ZONE-B SQUAD [The day before²]
22 The day before²
金曜日の喧騒で賑わう、東京都庁の展望台。
暑気払い帰りの酔客や、若いカップルが思い思いの時間を過ごしていた。
最近の梅雨らしい暑い日が続き、今日も日中は猛暑日を記録していたが、昨日発生した台風3号の影響なのか、午後10時を回ってもまだ蒸し暑い。
そんな地上の不快さから逃れるため、空調の効いた地上202mの位置にある展望台からの夜景を楽しみ、休息を挟んでから家路に着こうと考える人が増えるのも無理はない。
「なんだ、あれ?」
「…何かしら?オーロラ?」
一組のカップルが、はるか上空に見える夜空の異変に気が付いた。
「まさか!さすがに東京からオーロラは見えないだろ!」
「でも…」
女性は不審そうに首を傾げた。見間違いではない。確かに夜空の一部が赤と緑のグラデーションになってぼんやりと色づいている。色だけを見ればオーロラのようだったが、カーテン状になっているわけでも、流れる川のような形を作っているわけでもない。
それは言ってみれば、夜空にできた「染み」だった。
「どっかの花火とか、イベント会場のライトが雲に反射して、とか、そんなんだろ。」
男性は空の異変について付き物のそれらしい理由を並べてはみたが、言ったそばから違和感を感じた。
「…だけど…かなり高い位置だよなぁ…。」
ポケットからスマホを取り出すと、その様子を撮影してSNSにアップしてみる。その後、何かの情報が転がっていないかを確かめるために、画面をスクロールしてみた。
「東京にUFO出現!?」
「予言の前兆が始まった!!」
「栃木県のお祭りでドローンの航空ショーが行われている」
「スペースZのロケット打ち上げ」
「人工衛星が爆発!?」
次から次へと写真や動画付きで情報が出てきたが、どれも信憑性に欠ける雰囲気だ。
確実なのは、この夜空が見えているのが東京だけではないらしい、ということだった。栃木、長野、静岡、名古屋、北海道の地名を記したポストもあれば、中国語や英語のポストもある。
ふと画面から顔を上げると、展望台の周囲の人々も異変に気が付き、スマホを取り出して撮影したり、誰かと連絡をしたり、単なるイベントとしてお祭り気分で盛り上がる学生らしい集団もいた。
「ねぇねぇ、これってやっぱり『あの予言』のせいかなぁ?」
同じようにスマホをチェックしていた女性がボソリと呟いた。瞬間、男の瞳がキラッと光った。
「例の、『7月5日』ってやつ?…そうかも…知れないなぁ…。」
「やだぁ!こわぁい!」
「ははは!大丈夫だって!何なら明日まで、一緒にいてあげようか?」
「ほんとう!?…でも…どうしよっかなぁ…」
「何か起きても、お互い一人よりはマシだろ?」
「うん…そうね。…じゃあ、お願いしていい?」
「もちろんさ!よし、じゃあコンビニでなんか買って帰ろうぜ!」
「うん。」
男は、小躍りしたい気分をようやく抑え込んで平静を装った。
頭の中はこれから始まる楽しい一夜のことでいっぱいになった。
そうだ、コンビニでは「例の物」もうまく買わないといけない。そのための時間をどう稼ぐか、男の脳が回転速度を速めた。
じわり、と夜空の「染み」が大きくなった。
その頃、ガレージではウィルが一人で忙しく立ち働いていた。
緊急転送に備えるべく、全員の身体情報をマッピングしておく必要がある。その他に、今から現地に送り届けるための弾薬をはじめとした物資も準備しなければならない。
本来ならばアラム・ムルの現地調査に極東、イギリスと共に参加していたイタリアの組織が担当するはずの業務だったが、バチカン市国のサン・ピエトロ広場に出現した「裂け目」の後処理で、イタリアスクワッドの手が回らなくなったと、ついさきほど連絡が入ったばかりだった。
「まったく!奴らと来たらいつもこれだ!」
ドイツ出身のウィルは、何事にも時間やスケジュールを守るのが当たり前のことだった。自分の時間どころか、他人の時間を尊重しない行いが何より嫌いなのだ。
今までもマイペースで時間にルーズなイタリアスクワッドには何度も煮え湯を飲まされてきたが、まさかこの段階に入ってまで「連絡が遅れる」という事態が発生するとは思ってもいなかった。
『ワインと車を作る以外に能がない』
ウィルはよく、イタリア人を評してこういった辛辣な発言を繰り返していた。事実、どうしてあの民族にあれだけ優秀な車が作れ、どの銘柄を飲んでも外れの無いワインが作れるのか、ウィルはいつも疑問に思っていたのだ。
ようやくスクリーン上に現れた「紫の人々」を含めた全員のマッピングを終え、一人ひとりが個人を特定する完全な「数字」となって画面に表示された瞬間、全ての数字がエラーを示す赤文字に変わった。
「な、なんだ!?何が起こった!?」
ウィルはまず、機器の故障を疑った。全ての機器を目視で確認し、物理的な異常がないことを掴むと、すぐに診断プログラムを走らせた。
結果はすぐに表示された。
『想定外の時間軸変数要素が発生しました』
ウィルがマッピングした数字は、アラム・ムルが「裂け目」の役割を果たすと見越して調整されていた。仮に世界中のどこかで偶然このタイミングで裂け目が現れたとしても、その程度なら誤差の範囲として自動修正されるはずだった。
「な…何が起きた!?」
ウィルは同じ意味の言葉を繰り返した後、今現在起きている「時間軸変数要素」について調査するように指示を打ち込んだ。
『日本海上空8,000m~15,000mで大規模な時間異常域確認。』
すぐさま時間流を監視している衛星からの画像を呼び出したウィルは、思わず唸り声をあげた。
「時間流のずれ」がまるで発達した低気圧のように日本海上空に留まっていた。あまりの大きさに普段「裂け目」発見するための縮尺では全体を見ることができず、天気予報で見る天気図のように、日本列島の形がはっきりと現れる状態にまでしなければならなかった。
「これは…まずい…」
荒っぽく端末についている各種のコードを外すと、ウィルは端末を手に、ガレージを中央管理室に向けて走り出した。
中央管理室では、コンソールが聞いたことのないような音の警報を鳴らしていた。
枇々木が「アルマゲドンアラーム」と名付けた、全てのモードが即応体制に切り替わったことを知らせるアラームで、大規模な時間流の乱れをセンサーが感知した場合、自動的に切り替わることになっている。
話には聞いていたが実際に聞くのは初めてだ。人間が聞いた時に非常に違和感を覚え、不快に感じるように音程、リズム、ピッチ、全てを微妙に狂わせてある。
「ええい、うるさい!この音はどうすれば止まるんだ!」
ドクターはアラームを止めようと、コンソールのあちこちをのスイッチを操作してみたが、音が一向に鳴り止まない。コンソール中央部で赤色に点滅しているメインモニターも早く何とかしないと、状況がまるで掴めない。
「くそっ!枇々木めっ!好き勝手やりおって!」
恐らくは枇々木が自身の好みに合わせていいように「改良」したのだ。
性能自体は元の物より格段に向上しているのは認めるが、こうした「不要なギミック」も多数搭載されており、ドクターの苛立ちは最高潮に高まっていた。
そこに、端末を手にしたウィルが現れた。
「ドクター!これを…」
「ウィル!早くこの音を止めてくれ!モニターも役に立たん!」
かぶせ気味に喚いたドクターの脇を通り抜け、ウィルはいつも枇々木が座っている椅子の座面の裏に取り付けられたボタンを押した。音はすぐに止まり、モニターもアラム・ムルから送られて来る映像や先ほどウィルが見た映像に切り替わった。
「こんなところにあったのか!なんでまた…」
「それより、これを!ZONE-Bがいよいよ侵略を始めようとしているのではないでしょうか!?」
今度はウィルがかぶせ気味にドクターの発言を止め、手にした端末をドクターに見せた。
食い入るように端末を見つめていたドクターが静かに顔を上げた。
「ウィル。この情報を各地の組織に連絡してくれ。いよいよ始まった、とな。」
ウィルは重々しく頷くと、コンソールの側の席に座り、作業を始めた。ドクターはこの事実をアラム・ムルの杏に知らせるためにホットラインに手を伸ばした。
7号室のキッチンで調理をしていたシェールが作業の手を止めた。
杏の好物でもある「ベリーとミントのサマープディング」を作っていたのだが、脳髄にピリッと電気が走ったような感覚を覚えたのだ。
『何かの異変が起きている』
シェールは咄嗟に、リスボンで経験した大地震を思い浮かべた。あの地震を契機に、ヨーロッパ各地に地震や噴火、疫病の蔓延など、様々な災厄が襲い掛かって来たのだ。
あの時と同じ感覚が今、脳裏を横切った。
『杏…』
杏の魂に、何かが起きようとしている。シェールはスピリットに備わった危機感知能力が働いたのを知った。
急いで手を洗い、クローゼットへと向かう。
その時、思わず吐き気を催すような不規則で不安定な警報音が、7号室にも響き渡った。
アラム・ムルでは、モリガンと枇々木の記憶の共有が完了していた。枇々木はチカから「黄金の太陽円盤」を受け取ると、円盤を縦にして両手で挟み込むようにした。
「円盤は中央から二つに分離するらしい。こうすると…」
円盤の中心、ちょうど人面様の太陽紋の辺りの表裏に掌をあてがい、右手を前に、左手を後ろに回す。多少の力を籠めると、円盤が表と裏で逆に回転し、やがて半分に分離する。
円盤の中から、十字のプレートが姿を現す。
「出てきた。これが言ってみればカードキーだ。アラム・ムルの『大扉』にこれを差し込むスロットがある。その状態で『小扉』に円盤の表側を当てれば、門扉が開くとある。」
「裏側は使わないの?」
「裏は向こうからこちらに出てくる時に使うことになる。こちら側とあちら側の扉で鍵が違うってことだな。だから、裏側は誰かが中に持ち込む必要がある。」
「なるほど…考えてあるわね。」
その様子を見ていたチカと老人が顔を顔を見合わせて驚いていた。
「この短時間にどうしてそこまで…。テキスト部分には円盤の使用法までは書いていないのに…。」
チカは、というより「紫の人々」はここに来ても杏やロビンを試していたことになる。無理もないことだとは思うが、枇々木やモリガンがいなければこの最終テストに合格できなかった可能性もあると思うと、同時に腹立だしい思いもする。
これも「手順」というやつなのだろうか。
「へへ…すごいでしょ?モリガンには古代文字までを含めたありとあらゆる言語を『食わせて』あるんで。その数は600万を超えるんですよ。まあ、スクワッド版の『C-3PO』ってとこですかね!あんなに口やかましくはないですけど。」
試されていたとも知らず、枇々木は自慢げにモリガンの性能を語って聞かせた。ジェマの目が、また大きく見開かれた。そのうちハート形になるに違いない。
「…お見事です…。役目を果たせて、私もホッとしました。」
チカがにこりと微笑んだ時、奥のテントからホットラインの鳴る音が聞こえてきた。
「私が出るわ。」
チカにも円盤にも興味がなさそうだったアシュリーが、半透明のビニルカーテンを開いてテントの奥に向かった。
「役目というのは、以前聞いたあなた方に伝わる予言のような?」
「ええ。いわゆる終末論めいた話で、伝統ある宗教や団体に付き物のような話です。…この世の終わり、救世主、新しい世界。なんというか、そんな程度の物ですが、我々にとっては重要なのですよ。」
チカの後ろに立つ老人が渋面を作り、ついで非難めいた目でチカを睨むようにした。
この老人は予言についてチカとは違った、より厳格な考えを持っているようだった。
「そういえば『救世主は東より来る』という一節があります。もしかしたら、日本から来たあなた方が救世主なのかも知れませんね?」
「ヨーロッパ的に見ればそうなるでしょうけど、ここではどうかしら?ほとんど真裏だしね?」
杏はそう言って両手を広げて見せた。憮然としたままの老人を尻目に、チカがくすくすと笑った。
「杏!みんなも聞いて。どうやらゆっくりお話しているわけにもいかなくなったみたい。」
アシュリーは慌ただしく戻って来ると、手にした衛星電話のプラグを枇々木の端末に差し込んだ。自動的に画面が立ち上がり、すぐにドクターの緊張した面持ちが映し出された。
物事に動じないタイプの二人が、傍目にわかるほどに動揺している。
ZONE-B SQUAD [The day before²]
了。
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