ZONE-B SQUAD [HOCMS profile]
2 HOCMS profile
「さて。自己理解も進んだようだから、今度は我々の説明をさせてもらおうか。我々はある種の特務機関だ。正式名称は『Heterogenic Object Counter Measure Special forces 』通称ホーカム。なぜか誰も最後のSは発音しないのだ…。日本語にすると『異相対象特務対応部隊』ということになるかな。この種の機関は世界中にあるが、互いに完全に独立した別機関だ。まあ協力関係くらいはあるがね。我々は単に『ZONE-B SQUAD』と呼んでいる。その任務は異相空間から侵入を試みる「存在」を殲滅することにある。ここまではいいかね?」
杏は頷いた。もっとも、それは理解したという意味ではなく、そうしなければこの状態がいつまでも続くことになるからだった。
中央に立っている初老の男性以外、全員が武器を構えたままこちらの動きを見ている。どう考えていようが、否定の選択肢はない。
「よろしい。詳細はおいおい説明していくが、まずはメンバーの紹介を始めよう。この状態がいつまでも続くのはキミも望むまい。…ウィルは紹介が終わっているから…枇々木クンから行こうか。」
ドクターは紹介の終わっている自分とウィルを除いた人間に自己紹介を促した。右端に立っていた男性が右手で眼鏡を押し上げながら一歩前に進み出た。
「僕は枇々木亘。部隊のオプだ。要するに情報担当だね。兵站も兼ねているから何か欲しい物があったら遠慮なく申し出てくれ。ちなみに僕だけは生身の人間だから、忘れないでね。」
自己紹介でわざわざ「生身の人間」と話すことなど、ここ以外ではないことだろう。この後に続く者たちが自分をなんと紹介するのか、興味が湧いてきた。私はさしずめ「リビングデッド」と言うことになるのだろうか。
次に前に進んだのは、両手に拳銃を持った金髪の男性だった。ウィルと同じく、アングロサクソン系の人物のようだ。
「ジェイソン・ボービーズ。ジェイと呼んでくれ。実行部隊の指揮を任されている。生前は米陸軍の特殊部隊にいた。この後、キミの教育にも当たることになっているから、よろしく頼む。」
ジェイは「生きてはいない」ことを仄めかしたが、詳しい説明まではしなかった。軍人らしく、手の内を見せないようにしているのだろうが、その言動も立ち居振る舞いも紳士然としている。極めてスムーズに両手の銃をホルスターに収めていたところからも、練度の高さが窺えた。
その隣にいた赤毛の女性の正体はなんとなくわかっていた。
「私はアシュリー。アシュリー・レベッカ・オルセーヌ。400年くらい前にフランスに住んでいた時の名前。生まれ変わったのはもっとずっと北の方だけどね。さっきは爪を立ててごめんなさい。お気付きだろうけど、ヴァンピレスよ。」
やはりそうか。先ほどの「洗礼」で彼女は体を霧のようにしながら襲って来た。吸血鬼が出てくる映画ではよく見る光景だったが、映像表現があながち嘘ではないことはよくわかった。
次は大柄な男性だった。肩に刀を乗せていた。
「オイは桐野っちゅもんです。日本人が増えて良かったと思うちょります!手ば取り合って、アイツらまとめて斬り伏せてやりまっしょ!」
桐野はニカッと歯を見せて笑った。国訛りのせいもあったのか、とても人が良さそうな雰囲気がある。もっとも、杏の顔半分を遠慮なしに切り割ったのはこの男だったが。
「ソンヒィ…ゾンビィ…キョンシー…」
最後は小柄な女性だった。東アジア系のかわいらしい顔立ちだが、動きが機械的で反応はほとんどないし、言葉もカタコトのようだった。先ほどやたらと重い2本のナイフを投げてきたが、そのモーションは全く感知できなかった。
「では…最後にキミの紹介をしてもらってもいいかな?」
ドクターに促された杏は、椅子から立ち上がって頭を下げた。
「一路塀杏、です…。何が何だか…。えっと…31歳の銀行員で…あ、あとは何を話せばいいんですか?」
「ふむ…。まあ、まずはそんなところだろう。後は徐々に知り合っていこうじゃないか。…時間は腐る程あるんだからな。」
ドクターがクックッと笑った。
上手い冗談だとでも思っているのだろうか。
「私がいる限り、誰も腐らせませんよ?」
真に受けたのか返しのつもりなのか、ウィルが付け加えた。
反応する者は誰もおらず、それぞれ左手の金属製の扉から部屋を出て行った。後に残されたのは枇々木と名乗った男性と杏だけだった。
「ま、そんなわけで、あいにくここにはフリークスしかいないんだよ…。キミも早いとこ慣れるしかないな…。さて、じゃあ、ここの紹介をしながらキミの部屋に案内するよ。行こうか?」
杏は黙って頷くと、枇々木の後に続いて歩き出した。
その通りだった。慣れる以外にない。
それには自分も狂うしかないのだ。杏はもはや「マトモ」でいようとは思わなかった。
「マトモ」でいられるとも思えなかった。
廊下に出るために扉をくぐったが、まず驚いたのはその厚さだった。
それは優に20cmはありそうな金属製の扉だったのだ。
「あー、気を悪くしないで欲しいんだけど、今の部屋は『観察室』って呼ばれてる。まあ、あれだ、杏がそんなことになるとは思わなかったけど、魂の中にはどうしても『修復』を受け入れられないのがいてね。暴れちゃうんだよ。ものすごく。で、みんな最初はあそこで様子を見る、ってわけ。」
それはたぶん、「死に永らえる」ことを良しとしない、ものすごく高潔な魂なんだろうな、と杏は思った。残念ながら私の魂には微塵もありそうもないものだ。
念の入ったことで、観察室を取り囲むように金網の廊下が配置されていて、観察室自体が宙に浮いたような状態で設置してある。手に負えない場合はそのまま捨ててしまうのだろうか。
廊下を回り込むように進むと数段の階段があり、そこを昇った先が本格的な施設になっているようだった。こちらはリノリウムが全周に貼られた清潔感のある廊下だった。
エアロック式の金属扉を過ぎ、また廊下。両側に格子の付いた複数の部屋があったが、どれも空だった。
「ここは拘禁室。素性の知れないお客さんは全員ここに入ってもらうことになる。鉄格子は付いてるけど、室内はかなり快適だよ。」
またエアロック。その先は左右に伸びる廊下が続き、正面にはまたエアロックだ。
「かなり…広いのね…。」
「うん?あー、そうだね。施設全体ではかなりの広さだよ…。さて、ここが『本棟』だね。いわゆる施設の中枢ってことになる。中心部に中央管理室があって、そこを取り囲むようにして作戦指令室や会議室、ラウンジなんかも置かれてる。右側の大きな扉が見えるかい?あれが『ガレージ』に繋がってるエレベーター。左側に見えるのが居住区へのエレベーターだ。」
「こんなに大きい施設、どうやって管理してるの?」
これだけ広い施設なのに、先ほど紹介された以外の人影を見ていない。今までだけでも、普通の会社なら200人は働いていそうな広さだ。
「ここの管理は全部『霊的』に行われてる。俗に言うポルターガイストだね。僕は『小人さん』って呼んでるけど。掃除機やモップが勝手に動いてても気にしないで。使った食器や服なんかもそのままにしておけば誰もいない時に小人さんが片付けてくれるから。」
「ずいぶん簡単に言うのね。」
「そりゃあそうだよ。ここは女吸血鬼とかリビングデッドとか、そんなんばっかりだぜ?ポルターガイストや妖精がいても驚かないよ。それにさ、AIとWi-Fiで管理されてるオフィスだってあるだろ?似たようなもんだよ。」
「………考えてみればその通りかも。」
「だろ?まあ、こっちの方が数段優れていて、幾分ノスタルジックだけどね。見ての通り、仕事は完璧だよ。…例えるなら、ホグワーツが一番しっくり来るかもね。」
そんな話をしながら、二人は居住区へ向かうエレベーターへと乗り込む。
かなり近代的なエレベーターで、操作盤がない。乗り込むと一人でに動き出した。
「ここのエレベーターも特殊でね。行きたい場所を頭に思い描くだけでその階に連れてってくれる。便利なもんだろ?」
「名前は『クライスト・チャーチ』だったりする?」
「ははっ!いいねぇ。確かにドクターの言う通り、杏の魂は相当強いみたいだね。」
「どうしてそう思うの?」
「杏がここに運ばれてきたのが三日前。で、本格的に目覚めてまだ1時間も経ってないのに、もうジョークが言えるくらいに馴染んでるからさ。」
「おかしいことなの?」
「おかしいかどうかはともかく、ここまで正気を保って目覚めたのは杏が初めてかもね。僕の知る限りでは、ってことだけど。」
エレベーターが古風なベル音を奏でた。扉が音も無く開いた。アンティークなホテルの雰囲気を期待していたが、実際はどこにでもあるビジネスホテルのそれに近い廊下が左右に伸びていた。
「杏の部屋は7号室だよ。これ持ってれば自動で開錠されるから。情報端末も兼ねてるから常に身に着けておいて。いいね?」
枇々木は一台のスマホを杏に手渡した。
「案内はここでおしまい?まだ聞きたいことが山ほどあるんだけど。」
「申し訳ないけど僕は帰って休まないと。キミたちと違って食事も睡眠も必要だからね。部屋にメイドがいるから質問するといいよ。」
「メイド?部屋に?」
「ああ。もちろん『霊的』な存在だよ?僕なんかよりここでの生活が長いから、聞きたいことにはなんでも答えてくれると思う。それじゃ!」
杏の答えを待たず、エレベーターは閉じてしまった。手にしたスマホはどこにでもあるようなスマホだったが、電源は入っていないようだった。
杏の居室と伝えられた7号室は、廊下を左に進んだ突き当りの右側の部屋だった。枇々木の言った通り、部屋の前に立っただけで開錠されたのが音でわかった。
ドアを開き、室内に入る。広くて豪華な部屋だった。自分が住んでいたマンションもそれなりに豪華だったが、ここには気品のようなものが感じられる。
「お帰りなさいませ、はじめまして。7号室のメイドを務めさせていただきます、ショールと申します。どうぞお仕えさせていただけますように。」
黒く長い髪を後束ねに結い上げ、黒のロングドレス姿の長身の女性が恭しくドレスを持ち上げて腰を曲げた。
「そんなに改まらないで。私は杏。一路塀杏と言うの。ショールさん、これからよろしくね。」
「わたくしごときに敬称など不要でございます。どうかショールとお呼び下さいますように…。」
杏はこの手の妙に遜る態度が苦手だった。虫酸が走ると言ってもいい。本人にそのつもりはないだろうが、相手をしているとこちらは逆に疲れてしまうのだ。
「じゃあ、ショール。これからのことはともかく、まずはここのことが知りたいの。いろいろ教えてくれる?」
「もちろんでございます…。ですがその前に、お仕えさせていただく証として、指を一本、頂戴しとうございます…。」
杏はため息を吐くだけのために息を吸った。部屋の雰囲気とショールの柔らかな笑顔で忘れかけていたが、ここはフリークスしか存在していない異常の世界なのだということを、一言でまざまざと思い出させてくれた。
杏は左手の小指をむしり取ると、ショールに差し出した。
ZONE-B SQUAD [HOCMS profile]
了。
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