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ZONE-B SQUAD [first contact]

5 first contact
 ガレージの広さは杏の想像をはるかに超えた巨大さだった。中学生の頃に社会科見学で訪れた航空機工場の大きさは軽く超えているだろう。
 杏と桐野が入った扉の上部は張り出していて、その上には別に仕切られた部屋が存在しているようだったが、それを抜けると天井までの高さが30mほどはある。壁面をぐるりと囲む壁には、一定の高さごとに通路が設けられており、通路の途中には階段や橋が架けられ、行き来ができるようにされていた。
 これが地下施設と言うのがにわかには信じられない程に巨大な空間だ。
 「なかなかのもんでごわしょ?」
 歩きながら桐野が片目を瞑ってみせた。
 ガレージには整備途中と思われる戦車のような車や、見たこともない形の航空機と思しき機体、見慣れた感じのヘリコプターや豪華そうなクルーザーまで、ありとあらゆる乗り物が並んでおり、その他にも用途不明な大型の機械設備がところどころに置かれている。
 キョロキョロと辺りを見回しながら進むと、右手の一角に数段高くなっているステージのような箇所があり、ジェイとアシュリーがモニターを見ながら何かを話している様子が見えた。
 「どげなもんでごわすか?」
 機械の唸るような音に負けない大声で桐野が声を掛けた。ステージに上がると、奥の方にソンヒィとウィルの姿も見える。
 「出現地点は特定できた。『ロスタイム』に入り次第、転送することになる。…杏の準備は整ったようだな。」
 ティアドロップ型のサングラスを掛けたジェイが杏を眺めて言った。ジェイの服装も杏のそれと非常に似ていたが、違うのは大型の銃器を背中に背負い、胸側にも銃器を吊っていることだった。太ももの両側にも銃が吊るされている。
 「ドクターから話は聞いてる?今日は戦闘には参加しないで高みの見物を決め込むわよ?」
 アシュリーはいつも通りの服装に、光の加減で虹色に輝く生地のトレンチコートを羽織っていた。ウィルはいつもの白衣だし、ソンヒィもジーンズにスウェットシャツと言う軽装だった。
 「みんな、服装はバラバラなのね…。」
 桐野がジェイと何やら話を始めたので、杏はアシュリーに近寄って声を掛けた。
 「そうね。服装とか装備に決まりはないわ。…杏は武器にあの刀を選んだのね?」
 アシュリーは杏の腰の後ろに飛び出している刀の柄を見た。二振りの刀を互い違いの横向きにして、ベストに取り付けた。両手を腰の後ろに回せばすぐに柄を握れるようにしてある。
 「ええ…他の武器を選んでいる余裕もなかったので…。」
 「どっちにしても今日はそれを使うようなことにはさせないから、安心して見ていて。いいわね?」
 「はい…。お任せします…そのぅ…。」
 「アシュリーでいいわ。身の上話はあとでゆっくりとしましょ。」
 「はい。よろしくお願いします。」

 「よぉし!『ロスタイム』まで30秒を切った!みんな、スタンバってくれ!」
 ウィルが額に付けていたゴーグルを下ろしながら叫んだ。ジェイを先頭にステージ中央のガラスの小部屋へと入っていく。ウィルを除いたその場の全員が小部屋に入ると、シュッと言う音と共にドアが閉じられた。
 「いよいよ初転送ね。慣れないうちは眩暈が起きるからね。」
 「転送…ですか?」
 「そっ。その名の通り、私たちは一瞬で目的地付近に到着する。映画とかで見たことあるでしょ?」
 「ありますけど…そんな技術が実在するんですか?」
 「すぐに分かるわ。それと、映画に出てくるような技術はすでに全部実用化されてるわよ。」

 『転送開始まで…5…4…3…』
 小部屋の中にカウントダウンの音声が響き渡った。小部屋の中には靄が発生し、外にいるウィルの姿が段々とぼやけていく。
 『…0』
 カメラのフラッシュの真っただ中に飛び込んだような光の闇に包まれた。明るすぎて何も見えない。
 次の瞬間、一行は小さな駅のホームにいた。
 杏が天地がひっくり返ったような錯覚を起こしてよろめくが、アシュリーがすかさず腕を取ってその身体を支える。頭を振って二、三度瞬きをすると、その錯覚はすぐに治まった。
 「あ、ありがとうアシュリー。」
 「どうしたしまして。立てる?」
 「ええ、もう大丈夫。」
 あらためて辺りを見回す。山と山の間にある、単線の小さな無人駅のようだった。八角形のかわいらしい建物が駅舎ということになるのだろうか。駅名表示板には「面白山高原駅」と記されていた。
 付近は異様に静かだった。それに、空に高々と月が浮かんでいるというのに、夕方程度の明るさに感じる。
 空中には無数の小さな虫がその場で留まっていた。見る物全てが初めてのような新鮮さを感じる。明るく感じていたのは、今までとは比べ物にならない程に視力が良くなったからだと気が付いた。虫の翅の筋までがくっきりと見える。夜がこんなにも美しいとは、思ってもみなかった。
 匂いにも敏感になったようだ。草木の匂い、土の匂い、油や何かが焦げたような匂いまで、明確に嗅ぎ分けられる。
 まるで田舎から初めて都会に出てきた人間のような動きをしていたに違いない。アシュリーがクスリと笑いながら話し掛けてきた。
 「新世界へようこそ。杏。」
 
 「ロスタイム」は「失われた時間」という和訳の通り、一般世界にいる人間には完全に失われた時間だった。「死者の時間」とも言えるだろう。現在を生きている全ての生命の寿命にこの時間は含まれないという意味の「ロスタイム」でもある。
 杏は単純に時間が止まっているのかと思っていたが、正確には時間は進んでいる。アシュリーの言によれば、時間の経過がおよそ1兆分の1までゆっくりになっているらしい。つまり、ロスタイム中の現実世界で1秒を過ごすためには、こちらでは3万年を超える時間が必要ということになる。
 「それだけ遅いと止まってるのと変わりはないけど、『時間は絶対に止まらない』というのが定説ね。とは言え、まだまだわからないことも多いのが時間というものらしいわ。」
 アシュリーはいかにも興味なさ気にそう付け加えた。宙に留まっている黄金色の虫を指でつまむと、そのまま潰してしまった。
 「この甲虫が死んだことに気が付くのは三千年の後、と言うことになる。生命が死を認識するまでに掛かる時間よりも、実際の時間の経過が遅いからこそ起こる現象。不思議でしょ?」
 確かに不思議だ。目の前の現実では完全に生命が失われているのが確実なのに、当の潰された虫はまだ生きていると思っている。もしも昆虫に意識のようなものがあるのなら、今この瞬間、意識はどこへ行っているのだろう。
 「おしゃべりはそれくらいにして、仕事に掛かろう。異相空間が開いたようだ。」
 ジェイが背中に負った大型の銃を胸の前で構え直しながら、線路上の一点を指差した。
 そこに、アンドロメダ銀河を縦にして紫色にしたような「何か」が空間の裂け目のように現れ、徐々に大きさを増していった。色は周辺部に行くほど明るく、薄くなり、中心部に行くほどに暗く濃くなっている。中心点の部分は完全な闇だった。
 「レイブン1からレイブンズ・ルースト。異相空間が現れた。これより突入を開始する。」
 「ルースト了解。Geh auf Hasenjagd!!」
 「毎度のことながら、気楽に言ってくれる…。キリィノ、先陣を頼む。」
 「おいさぁ!行きもすぞぉ!」
 桐野が抜刀して刀を肩に担いだ。躊躇することなく線路に飛び降りると、瞬く間に裂け目に突入して行った。ジェイとソンヒィがすぐ後に続く。
 「杏、先に入って。」
 「は…はい!」
 言ってはみたものの、なかなか踏ん切りが付かなかった。見るからに禍々しい空間に自ら飛び込むと言うのは、命の灯が消えていても恐怖を感じるようだ。
 「ほら!早くっ!」
 アシュリーに後ろから押され、たたらを踏むように空間に入った。周囲の景色が一変した。そこは頭の中で思い描く「地獄」のそれに近かった。
 全ての物が燃えている。強烈に吹き付けてくる風でさえ燃えているようなのに、熱さは感じない。ただひどく、乾燥している。
 目の前でジェイが銃を乱射しながら、地面を這って来る煙のような触手を次々と撃ち砕いていた。その触手の大元となる本体は、赤と橙のまだら模様で覆われたアヒルのように見える。違うのは、頭の部分が二つあることだ。
 その頭部分の右側に桐野が、左部分にソンヒィが攻撃を仕掛けていた。
 「ジェイ!露払いご苦労様!もう大丈夫。入り口は抑えた!」
 アシュリーがジェイに呼び掛けた。ジェイはわずかに頷くと、銃を乱射したまま跳躍した。アヒルの首元部分に大きな穴が二つ空いたが、その穴は急速に閉じていく。効いてるのか効いていないのか、杏には判断が付かなかった。
 アシュリーが左手で杏の身体を後ろに下げた。そのアシュリーに向かって複数の触手が伸びて来る。右手の一閃でこともなげに全ての触手を払うと、そのまま右手を地面に突き刺した。
 後ろからその様子を見ていた杏は、その瞬間にアシュリーの赤毛が伸びて逆立ち、身体全体が一回り大きくなったような印象を受けた。右手はそのままで、飛び掛かって来る触手を左手一本で次々と打ち払っていく。いつの間にか左手の指先には、長くて鋭利な鉤爪が生えていた。
 その時、本体周辺で鞭のように振るわれていた一際太い触手の一本が、ソンヒィの身体を襲った。ソンヒィは右手で触手を止めたが、その先の細い部分がピュンと撓り、ソンヒィの胴体を真っ二つに切り裂いた。
 声を出す暇もなかった。二つに分かれたソンヒィの身体が地面に落ちる。
 「え…え?」
 杏はどうしたらいいか分からず、答えを求めて周囲を見回してみたが、答えは得られそうになかった。
 「獲った!」
 アシュリーが叫んだ。地面を引き裂きながら、長く伸びたアシュリーの右腕が現れた。どうやら地面の下から本体まで腕を伸ばしていたようだった。その手が、何かを握っている。
 「桐野っ!」
 「ほいなっ!」
 桐野はアシュリーの右手ごと、その手に握られていた脈打つ四角い箱に刀を突き刺した。

 ヒキィィィィィィィィッ!!!

 悲鳴のような甲高い音を立てて、箱がボロボロの土塊のようになって地面に零れ落ちた。同時に本体を象っていた物が、薄れゆく煙のように広がって、やがて消えた。
 未だに吹き荒れる風の音に混ざり、木の扉が風に揺れているような音が聞こえてきた。音の方向を探ってみると、はるか上空から世界がパタンパタンと折り畳まれているのが見えた。
 「完全崩壊まで200秒だ。各自持てるだけのサンプルを回収しろ。」
 ジェイが手にしていた銃を背中に回しながら小走りに戻って来た。桐野はソンヒィの亡骸を回収しているようだ。
 アシュリーが右手の指の間に残った箱の残滓を、ジェイから受け取ったケースに丁寧に落としている。
 「ソンヒィ…りょうだん…まっぷたつ…はんぶんこ…。」
 「いつもいっちょる通り、そろそろ守りちゅうもんば覚えんといけんね、こん子は。」
 桐野はソンヒィの右腕を右手に、左足を左手に持ち、ソンヒィの身体を引きずるようにして戻って来た。一行の前で両手を離す。ソンヒィの身体がどさりと地面に落ちた。
 「ソンヒィ…まもった…ぴゅん…はんぶんこ…。」
 両手を使って器用に起き上がると、桐野の方を向いて文句を言った。同じように下半身の方も自分で立ち上がると、足踏みをしてジーンズについた砂埃を捲った裾の中に落とし込む。ソンヒィなりにサンプル回収をしているつもりらしく、見た目よりは元気そうだ。
 「よし。全員、異常ないな…そろそろ時間だ。向こうに戻ろう。」
 今度も桐野が先頭で、次にソンヒィの下半身、上半身が続いた。
 「さ、戻ろっか。今度はすぐに出れるわよね?」
 「は…はい…。」
 入って来た時と同じように裂け目を通り抜けると、先ほどと同じ線路の上に戻って来た。最後にジェイが裂け目から出てくる。
 「レイブン1からレイブンズ・ルースト。状況終了。異相空間から戻り、裂け目が閉じるのを待ってる。人員装備異常なし。」
 「ルースト了解。裂け目が完全に閉じたらいつもの手順で頼む。レイブンズ・ルースト転送待機中。」
 「了解だ。レイブンズ・ルースト。オーバー。」
 ジェイがベストのポーチから小さなボトルを取り出すと、中に入っていた粉を裂け目の周囲の地面に振りまいた。その間にも裂け目はどんどん小さくなり、やがて完全に消滅した。
 「よし。じゃあ戻るとするか。全員、一塊に集まってくれ。」
 全員がジェイの周囲に集まったのを確認し、袖を捲って腕時計のベゼルを回転させた。文字盤が赤に点滅し、やがてオレンジに変わる。
 「よし…来たぞ。みんな、そのまま動くなよ…。」
 どこからか、また白い靄が発生する。その靄が周囲の景色を覆い隠した途端に、またフラッシュが来た。
 気が付くと、一行はガラスの小部屋に戻っていた。

 「やあ、みんなお帰り…。おやおや、ソンヒィはまた真っ二つか…。」
 ウィルがドアを開いて出迎えてくれた。
 「今回の滞在時間は16時間と52分でした。皆さん、身体に異常は?」
 「じゅ、16時間!?」
 さらりとウィルが言った言葉に驚いた杏は、思わずおかしな声を出してしまった。
 「あれ?誰も教えなかったの?」
 「ごめん、忘れてた。あとで教えておくわ。」
 「…アシュリーの悪いクセが出たかな?ま、いいや。ロスタイムの間に食事に行くんでしょ?僕から伝えておくよ。」
 「あら、悪いわねウィル。じゃあ頼んでいいかしら?ちょっと行ってくるわ。」
 そう言うとアシュリーは煙になってどこかへ消えてしまった。
 「じゃ、皆さんはこれで。杏は少し残ってくれるかい?基本的なところを少し説明しておきたいから。」
 「あ…はい…。あの、アシュリーはどこへ?」
 「ああ、食事だよ。残り時間的に新宿周辺で適当な人間を見つけてるんじゃないかな…。ほら、今はあちこちにカメラがある時代だろ?稀代のヴァンピレスと言えど、ロスタイム以外にはゆっくり食事するのが難しい御時勢だからね。」
 「ああ…なるほど…。」
 二人のやり取りがあまりにあっけらかんとしているので、どこかのファーストフード店にでも行くのかと思った杏は、一緒に行くか気晴らしに何か買って来てもらおうかと考えていたのだが、吸血鬼の「食事」と言えば相場は決まっていた。
 もしかしたら、歌舞伎町辺りでまた行方不明者が出ることになるのかも知れない、と杏は思った。
 
 杏自身は気付いていなかったが、杏は急速に「この世界」に馴染み始めていた。




ZONE-B SQUAD [first contact]
了。
 

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