「…ZONE-Bは破壊神を産み落とそうとしているのかも知れない…。」
ボソリとアシュリーが呟いた。
「破壊…神?」
「ええ。世界中の神話に登場する『破壊と混沌を司る神々』のことよ。シヴァ、イシュチェル、セクメト、テスカトリポカ、イナンナ、パズス、アフリマン…。呼び名は地域によって様々だけど、ほとんど世界中の文化、あらゆる宗教にその存在が語られている。人間世界に巨大な災厄をもたらす使者のこと。」
「じゃあ…私たちは…。」
「そうなるわね…。私たちは今まさに、その破壊神を育む胎内にいる。言い換えればZONE-Bはそのための巨大な『子宮』だったということよ。」
アシュリーはそこで言葉を切ると、目の前の構造体に視線を移した。
「そしてこれが、その『破壊神』の心臓、というわけね…。」
「はい…少なくても私にはそのように見えました…。とにかく、どんな犠牲を払ってでも、これをここから外に出すわけにはいかない、と…。」
シェールが片膝をついたまま、絞り出すように声を出した。
「いやはや…なんともこりゃ…。」
いつも陽気で明るい桐野ですら、周囲を見回して絶望感に囚われたようだった。目の前の「構造体」が心臓だとすれば、全体ではとてつもない大きさの「胎児」ということになる。
「ここに来てから『存在』の攻撃がないのもそのせいか…。王子様だかお姫様だか知らんが、下手に騒いでその心臓を傷つけるわけにはいかん、ということだな?」
ジェイは極めて現実的な見方をしていた。その反面、考えあぐねている様子も見える。これだけ巨大な物体にダメージを与えるには、現有戦力はあまりに貧弱だった。無力に等しいと言ってもいいレベルだ。
その場の全員に沈黙が舞い降りた。
あらゆる意味で今までの「存在」とは桁が違い過ぎる。心臓一つだけでも今までに出現した最大の「存在」の10倍以上の大きさなのだ。
「…この機会だから…今のうちに話しておくわね…。」
アシュリーが重い口を開いた。
スクワッドで一番の「年長」であるアシュリーなら或いは、有効な提案をしてくれるかも知れない、という淡い期待に顔を上げた一行は、さらなる絶望感に打ちひしがれることになった。
その口から語られた「真実」は、三千万年宇宙を漂い続けたソンヒィ以外、全員の魂を凍らせる、恐ろしいものだった。
『ZONE-Bの消滅は、あらたな戦いの幕開け』
アシュリーの話を要約すれば、そういうことになる。さらに恐ろしいことに、その戦いはZONE-Bのような異相空間で行われる「人間でない者たち」の戦いではない。現実世界で発生する「人間同士」の争いだった。
それは神、仏、悪魔による人間の魂の収奪戦争だ。
「ちょっと待て。それじゃあ俺たちは誰のために戦ってるんだ?」
ジェイが立ち上がり、両手を広げた。
ここにいるそれぞれが、それぞれの思いを胸に秘めてこの戦いに臨んでいる。それとは別に、全員が共通認識として持っているのは「ZONE-Bの侵蝕から人間と人間世界を守る」という思いだ。
「『人間のためである』ことに変わりはないのよ。今、人間世界における『光と闇の勢力』は共通の敵であるZONE-Bと戦うために手を組んでいるの。ZONE-Bが人間にとって災厄の元となっている事実は事実としてある。問題はその後。共通の敵を失った味方同士は、また元の関係に戻ることになるわけでしょ?」
「…つまり、神と悪魔の戦いがまた始まる、ということか?」
「そう。今ではそこに『魂世界の守護者』である仏が加わっているから、事態はさらに複雑になって、戦いの数も増えることになる。」
「そして代わりに戦うのが人間、っちゅことでごわすな?」
「でもね、私の考えが正しければ、ことはもっと複雑なの。」
アシュリーはこれまでの人間世界の「戦いの歴史」について話し始めた。
最初は「神と悪魔」の二極戦争だった。どちらも人間を手駒として使い、自勢力の拡張のために世界中で戦った。表向きは神、つまりは光の勢力が優勢なように見えた。だが、悪魔側、闇の勢力はまさしく歴史の裏にある闇の部分で暗躍を続け、その魔手は光の勢力の中枢にまで入り込んだ。
歴史に名高いあの「裏切者」の逸話に、その時の様子が語られている。
神は慌てた。まさか自身が己に似せて創造した人間に、ここまで見事に裏切られるとは思ってもいなかったのだ。そして悪魔は神の名を語り「布教」と称して次々と世界を侵略していった。
これに慌てた神は「魂の守護者」と位置づけ、己に近い能力を与えて「魂の世界」を治めさせていた仏を自勢力に組み込み、協力して悪の駆逐に当たらせることにした。その協力を求める際、神は仏に人間世界の半分を割譲することを約束していた。
こうして勢力を盛り返した「光の勢力」は、「闇の勢力」を抑え込むことに成功した。「闇の勢力」も最後まで抵抗を続け、各地で大規模な戦乱、疫病、侵略などを繰り返していたが、その力は徐々に弱くなっていった。
しかし、神と仏、そして悪魔が争っている間に、人間も「科学」と言う名の知恵を付け、「技術」と言う名の力を得ることに成功していた。一節には悪魔が最後に人間を堕落させた結果であるとも言われている。
こうして知恵と力を持った人間は、神も悪魔も、そして仏も信じなくなった。目で見て、触れることのできる「形」の無い全ての物が「忘却」と言う名の人間の特殊な能力で消し去られていったのだ。
その「科学」と「力」は、人間の心に「光と闇」を生み出した。それは貧富の差であり、権力の差であり、能力の差だった。
「ZONE-Bが生まれ出たのも、この辺りだと私は考えてる。ZONE-Bを生み出したのは「人間の心」なのよ。人間は元々「光の子」として作られた。それが自分の道を歩き出した時、その心に生まれた「闇」の扱いに困ったんだと思うわ。悪いことを行いながら良いことも行う、これが人間でしょ?そして人間は、いつも心に闇を抱えている。それは罪悪感や後ろめたさ、不安や妬み嫉み…。」
処理しきれなかった「心の闇」が人間の精神世界で一つになり、増幅してZONEーBを作り出した。これがアシュリーの考察だった。
「これは一つの見方だけど、人間が神や悪魔と対抗するだけの力を手に入れようと生み出したのがZONE-Bかも知れないと、私は思うのよ。それが万人の願いではないにせよ、誰もが心のどこかで抱いていた潜在的な感情が贖罪の形でZONE-Bを生み出し、ZONE-Bはその究極の力として『破壊神』を生み出そうとしている…。人間は自らの手で、人間を罰しようとしているのじゃないかしら?」
アシュリーは「存在」や「カタシロ」との戦いの中で、いつしかこの考えが強くなっていったのだと言う。ZONE-Bに見られる「人間世界」の片鱗がそのきっかけだった。
「存在」や「カタシロ」は、いわばこの「破壊神」を創造するための予行演習とその栄養となるべき「魂」の吸収が目的だったとすれば、きれいに辻褄も合う。
アシュリーの吸血鬼としての目が、人間でも神でも悪魔でもない視点からZONE-Bを見つめ続けて得た一連の考察は、強い説得力を持っていた。
「じゃっどん、もしそうだとしたら、オイらはどうしたらよかと?」
桐野は明らかに動揺していた。いつもの落ち着きがなくなっている。
「そこなのよ。でも、この話はまだ半分なの…。」
アシュリーはそう言って話の続きを始めた。
「スクワッドを始めとしたHOCMSには『黒幕』がいる。そのうちの一人がドクター。その正体はセトという悪魔よ。『サタン』と呼んだ方がわかりやすいかしら?つまり、私たちのリーダーは悪魔の総大将というわけ。マリーシは本名をウシャスと言う。『摩利支天』という呼び名が一般的ね。これが神側が呼び寄せた『魂の守護者』。そしてヤハヴェ。人間を創造した神の名よ。彼はこの戦いには表立って参加できない。なぜならZONE-Bは自分の創造物、人間が産み出した世界だから。彼が直接手を下すことは、自身を否定することに繋がるというわけ。これが、私の考察の決め手となった。そして私。私はね、ヤハヴェが自分の代わりに戦いに参加させた彼の手駒。彼の代わりにZONE-Bの、そして仏と悪魔、人間の戦いを観察してきた。」
「待て待て!つまりアシュリーは神側が送り込んだお目付け役、と言うわけか?神の知らないうちに勝手なことを始めないように?」
「その側面も、もちろんあるわね。」
「し、しかし…どうして『神の側』なんだ?キミは神とは対極の位置にある存在だろう?」
「その話、今するべき?…まあ、いいわ。さっき、悪魔が神を語って悪事を働いた話をしたわよね?私は悪魔のフリをして悪事を働く…人間を捕食する…神の一族なのよ。もちろん、どの神話を見ても『神の側』とは書かれていないけど『悪魔の一族』とも明言されていないでしょ?それが、吸血鬼という種族なの。」
「ワケが…分からん…。」
ジェイがお手上げだと言うように両手を挙げて首を左右に振った。
「だから言ったでしょ?ことは複雑だ、って。」
「………どうして?」
一連の発言を黙って聞いていた杏が、初めて口を開いた。
「え…?」
「どうしてそれを、今ここで明かそうと思ったの?」
「ああ…。実はね、アラム・ムルで突入をする前に杏には話しておこうと思ったのよ。どちらにしても、選択を迫られる予感がしたから。だけどタイミングを逃しちゃって。」
確かにアシュリーはアラム・ムルで『話しておきたいことがる』と言っていた。
「選択…?」
「そう。ZONE-Bを消滅させて神と悪魔、それに仏様まで交えた『人間の戦争』がいいか、このままZONE-Bの…つまりは人間の心の在るがままに『破滅を迎える』のがいいか。」
「要するに、アシュリーは私たちに『選択の機会』を与えてくれたということね?それは、神の…ヤハヴェの意思には反することよね?」
「………まったく…あなたは本当に抜け目がない。恐らく全てを仕組んだセトでさえ、思いもよらなかったでしょうね…。ええ、その通りよ。私はここまで来て、あなたたち人間のために何かをしたいと本気で思ったのよ。」
やはりそうか。杏はこれまでの全ての出来事に納得がいった。あれは全て巧妙に仕組まれたことだったのだ。魂の覚醒とともに、その事実に薄々と感づいてはいたが、セトの…ドクターの目的のために手段を択ばない非情さにあらためて恐ろしい思いがした。いや、マリーシでさえ味方のフリをして近付いてきたのだろう。そういう意味では仏も悪魔も同じようなものだ。
それに、自らの責任を放棄した神も。
「……で、あなたはどうするのが正しいと思うの?アシュリー?」
「それはあなた方で決めなさい。『元人間』としてね。私は私の道を好きなように選んで全てを話したわ。あなた方人間も、好きにすればいい。」
杏がジッとアシュリーの目を見つめた。そこに答えを求めたが、その瞳は何も語ろうとしなかった。
杏は、一人ひとりの顔を順番に眺めていった。
ジェイは明らかに困惑している。残した家族のために何が最善なのか、迷いに迷っているようだ。
桐野は先ほどの動揺から立ち直り、いずれにしても覚悟を決めたようだった。さすがは『人斬り半次郎』だ。
ソンヒィはいつもの通り、ぼんやりと焦点の定まらない目で何かを見ている。その目に何が映っているのか、一度ゆっくり話してみたかった。
ヴァハはその機械の瞳を真っ直ぐ前に向けていた。そこに感情はなかったが、自らのタスクを忠実に実行している。ここにはいないが、ネヴァンもきっと同じだろう。
アシュリー。
人間の捕食者。神の手先。
そして、心強い味方。
今一番気にしているのは、マニュキュアの仕上がりのようだ。
シェール。心優しいスピリット。
その命のほとんどを、人間のために使い切り、今まさに眠りに就こうとしている。『あの約束』は果たせそうにもない。
杏の心は決まった。
それが可能かどうかはわからないが、やってみるしかない。
必要のない深呼吸をしてから、杏が口を開いた。
ZONE-B SQUAD [What Lies Beneath]
了。
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