Trick or Repeat 灯火さんショートショートお題
「トリック オア リピート」
その声は、決まってハロウィンの夜に聞こえてきた。
導かれるように、少年はベッドを抜け出して路地裏を抜け、古びた劇場の前に立つ。
中に入ると黒猫が一匹、古ぼけたランプに照らし出されて舞台の中央に座っている。
「今年も来たね」
黒猫はそう言って、そっとキャンディを差し出した。
少年はそれを受け取ると、すぐに包みを解いた。
キャンディは、ほのかにシナモンの香りがする。
どこかで嗅いだことのある匂い。
そういえば舞台の幕の揺れ方も、キャンディの包みの色も、黒猫の声の調子も全部、知っている気がした。
「これって……前にもあった?」
少年の声が、すうっと空に溶けた。
「君は、去年とは違うね」
黒猫がぽつりと呟いた。
「夢じゃ……ないのかもしれない……」
そう思った瞬間、胸の奥で何かがざわめいた。
記憶のようで、記憶じゃない。
感情のようで、感情じゃない。
「僕が…繰り返してる…の……?」
少年が問うと、猫は首を振った。
「違うよ。繰り返してるのは物語のほうさ。君はその中の登場人物」
いつの間にか、観客席には『誰か』が座っていた。
ページをめくりながら、静かに物語を読んでいる。
「ハロウィンはね、忘れられた者たちが一夜だけ戻ってこられる日なんだ」 黒猫は言う。
「語られなかった物語も、同じさ。語られることで、もう一度生きる。だから『その声』は、語り手がページを開いた瞬間に響くんだよ」
少年は観客席を見つめる。
『誰か』の一人と目が合った。
その瞬間、舞台が揺れ、劇場が崩れ、世界が反転した。
目を覚ますと、少年はベッドの上にいた。
枕元には一冊の本と、一粒のキャンディ。
本の表紙に流麗なスクリプト体の金文字で「Trick or Repeat」と印刷されている。
ページを一枚めくると、そこにはこう記されていた。
この物語は、あなたが読んだ瞬間に生まれ、 あなたが忘れた瞬間に消える。
ページを繰るたび、見慣れた風景が書かれた挿絵が目に飛び込んでくる。
路地裏、劇場、そして黒猫。
黒猫の言う通り、繰り返していたのは物語の方だった。
少年は「読み手」であり「語り手」でもあった。
今日もどこかで、物語が紐解かれているらしい。
Trick or Repeat。
少年はキャンディを受け取り、物語は繰り返す。
物語が忘却の土に還らぬように。
少年は「まだ」知らなかったが、黒猫はジャックと呼ばれていた。
(本文981文字)
こちらの記事は、花邑 灯火さんの企画参加記事となります!
灯火杯4thには間に合わなかったのですが、こちらなら間に合うかも知れないと思い、書き上げました!
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