ZONE-B SQUAD [true aim]
21 true aim
アラム・ムルに朝日が差し込んで来た。
それはペルーの荒涼とした高地に、生命の温かさを運ぶ光だった。
「ああ…これでいくらかマシになる…。」
一人だけ極地用のダウンパーカーを着込んだ枇々木が、白い呼気を吐きながら情けない声を出した。今日はドクターとウィルを除く全員がこのアラム・ムルに集まり、日の出が訪れるのを待っていた。
中央管理室にいるドクターとウィルの様子が枇々木の持ち込んだ端末の一台に映し出されている。さすがのあの二人も、緊張した面持ちを隠せないでいるようだった。
チカとの会合について杏が報告を済ませた後、ドクターはラウンジに全員を集めて今日のための会議を行った。
その席上で今日のこの体制が決定された。ドクターは中央管理室から指令を出しつつ、他機関との連携に当たる。ウィルはそれを補佐しつつ、いざと言う時には転送に対応するべく施設に残っていた。
今日は、スクワッドにとっても大きな一日となるはずだった。
ロビンもイギリスのスクワッドを率いて来ている。全員統一した服装に身を包んでおり、軍隊のように統制の取れた部隊だった。いや、むしろ中世の騎士団を模していると言う方がふさわしいかも知れない。彼らが手にしている大型のライフルはかなりの長銃身で、まるでランスのように天を衝いていた。
「だから、中にいればいいじゃない。来たら声を掛けるわ。」
杏は隣で足踏みを続ける枇々木にそう言って、親指で後方にあるテントを指差した。ここには枇々木の通信機器等を砂埃や紫外線から守るため、大型のエアフレームテントを持ち込んでいる。テントの周囲に並べたソーラーパネルと大型のバッテリーから供給される電気を使い、テントの中には空調が入っていた。
「そういうわけにもいかないでしょ!ほら、初の現場だし!」
この体制が決まった時、飛び上がって喜んだのは枇々木だった。切望していた「現場」に、初めて赴くことを許されたからだ。
今日の予定が問題なく進んで「アラム・ムル」が本来の役割を取り戻した場合、ドクターは部隊を投入する前に偵察ドローンを送り込みたいという要望を口にした。内部の情報が何もない以上、それは当たり前のことだろう。
そこに真っ先に飛びついたのが枇々木だった。日頃から偵察機器の扱いには慣れていたし、三体のアンドロイドもいる。それに、現場の状況を記録する映像や中継のための機械類の扱いもお手の物だ。
枇々木は自分こそ適役だと言い張り、初の現場活動を許可された。アンドロイド三体とともに前乗りし、中継のための施設を作り上げたのも枇々木だった。
「張り切る気持ちはわかるけど、今からそれじゃ持たないわよ?昨日もロクに寝てないんでしょ?」
「なに、大丈夫さ。みんながZONE-Bに入ったら、こっちはしばらく待つことになるんだ。その間にたっぷり休養を取るよ。」
「ちょっと!前進基地の監視要員がそれじゃ困るのよ!」
「もちろん、そこは僕が責任を持つけどね。イギリスから来てる二人もかなり優秀だし、交代しながらきっちり役目を果たすよ!」
枇々木と同じように、イギリスのスクワッドからも後方支援要員が前乗りで送り込まれていた。どうやら設営の間にかなり親睦を深めたらしい。特にジェマと名乗ったブロンドの生命科学者は、高い実用性を発揮する三体のアンドロイドを枇々木が一人で作り上げたことに強く感銘を受けたらしく、尊敬の眼差しで枇々木を見ているようだった。
もう一人のイアンと言う戦術兵器学者は、ZONE-Bでの活動に特化した兵器をいくつも開発しており、一部の技術は一般兵器にも転用されていると聞いた。いかにも「海外のオタク」といった風貌からは想像できないが、その能力はかなり高いと見ていいだろう。
乾いた道路に砂煙を巻き上げながら、二台のSUVがアラム・ムルに向かって来るのが見えた。どちらの車にもフロントバンパーに紫色のリボンが付けられている。
二台目の車の助手席にチカの姿が見えた。運転しているのはあのリャマを牽いていた老人だった。
二台の車が止まり、エンジンが切られた。
一台目の車両から武器を携えた四人の男が、二台目の車の後席からは同じく武器を構えた女性が二人降り立った。
杏は数m先にいるロビンに目配せを送り、一人でその一団の前に向かうため、斜面を降りた。
「物々しくしてしまってごめんなさい。この後のことを考えて、こちらも怠りなく準備をしてきたの。心配なら、自由に見て回って。」
警戒を解こうと笑顔でそう言ってみたが、残念ながら日本語は通じていないようだった。
「その必要はありません。こちらこそすみません。一応、手順というものがありまして…。」
その時、チカが助手席から降りて杏の方に向かって来た。すぐ後ろに大きめのトランクを携えた運転手の老人が付き従う。
杏とチカが握手を交わすと、警護の一団が武器を下ろした。
「どうやらこのまま戦いに赴かれるようですね?」
「そうね。できれば一刻も早くそうしたいけど…まずは持って来て頂いたものを見てみたいわ。さ、どうぞこちらへ。」
杏が先に立ち、テントの方にチカを案内した。
一度に20人が寝ることが可能なテントを二つ繋いだ「前進基地」は、前室に応接スペースと簡易的な居住スペースが設けられており、奥に監視用の機材などのスペースが設けられていた。
大きく開いた入り口を入ると、三人のアンドロイドが恭しく礼をして一行を出迎えた。杏はアシュリーと枇々木を呼び、一緒に話を聞いてもらうことにした。
イギリス側からはロビンの他、後方支援要員の二人が参加した。
全員が揃うと、チカが老人を促し、トランクをテーブルの上に乗せ、その蓋を開く手順を開始する。一見するとくたびれたただのトランクに見えるがテーブルに置かれた時の音からしても、かなり重量のある金属製のようだ。
シューッというエアロックの音とともに、トランクがゆっくりと蓋を持ち上げ、中身が姿を現した。
蓋の部分には羊皮紙で装丁された分厚い本とメモリースティックが、下の部分はさらにアクリルのケースが据え付けられていて、その中に光沢のある茶色の布に包まれた円形の物体が入っていた。
「メモリースティックには文書の内容が全て撮影されて記録されています。内容を英語に訳したテキストも入っています。そして…」
チカがアクリルのケースの右側に顔を近付けた。左側の黒い部分には自分の左の手の平を押し付ける。
「指掌紋と唇紋、虹彩認証を含めた顔認証システムです…。少々お見苦しですが…」
チカは体を前方に折り、テーブルに口づけでもするかのように屈み込む。
たっぷり30秒はそうしていただろう。再び空気の漏れる音がしたかと思うと、ケースごとトランクから浮き上がり、ケースが開いた。
チカが丁重に取り出し、布を外す。
金色に輝く円盤が姿を現した。中央に太陽の紋章が浮き彫りに描かれ、その周囲には幾何学的な文様とともに、楔形の文字のような物も刻まれている。大きさは10インチのレコード盤くらいだろうか。違いはこちらの方がかなりの厚みがあることだ。最も厚い中央部分は2㎝程、外縁に向かうにつれて薄くなり、端の部分で3mm程だろう。
「これがアラム・ムルを開くための鍵、『太陽の黄金円盤』です。」
それはテント内のLED電灯の下でも燦然と輝いていた。これが古代に作られた物とはとても思えないほどの完成度で、美術品としての価値も計り知れないものになるだろう。
「ふぅむ…さすがに…。」
ロビンが口元に手を当てて驚嘆している。チカと従者の老人以外、全員が同じような顔つきになって驚きを表現していた。
「とりあえず、まずは文献の方から調べようか。メモリースティック、借りても構いませんか?」
枇々木がそう言うと、チカは無言でトランクからメモリースティックえお取り出し、枇々木に手渡す。
枇々木は小脇に抱えていた端末をテーブルに置くと、そのスロットにメモリースティックを差し込んだ。
「モリガン、手伝ってくれ。」
枇々木はアンドロイドの一体を呼び寄せた。モリガンと呼ばれたグレーのロングヘアを持つモデルは、高度な分析機能と電子機器の処理を得意としている。枇々木が休息中の時はコンソールのメインスペシャリストとして働いている。
同じように、赤毛のヴァハはありとあらゆる機械操作と操縦を得意とし、黒のショートボブの髪を持つネヴァンは戦闘特化型に作られていた。
モリガンは右手首から端子を伸ばし、端末の空いているスロットに差し込んだ。端末のスクリーンでは、文書を撮影したと思われる画像が次々と切り替わって表示され、次に現れたテキストページも飛ぶように切り替わった。
こうしてモリガンの内部に取り込まれたデータは、即座に枇々木の脳に直接転送される。枇々木とアンドロイド三体は記憶を共有できるのだ。
「す…すごい…」
その様子を見ていたジェマが、キラキラと輝く目で枇々木とモリガンの様子を見ていた。この目つきは、単なる学術的な興味だけではないような気がする。
ZONE-Bで「構造体」の観察を続けるジェイは、事態がいよいよ抜き差しならない局面を迎えたことを理解していた。
M-79につけていた傷は、もう数え切れなくなったので付けるのを止めた。
それにアンテナの蠢動頻度がどんどん増えていき、もはや追えないほどの速さで繰り返されているのだ。
と同時に、構造体はその大きさも増していき、高台から構造体を見下ろしていたはずのジェイは、構造体を見上げる形になっていた。
ZONE-B自体も変化していた。何もなかった地面に奇怪な形の木や草のような物が現れ、平地だった部分にはまるで吹き出物のような小山ができ、それがいつの間にかいびつな建物の形を形成し始めている。
水面に油絵の具を浮かせたようだった空も、今ではうっすらと星空のようなものが透けて見え始めていた。そしてジェイはその「透けた夜空」に北極星を見つけ、やがて見慣れた北斗七星までが輪郭を現わし始めた。
『ZONE-Bが裂け目なしに実体化しようとしている』
ジェイは今までの観察結果から、この結論に達していた。
すなわちZONE-Bが、そして「存在」が、現実世界に侵攻を開始しようとしているのだ。
そうなれば、「存在」が引き起こす災厄どころの騒ぎではなくなる。現実世界の魂は、即座にZONE-Bに吸収されてしまうだろう。今までの「間接的な魂の略奪」から「直接的な魂の吸収」に移行したら、ありとあらゆる生命がその活動を強制的に停止させられてしまう。
まさしく「死の世界」が、現実のものになろうとしていた。
『やれることをやるだけだ…』
この孤独な世界で、ジェイは悲壮な決意を固めていた。ごく僅かに残されている魂がいよいよ失われることになる前に、ありったけの火器で構造体に攻撃を仕掛ける気でいた。
だが、今はまだその時ではない。
ZONE-Bの時間が進んでいるのと同じように、現実世界でも時間は進んでいる。その経過に差はあるとしても、何かしらの進展はあるはずだ。ジェイは、そのささやかな希望に全てを賭けていた。そのために、たとえ1秒でも多くの時間を稼ぐつもりだ。
例えここでジェイの全てが終わりを迎えるとしても。
ジェイはその時に備え目を閉じ、静かに身を横たえた。
今はとにかく、魂をできるだけ温存する以外にない。
ZONE-B SQUAD [true aim]
了。
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