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ZONE-B SQUAD [Lebewohl]

10 Lebewohl
 「存在」は、丘の上からだとZONE-Bという場違いな場所に設置された水槽のようだった。透明な部分が裂け目の発する水色の光を反射して水面のようにキラキラ輝いて見える。
 「まずいっ……!全員、攻撃を控えろ!どうやら衝撃を吸収するタイプのようだ!」
 全力で裂け目に戻りながら、ジェイが叫んだ。
 「こん、こざかしわろめっ!」
 追い着いてきた桐野の肉体は損傷がひどい。体前面の肉という肉が引き裂かれ、とこどころ白い物まで見えている。桐野の身体が揺れるたび、破れた服か肉か分からないものが桐野の身体で跳ね、細く白い煙がたなびく。
 後面にはまったく被害が及んでいないのがより残忍な印象を受けた。
 こちらの攻撃時に放たれる閃光は、ごく近距離への反撃手段ということなのだろう。この「存在」は、移動力と攻撃力を犠牲にして防御力を特化させたのだ。
 「存在」と裂け目の間に一人で立ちはだかるアシュリーの右手も、肘から先が失われている。二の腕を左手で押さえ、自己修復を急いでいるように見えたが、作業は遅々として進んでいないようだった。
 そのアシュリーを囲むように展開した5人は、さらに絶望的な物を目にすることになる。 
 「存在」がじりっ、じりっと裂け目に向かって進んでいる。その速度はごくゆっくりではあったが、確実に裂け目に近付いていた。どうやら自力でもナメクジのようにゆっくりとであれば移動ができるらしい。
 アシュリーが逆さにした左手の指を伸ばし、地面深くに突き立てる。手の平の部分を大きく広げて「存在」の前に手で壁を作った。
 「少しの時間稼ぎにしかならないわよ?ジェイ、どうするの?」
 アシュリーの手の壁まではもう数十cmというところまで「存在」が進んできている。もしも移動による「接触」ですら「衝撃」と受け取るなら、そのパワーは加速度的に大きくなり、やがて先ほどのようにアシュリーの手を突き破って裂け目へと到達することになる。
 だが何もしないより時間は稼げるはずだ。いずれにしても時間的な猶予はほとんど残されていない。せいぜい2~3分というところだろう。
 「全員、待避だ。裂け目を閉じる。」
 ジェイが決然として言った。ZONE-Bの内側からの物理攻撃で裂け目自体を崩壊させるつもりだ。これなら「存在」は永久に裂け目には辿り着けないことになる。
 だがそれは即ち、誰か一人は確実にZONE-Bに取り残されることを意味する宣言でもあった。
 「…本当にそれしかないの?」
 「ああ…。アシュリー、悪いが左手を硬質化させて置いていってくれ。あとは俺がやる。」
 ジェイはM79に榴弾を込め直しながら静かに言った。
 「…わかった。」
 アシュリーの手の壁が艶のある黒色に変化した。修復途中の右手を刃物のようにして左手を切り落とすと、固い石を切った時のような甲高い音が響いた。
 「さぁ。みんな、ここを出るわよ。」
 「ちょ!ちょっと待って!そんな簡単に…」
 杏が異議を言い掛けると、アシュリーが見せたことのない恐ろしい形相で杏を睨み付けた。
 「…お嬢ちゃん、くだらないこと言うんじゃないよ?お互いにやれることをやるだけ。ジェイは裂け目を確実に閉じて、ここで生き残る!私たちはここを出て、なんとしてもジェイを探し出す!…わかったかい?」
 それだけ言うと、アシュリーはさっさと裂け目から外へ出てしまった。
 「大将!ちぃとばかし待っとってくなんしょ!それまでのさらばじゃ!」
 「ジェイ…アデュー…バイバイ。」
 「ジェイ…私…」
 それぞれがジェイに声を掛けたが、杏には掛けるべき言葉が見つからなかった。
 「あんまり待たせないでくれよ?」
 ジェイは片目を瞑って見せ、左腕の腕時計型端末を外すと杏に手渡した。それを見届けた桐野が、杏の背中を押して裂け目へと向かわせる。
 「さ、いきもそ。」
 三人がZONE-Bを後にした。
 外の時間は止まったままだったが、全員が戻った直後、裂け目が瞬時に閉じ、消えてなくなった。ジェイは見事にやり遂げたのだ。

 気が付くと、杏の左手は自己修復が終わっていた。体中を駆け巡るナノマシンが懸命に働いてくれたのだろう。同じように、桐野の身体も修復が進んでいる。服だけはボロ切れをまとっただけのようだが、肉体は徐々に元通りになりつつある。
 アシュリーも同じだ。杏が裂け目から出てきた時には、もう以前のアシュリーに戻り、腕組みをしながら全員を待っていた。ヴァンパイアの回復能力は、こちらの世界に戻ってさえしまえばほぼ無限の力を持っている。
 「終わったのね…。誰でもいいから、裂け目の地点をマークして。」
 アシュリーが不機嫌そうに言った。桐野は無言で掌を傷つけ、手を振って裂け目があった地点に自身のナノマシン入りの体液を振り撒いた。
 前回はジェイが最後に行っていたが、ここにジェイはいない。ナノマシンが入った小瓶も渡されてはいなかった。
 微量の放射性元素を使用しているナノマシンを裂け目の現れた地点に撒くことで、裂け目が発生した地点をマークしておく。裂け目の出現に法則性や規則性がないかを研究するためでもあり、現場を電子的に監視する目的もある。
 そこにネヴァンが合流した。ウイングユニットが折り紙のように折り畳まれていく。その体からは大量の熱が、背部の放熱口から風と共に放出されていた。
 杏はこの熱気にホッとさせられた。死んだ体に「体温の温もり」を与えてくれるのが無生命のアンドロイドというところに大いなる皮肉を感じるが、今はそんなことはどうでもいい。
 ただ温かく、心地よかった。
 ジェイから託された端末でウィルに報告を入れる。その内容にウィルも一瞬言葉を失ったが、やがて気を取り直したウィルが転送を開始した。
 周囲の景色が乳白色の靄に包まれる。


 ロスタイムが明けると、ラウンジに全員が集まった。
 ウィルからの報告を受けたドクターも、予定を繰り上げて総会から戻って来ると言う。
 「防御特化と言うのは…初めて聞いたな。」
 全員からの報告を聞いたウィルが、重々しく呟いた。いつもなら賑やかなラウンジの雰囲気も、ただただ沈んでいた。まだ呼吸が必要な体だったら、息苦しささえ感じたことだろう。
 「これを、お返ししておきます…。」
 杏は左腕から腕時計型の端末を外してテーブルに置いた。
 「…ジェイから渡されたのかい?」
 「そう…ですけど…。」
 「それなら、それはもう杏の物だよ。ジェイは後任を杏に託したんだ。」
 「?…どういう意味ですか?」
  杏は意味がわからず、ラウンジの面々を見渡した。
 「スクワッドの新しいリーダーは杏、ってことさ。」
 俯いたままの枇々木がボソリと呟く。
 「私が?まさか!あの時一番近くにいたのが私っていうだけで…」
 ここでの経験が一番浅い杏にジェイが後事を託すわけがない。杏はそう信じて疑っていなかったが、他の隊員の反応は違った。
 「違うわね。他に渡したければ杏にそう告げたはずよ。あの細かいことにうるさいジェイが、そんな大事なことを言い忘れるとは思えない。つまり、ジェイは杏に端末を渡したかったということ。そしてそれは、後事を託す意味があるということも、当然知っていた上でのことでしょうね。」
 アシュリーは席にはつかず、腕組みをして壁に寄りかかったままの姿勢でそう言った。
 「…オイも、そう思うちょります…。」
 桐野も同じ意見のようだ。
 「ま、待って下さい!私、困ります!」
 「…いや。冷静に考えてみると他に候補がいないのも確かなんだ…。」
 ウィルが身を乗り出し、両肘をテーブルに付けて手を組むと、そこに顎を乗せた。  
 「裂け目の一番近く…つまり、最後方にはアシュリーの戦闘力は欠かすことができない。攻防両面でね…。能力の多彩さから見ても同じことが言えるだろう…。桐野は攻撃特化のバーサーカータイプだし、ソンヒィは意思疎通さえ困……コツがいる。となれば、必然的に杏が中盤の最有力候補になるのは自明の理だよ。」
 「そ、そんな!ウィルではダメなんですか?」
 「僕かい?僕も戦えないことはないけど…転送とか修復とか、今僕が担当している部分に代われる人がいればの話だ。」
 「ド、ドクターは?」
 「おいおい、指揮官を前線に送り出すのかい?まあ、ドクターならOKするかも知れないが…それだと万が一の際に、今後の活動に大きな支障が出てしまうことになる。」
 「………。」
 言われていることはよくわかる。頭では完全に理解できていたが、心の方が追い付いてこない。戦闘経験が二回しかないのに、戦闘部隊の隊長が務まるとは到底思えないのだ。
 「不安はわかるよ…。でも、やるしかない。こっちも全力でサポートするから…。ジェイから銃器の手ほどきは受けているよね?」
 「一応は…。」
 「よし。それじゃ武器を選択してそれぞれの習熟を急いでくれ。ドクターが戻ったら正式に発表することになるだろう。…そういうわけだから、この端末は杏が持っていてくれ。」
 この話はそれでおしまいだった。飛び降りてからというもの、次々と自分の望んでいない展開に巻き込まれている。これが自ら命を絶とうとした代償なのだろうか。
 その後、ジェイの探索についても話し合われたが、内容は恐ろしく悲観的なものだった。
 他の組織や部隊に情報を共有し、ZONE-Bで見掛けたら保護してもらうくらいしかできることがない。ジェイのことだから異相空間でも様々な方策を考えて実行に移し、何とかこちらに戻ってこようとするだろう。
 それがどのようなものであるかは分からないが、そこに一縷の望みを託すより他ないのだ。
 数はそう多くはないはずだ。一度きりかも知れない。一瞬のことかも知れない。とにかくそのチャンスが巡ってきたら、必ず救い出す。
 杏は長い時間、一人ラウンジで過ごし、その決意を固めた。
 甘えとは、これで決別する。
 グラスに残ったバーボンを呷った。
 その琥珀色の液体が、今日はやたらと苦く感じる。
 
 その後、枇々木と共に装備室に赴いた杏は、枇々木の勧める武器を片っ端から試してみたが、しっくりと来るものがなかなか見つからなかった。
 『ジェイの火力では足りなかった』
 この事実が、杏の武器選定を複雑な物にしていた。
 「これは何?」
 杏が目を留めたのは銃身がやたらと太い、まるでチェーンソーのようにも見える銃器だった。よく見ると銃身が太いのではなく、6本の細い銃身が束ねられていることに気が付いた。
 「これ?これは…XM201。M134ミニガンの後継として開発されてたけど実用化はされなかった。なぜだかわからないけど、試作品がウチに転がり込んで来たんだ。」
 「強力なの?」
 「そりゃあもう!航空機とか駆逐艦のミサイル迎撃用にも採用されてる銃が元だからね…。」
 「ここに、これより強力な銃はないのよね?」
 「ま、まあそうなるかな。そもそも個人携行用とは比較にならないくらい強力ではあるけど…」
 「じゃあこれにする。」
 杏はどこを持ったらいいのかもよくわからないまま、銃を持ち上げようとした。そもそもこの銃は握りの部分が逆さまになっている。しかし逆向きに持とうとすると、今度は他の持ち手と思わしき部分が逆になってしまう。
 「ちょ、ちょっと待ってよ!それ、銃身の部分だけで弾倉は別なんだ。両方持ったらとんでもない重さになる!さっきも言ったけど、これ、戦闘機とか車に取り付けて使うタイプの銃なんだよ!まったく…揃いも揃って…。」
 「揃いも揃って?」
 「ジェイも同じこと考えててね。携行型に改造しろって。簡単に言ってくれちゃってさぁ。」
 「私からもお願い。これ、携行できるようにして。」
 「えぇ!?杏までそんなこと言うのっ?」
 「手伝えることがあれば、何でも手伝うわ。」
 「………わかったよ。設計案はいくつかできてるんだ。コツコツ進めてはいたんだけどさぁ…マジで、とんでもない重さになるよ?」
 枇々木がパソコンに設計図を呼び出した。三つの案が検討されていたが、どれも想定重量は100kg超えだった。常人なら、屈強な男性でも行動に著しい制限が課せられる重さだが、今の杏なら話は別だろう。
 杏がその話を枇々木にすると、それでも動きが鈍くなることには変わりがないという。
 「行動を制約するのは重さだけじゃない。大きさも問題なんだ。どうしたってかさばるからね。」
 問題は弾倉なのだと言う。この銃は最大で1分間に7,000発の5.56mm弾丸を吐き出すことができる。つまり、1,000発の弾丸を携行しても10秒ももたない計算だ。
 その問題をどうするか、いろいろな角度から検討を重ねた。銃器に詳しくない杏のアイデアはどれも突飛なものだったが、それゆえに画期的なものも含まれていたようで、そのうちの一つに枇々木が興味を示した。
 そこからは議論にウィルも加わり、杏のアイデアの現実性や合理性を検討していった。ウィルは大いに乗り気で、杏のアイデアを積極的に支援する形となり、脇で呆れかえる枇々木を置き去りにした議論が進んでいった。
 それは、各国の軍隊が一度は必ず検討したであろう方策だったが、いずれも実験段階で打ち切られていた。
 打ち切りの理由は、あまりに非人道的であるからだった。
 


ZONE-B SQUAD [Lebewohl]
了。

 
  
 
 

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