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ZONE-B SQUAD [goofing around]

3 goofing around
 ショールとの会話は得るところが非常に多かった。枇々木の言っていた通り、この世界が長いショールは、杏が次々と繰り出す質問に淀みなく答えることができた。
 疑問に思っていたことはほとんど解決したが、その内容は荒唐無稽もいいところで、ふざけているとしか思えないような話ばかりだった。だが、恐ろしいことに、それがここでの真実なのだ。
 まずはこの施設が存在している場所だが、位置的には新宿御苑の地下深くということらしい。東京という都市自体が霊的に非常に強力なバリアで囲まれているらしく、この手の組織を置くにはうってつけなのだそうだ。
 そういうことならこの施設のどこにも窓がないこともうなずける。
 自分の体のことについても聞いてみた。ここでは一般的な「再起動」方法であり、ウィルやジェイも基本的には同じだそうだ。「自魂自体法」と呼ばれていて、簡単に言えば「標準的な死」によって肉体から離れた魂を、呪術で元の肉体に縫い付けてしまうらしい。
 ショールは「他魂他体法」の応用で再起動されており、これは異なる魂と肉体を縛り付けてしまう方式だ。ソンヒィもこれに当たるという。
 「私は元々肉体を持たない存在でした。皆さんが『スピリット』と呼ぶ別世界の住人だったのです…。」
 

 1348年のイタリア。当時、そこはまさに地獄だった。地中海を渡ってきた恐ろしい疫病が猛威を振るい、多くの人々が犠牲になった。
 たまたま人間の世界で遊んでいたショールは、母の死体にすがって乳を求める乳飲児を見かけた。そのひたむきな様子に不憫を感じたショールは、母親の遺体に入り込んで赤子に乳を飲ませたのだという。最後の平安を感じたまま、その魂が肉体から離れ「魂元の世界」に帰っていくのを見届けたショールは、この現状を生み出した「存在」に強い憤りを感じて以来、人間に与して異相空間の「存在」を相手に戦ってきたと言う。
 「それは、長く激しい戦いでした。あの頃は『存在』の影響が今よりも格段に大きかったのです。それに対応するこちらの方策もまだまだ未熟でしたので、その多くは見過ごされました…。たまに邂逅して戦闘に入っても、負けることがほとんどで…。そんな中で、私の霊的階層は下がる一方。あの頃は先陣を切って異相空間に飛び込んでおりましたが、今ではそれも叶わず、こうして戦いに赴く皆さんのお世話をさせていただくことにしたのです。」

 ショールはそう言って、悲し気に微笑んだ。
 こうしたショールのような伝説や挿話の中で語られる人間以外の種族も、各地の部隊で戦いに参加しているらしい。普段は人間を敵視したり、活力源とするようなアシュリーのような種族までがこの戦いに身を投じている。
 「人間界」はすなわち「彼らの世界」でもあるのだ。この世界から人間がいなくなって困るのは、人間だけではない、ということだ。

 「異相空間の『存在』は、どうして人間界に現れるの?何か目的があるんでしょ?」
 杏はごく基本的な質問をしてみた。相手の目的がわかれば、対処の糸口が見えて来るかも知れない。
 「正確なところは誰にもわかりません。古くからその疑問の答えを探していると言っていいでしょう…。今のところは『人間の魂』が目的ではないかと言われているようです。」
 「人間の魂が何かの役に立つの?よく聞く話ではあるけど…。」
 「皆さん、ご自身のことがあまりよくわかっていらっしゃらないようですが、それぞれの肉体に宿っている『魂』はそれ自体が純粋な『力の源』なのです。平均的な一人の人間が持つ魂の力は、恒星のそれに匹敵すると言われています。…目的としては、十分魅力的ではありませんか?」
 「…ちょっとすぐには理解できないけど…超高効率のエネルギー源になり得るということなのね?でもそれなら逆に生かしておいて…例えばもっと繫栄させておいて自然死を待つとか、やり方はあるように思うけど。」
 「それは向こうがこちらをどう認識しているか、で変わることだと思います。人間の使う代表的な燃料に原油がありますが、採油業者が枯渇を恐れて採油を止めることがありますか?」
 「………そういうことなのね…。」
 「あくまで例えの話で、憶測の上に成り立っている論拠の弱い説ではありますが、一定の説得力はあるように感じます…。」
 「そうね…。おかげで私にも目的らしいものができたように思うわ。いろいろありがとう。…ところで、ショールは休まないの?」
 「ご懸念には及びません。杏様は?もはや睡眠も食事も不要とは言え、習慣の維持はそのまま魂の維持に重要な役割を果たしますよ?何か準備しましょうか?」
 「うーん…。食事はやめておくわ。でも、考えも整理したいから少し横にはなろうかな。」
 「かしこまりました。寝室はこちらです…。」
 案内された寝室には、天蓋付きの立派なベッドが置かれていた。睡眠を必要としていた頃にここで寝てみたかった。天蓋のも天板にもバロック様式の装飾が施されており、その調度の豪華さに思わず見惚れていると、ショールはそれを気に食わなかったための躊躇と受け取ったようだった。
 「…あの…お気に召しませんでしたら、棺もご用意できますが…。」
 どんなに真面目にやろうとしても、やっぱりこの世界はふざけてる。
 それならこっちもふざけるまでだ。
 「棺…ね…。試したことがないから試してみようかしら?」
 

 その頃、施設の一室ではドクターとウィルがコニャックを楽しみながら話をしていた。
 杏のいる居室とは打って変わって、どこか禍々しい雰囲気さえ感じる暗い部屋には、数本の蝋燭が灯っている。燭台は人間の頭蓋骨を象ったものだった。
 「いつもながら見事な修復だったが…存分に楽しめたかね?」
 「おかげさまで。貴重なデータを取ることができましたよ…。彼女は…杏は実に興味深い…。」
 「どのあたりに、それを感じたのかね?」
 「ドクターもお気付きでしょうが、まずは魂を複数持っていることでしょうね。メインとなっている魂をバックアップするかのように、確認できただけで8つの魂を持っています。」
 「うむ…数までは数えなかったが、確かに絡みつくように周囲を回る小さな魂があるのには気付いていたよ。」
 「ふふ…ドクターも『お人』が悪い…。試しましたね?僕を?」
 「おいおい、ウィル。人聞きの悪いことを言わないでくれたまえよ…。大体だな、ここにはそもそも『人』などいないだろう。」
 「確かに…。」
 二人はお互いにニヤリと笑うと、手にしたグラスを合わせた。
 この場の雰囲気に似合わない澄んだ音が響き渡った。


 ここには時間の概念がない。今までなら空腹や眠気である程度の時間を測ることもできたが、まずはそれがなくなった。
 もっと根幹的なことを言えば、心臓が規則正しく脈打っていないことも影響している。
 脈動のなくなった体というものがこんなに静かだったとは。
 恐らく普通なら一度も気付くことのないままに、みんな死んでいくのだろう。死にながら生きてみて初めて気が付いたが、心臓はかなり騒々しかったのだ。
 どちらにせよ時間は無限にあると言っていい。考え方が正反対に変わったことになる。これから考えなくてはならないのは「どうしたら死ねるのか」という一事に尽きる。
 実際、どうなのだろう?分子レベルまで分解されたら死ねるのだろうか?それともその状態においても、何らかの手段でまた「修復」されてしまうのだろうか。
 そんなことをぼんやりと考えていたところでスマホが鳴った。ジェイからの着信だった。
 「やあ。測定室に降りてきてくれないか?君の基本的な活動限界を知りたいんだ。」
 杏はベッドを降りると、リビングにいたショールに声を掛けて測定室の場所を聞いた。中央管理室の下階に位置するらしく、エレベーターに乗れば連れて行ってくれるはずだと教えられた。
 「身体を動かされるなら、お召し換えをされてはいかがですか?」
 ショールに言われて気が付いたが「洗礼」を受けた時のボロボロの服のままだった。似合っていると言えば今の自分にこれほど似合う服もないのだろうが、そういうわけにもいかないだろう。
 「そう…ね…。まったく気にならなかったけど、これじゃあんまりね。」
 ショールの案内でクローゼットに向かう。寝室からもアクセスできたらしい。
 「う…わ…。す、すごいわね…。」
 圧巻のクローゼットだった。目に見える範囲だけでトレーニングウェアからイブニングドレスまで、ありとあらゆる種類の服が掛けられている。奥には着物を入れるための桐箪笥まで見えていた。ガラスの棚に並べられた靴は200足はあるだろうか。
 「サイズが合いそうなものを手前にピックアップしておきました。他にご希望のスタイルなどございましたらお申し付けください。」
 「あ、ありがと…。えっと…。何か見繕ってくれる?動きやすい物で。」
 「かしこまりました。」
 ショールは黄色のトラックスーツと、淡いピンクのセットアップを手にして戻って来た。
 「こちらなど、いかがですか?」
 杏は淡いピンクのセットアップをチョイスし、靴は赤のスニーカーに履き替えた。

 測定室に着くと、ジェイとアシュリーが待っていた。ジェイは迷彩服にTシャツ、アシュリーは赤いモヘアのセーターに黒革のタイトスカートを履いている。
 「来たわね。どう?身体は馴染んでる?」
 腕組みをしたままアシュリーが聞いてくる。聞き慣れない質問に少し戸惑いを感じた。
 「馴染んでる…というか…あまり変化は感じていませんね…。」
 ジェイとアシュリーが顔を見合わせた。
 「ということは、最高に馴染んでると理解していいんだな?」
 「少なくても違和感はありません…。」
 「よし。じゃあ早速、基本的な力から見せてもらおうか。」
 手渡されたのは見るからに重そうな測定器具らしきものだった。が、受け取ってみると、その重さはほとんど感じなかった。
 どうするものかとあちこち見ているうちに、握力計だと気が付いた。右手に持ち、普通に握ってみる。ジェイが屈みこんで数値を読み上げた。
 「200…30、だな。もっと力を入れてみろ。」
 言われたままに、指に力を籠めた。
 「お…いいぞいいぞ…400と20。大したもんだ!」
 「それは…いい数字なの?」
 「何も手を加えてない素体で420kgなら上出来だろ?」
 握力が420kg。記憶が正しければ、ゴリラ並みということになる。
 「私の身体、どうなってるの?」
 「まず、脳のリミッターが外れてるのが要因の一つね。それからナノチューブテクノロジーの補正とか、流れてる液体も違うから。今のあなたは油圧に近い液体で動いてるのよ。」
 こともなげにアシュリーが言ったが、内容は半分も理解できなかった。 
 「…要するに『マトモじゃない』ってことですね?」
 「今までならそうだが、ここではまだまだ『マトモ』な部類だよ。さ、次に行こうか。」
 促されるままに、次々に身体能力を測っていった。
 結果、時速120kmで走ることができ、垂直飛びは9m、パンチ力は4tほどでキック力はその倍程度。
 「おめでとう、杏も立派に化け物だな。」
 一通りの結果を記したバインダーを見ながら、ジェイが言った。
 めでたいのかどうかはともかくとしても、自分が「化け物」なのは間違いない。
 やっぱりふざけてる。
 恐ろしいのは、自分が今その真っただ中にいるという現実だった。
 さらに恐ろしいのは、これがこの世界の入り口に立っただけの状態ということだ。
 「ふざけ度合」は、これからまだまだ上がっていく気がする。
 
 
 

ZONE-B SQUAD [goofing around]
了。


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