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ZONE-B SQUAD [The Edge of Darkness, the Birth of Brightness]

26 The Edge of Darkness, the Birth of Brightness
 「全員、ZONE-Bから待避して。空が繋がってるうちに。」
 全員がぎょっとした顔つきになった。杏は「破壊神」による大災厄の道を選んだのだと理解したからだ。
 「シェール。道案内をお願い。」
 杏はそう言うと、倒れ込んでいるシェールの右手を握りながら、優しく抱き起した。その瞬間シェールの右手がビクンと震え、驚いた顔付きになって杏を見つめた。
 「え…!こ、これ…!?」
 「私の持っている魂の一つをあなたに委ねるわ。ここから出たら人間になるもよし、あなたの世界に帰るもよし…。あなたの好きに使ってね。…今までありがとう…。」
 「あ…杏…。」
 驚くシェールの頬に優しく触れると、杏はジェイに近寄り、自分の腕から外した腕時計型の端末をジェイに手渡した。
 「預かっていた物、返すわね?…意味は…言わなくてもわかるわよね?」
 ジェイが腕時計に触れた瞬間、同じように体にショックが走った。
 「杏…まさか…。」
 「今までありがとう。あなたは立派に役目を果たしたわ…。これからのスクワッドをよろしくね。…それはともかく、一度休暇を取って家族の様子を見に帰るのもいいんじゃない?」
 ウィンクした杏は、隣の桐野に近付いた。
 「桐野少将。引き続き、戦いの中に身を置くことを望まれますか?」
 「むっ…。オイは、それしか能のなか男です!」
 「では…これを。」
 杏は腰から外した「鬼喰」を桐野に差し出した。それを受け取っても、桐野に衝撃は訪れなかった。代わりに鬼喰の刀身に炎が一筋奔る。
 「おおっ!」
 「これで形の無い物も斬れるようになるはずです。どうか、これからもずっと『戦士』でいて下さいますように。」
 口を真一文字に結んだ桐野は、力強く頷いた。その瞳が微かに潤んでいるようにも見える。
 杏は続いて、ソンヒィの前に進んだ。
 「ソンヒィ。残念ながらあなたにしてあげられることは、私にはない。と言うより、あなたは望めば宇宙ごと世界を消し去ることもできるはずよね?これからどうするのかわからないけれど、もし人間が…それを取り巻く世界のあらゆる存在が、あなたの世界を脅かすようなら、躊躇なくこの宇宙を破壊して。いいわね?」
 「杏…約束…ソンヒィ…そうさせない…だいじょうぶ。」
 「…ありがとう。またどこかで会いましょうね?」
 「ソンヒィ…約束…杏…会う…」
 笑顔で頷いた杏は、最後にアシュリーの前に立った。
 「何?お別れのつもり?そうはいかないわよ。他はともかく、私は最後まであなたに付いていく。異論は許さない。」
 最初に口を開いたのはアシュリーの方だった。ひどくイラついているのがわかる。杏は思わず可笑しくなって微笑んだ。
 「気持ちはありがたいけど、アシュリーに見届けられたら私が困るの。それに、ジェイは誰が運ぶの?」
 空の切れ目から脱出するとなると、どうしても飛行できる人間が必要になってくる。シェールの翼は桐野とソンヒィを同時に運ぶことができるかも知れないが、桐野とジェイを運ぶのは難しいだろう。ネヴァンにしてもそうだ。ヴァハを運ぶので手一杯になるはずだった。
 「なんで私がジェイを運ばなくちゃならないのよ!」
 「嘘。全部わかってるくせに。でも…ありがとう。誰よりも人間を愛したヴァンピレス。その寛大な心で、人間にチャンスを頂戴。お願い。」
 杏とアシュリーの睨み合いはかなりの時間を費やした。
 折れたのは、アシュリーの方だった。
 「………わかったわ。もう、何も言わない。」
 「うん。ありがと。じゃあね。」
 
 もはや全員が杏の狙いに気が付いていた。
 杏は人間が産み出した「破壊神」による大災厄も、その芽を摘むことでその後に起こる「光と闇の勢力争い」による人間同士の争いも起こさせないために「第三の選択」をしたのだと。
 しかし、その具体的な方法について尋ねようとする者はいなかった。それを聞いてしまったら最後、杏には二度と会えないような感覚が確かにあったのだ。
 それを杏はありがたいと思った。口に出してしまったら、未練が残るだけだと知っていたから。

 全員がそれぞれペアとなって飛び去り、その姿が徐々に小さくなっていきやがて消えた。夜空の色の濃い部分が、先ほどまでよりもさらに広がっている。
 杏は残されたLーATVに乗り込むと、エンジンを始動した。
 ギアを入れてゆっくりと進み出す。目指すは「構造体」、つまりは「破壊神」の心臓だ。
 これから杏がやろうとしていること。それは「破壊神」との融合だった。ジェイが見た「取り込まれた人間」は、もはや心臓の一部になってしまっている。
 「魂」そのものを見ることができる杏と、生命力を感知するアシュリーとシェール。事情を知らなかったシェールはともかく、杏もアシュリーも口には出さなかったが「構造体」には大きな一つの「魂」しか感じなかったのだ。
 それを「魂」と形容するのがふさわしいかどうかはともかく、それと同じような性質は確かに持っているようだ。
 杏は今、取り込まれることを目的として「心臓」に向かっている。
 ギアを上げ、アクセルを踏み込む。LーATVの速度がグンと上がった。心臓が巨大な壁のように杏の前にそそり立っていた。

 杏は外周を回りながら「弱い部分」を探していた。杏の持っている知識として、心臓とは筋肉の塊だ。あくまで人間の話であり、この心臓がどうなのかは分からなかったが、そのまるで苔むした赤黒い岩のような外観から見ても、かなりの厚みのある壁のように感じる。
 4分の1周ほど回ってみたが、目的にかないそうな場所はみつかりそうにない。杏は諦めてL-ATVを降りると、後席の銃架からMk.19自動榴弾銃と弾薬の入った箱を持ち、上部から攻撃を仕掛けることに決めた。

 上空から見ると、これは明らかに心臓だった。
 既に中心部は拍動を開始しようとしているかのように、ピクピク蠢いているのがわかる。杏はそこを狙うことに決めた。動いているのなら他の部分より「壁」は薄いはずだと見当を付けたのだ。
 榴弾の効果が最大限に発揮できるよう、杏はそのまま上空高く飛翔した。まずはここから、32発全弾を撃ち尽くす。
 慎重に狙いを付け、トリガーボタンを押した。
 ドン、ドン、ドン
 重い発射音とともに凄まじい反動があるはずだったが、杏の標準は全くブレない。10秒もしないうちに全弾を撃ち尽くすと、心臓の上部が炎と煙に隠れてしまったが、それでも杏は動じない。
 ガムの包み紙でも捨てるように銃を捨てると、杏は腰の「某落」を引き抜いて構え、炎の中心部目掛けて加速を付けて落下した。
 『これでダメなら…』
 およそ1kmの高さから、音速の倍の速度で心臓に突っ込んだ。普通なら地球上の大抵の物体は為す術もなく崩れ去るほどの衝撃を与えられるはずだ。
 杏はペイパーコーンを引き連れながら、某落を切っ先にして体ごと心臓にぶつかった。
 離れたところからそれを見ていた誰かがいたとしたら、それはほんの一瞬の出来事で、杏の姿すら捉えることはできなかったはずだ。だが、杏の反応速度は常人のそれを遥かに凌駕していた。
 全ての光景が、まるでスローモーションのようにはっきりと見えていた。
 心臓のその部分が、まるでオーブンに入れ過ぎたピザのチーズのように泡立ち、融解している。
 杏の耳はボコボコと沸騰するような音を聞き、鼻は火薬と金属が焦げた時の臭いを嗅いでいた。
 『獲った!』
 その瞬間、杏はこの目論見が図に当たったことを確信した。あの場所になら、杏が通り抜けられるくらいの風穴を開けることができるはずだ。それは心臓そのものにとって針で刺されたようなものだろうが、それで構わない。心臓の破壊が目的ではなかったからだ。
 「某落」は、容易く心臓を切り裂いた。杏は体を目いっぱい伸ばし、回転して反動を付けながら心臓の壁を抉った。腕に伝わる肉を穿つ抵抗に回転が負けそうになった時、ふいにその抵抗が0になり、杏の体は心臓の内部へと侵入を果たした。

 大きな空間だった。内部は暗闇だったが、杏の目は濃い紫の内壁に血管のように這っている織部色の縞模様が見えた。
 跪いて着地した杏の体に、強烈な悪臭を放つ粘着いた液体が降り注いできた。子供の頃に遊んだスライムの粗悪品と形容するのがもっとも相応しい。
 やがて、液体に混ざって細長い触手が伸び、杏の体に巻き付いて動きの自由を奪った。触手の締め付けは徐々に増していき、その度に杏の体は肉癖に引き寄せられる。
 やがて、杏の体は触手とともに心臓の内壁に取り込まれた。

 『アラガウナ!』
 『テイコウハムダダ…』
 『ヒトツニナレ…』

 杏の魂に直接語りかけて来る「何か」がいた。その声が聞こえる度、耐え難い苦痛が杏を襲う。

 『ヤメロ!』
 『ハムカウナ…』
 『ミヲマカセロ…』

 杏の肉体は痛みを感じない。これは、魂そのものに苦痛を与えられているのだ。その苦痛の波は和らいだかと思うと激しくなり、繰り返していくうちに徐々に強度が上がっていくようだった。
 
 「そっちこそ、無駄なことは止めなさい。そして私に従いなさい!」
 
 杏は目を見開き、強く言い放った。
 声が止んだ。触手の動きが一瞬止まった。

 『たじろいでいる』

 そう、強く感じた。だが、それだけで抵抗を止めるようなことはない。苦痛の強度が一気に跳ね上がった。全身を無数の針で刺され、鞭で叩かれ、炎に焼かれているようだった。
 
 『ヤメロ、ヤメロ』
 『オマエハ、カテナイ』
 『ラクニナレ…』

 その苦痛の強さとは裏腹に、言葉の勢いが弱まった。
 先ほどまでの絶対の自信が揺らいでいるようだった。

 「あなたの与える苦痛はこの程度?今度はこっちが行くわよ!」

 杏は雄叫びと共に自身の魂を解放した。それは純粋な力となって相手に襲い掛かった。
 
 『ッ!?』

 動揺が手に取るように感じられた。まるで自分自身が驚いているように。
 杏は攻撃の手を緩めることなく、先ほどよりも強く魂を放った。

 『コ…コレハ…!!!』

 杏は理解した。こちらの攻撃の度に、心臓を、「破壊神」を形作っていた人間の「負の感情」が転化している。それはまるで、川の流れが堰き止められ、逆流しているかのようだった。

 『ここだっ!』

 全身全霊を掛けた咆哮とともに、杏は全ての魂を解放した。それは真っ白な光となって、内側から心臓を照らし出した。

 「おおおぉぉぉぉっっっ!!!」

 何とか杏を外に吐き出そうとするかのように、心臓が激しく蠢いた。これが最後の抵抗だと理解した杏は、持てる全てを差し出した。

 やがて、光の闇が杏を飲み込み始めた。
 そして全ての景色がホワイトアウトした瞬間、杏の意識は完全に溶け尽くした。


ZONE-B SQUAD [The Edge of Darkness, the Birth of Brightness]
了。



 


 

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