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ZONE-B SQUAD [Entering the womb]

24 Entering the womb
 シェールはとあるビルの屋上に立った。
 はるか北の上空に、忘れようもない光景が広がりつつある。
 「なんて…禍々しいのかしら…。」
 外から見るZONE-Bの空は、シェールの目には不吉この上ない物に映っていた。
 決意を固めるように、屋上の地面を槍の石突で突く。鈍い音と風が低い位置を這うように進む。音の余韻が響いている間に、シェールは空中に舞い上がった。
 
 
 枇々木が円盤内部から現れた十字の板を所定のスリットに差し込んだ。岩肌には無数のスリットがあるが、そのほとんどはダミーであり、正しい位置に正しい方向で板を差し込まなければならないのだ。
 枇々木が板を軽く押し込むと、板は5㎝程の露出部分を除いて何の抵抗もなくスリットに納まった。
 「これでオッケー。後は円盤の表部分を中央の紋章に被せれば、いよいよ扉が開く。」
 チカから円盤を手渡された杏は、両手に円盤を持って紋章に近付いた。
 「じゃあ、行くわね。危ないかも知れないから、みんな下がって。」
 杏は紋章がずれないように、慎重に円盤を岩肌に近付け、押し付けた。一定の距離に近付くと、円盤と岩肌は磁石のように引き合い、やがて完全に一つになった。
 その瞬間、紋章から波紋のようなうねりが岩肌を走り、まず「小扉」の四辺に淡い紫色の光が走ると、今度はそこから「大扉」に波紋が走り、やがて同じように「大扉」の四辺にも紫色の光が走って、消えた。
 変化はそれで終わり、扉が開く様子もなければ鍵が開いたような音もしない。数舜の後、杏は不安げな顔を枇々木に、次いでチカに向けた。
 「これで…終わり…?」
 チカは老人に視線を向け、老人は岩肌を凝視したまま首を左右に振った。不満げな顔をした枇々木が近付いてきた。
 「ここまでの手順は書いてある通りに実行したよ?実際に変化も…」
 その時、枇々木の足が小石を飛ばした。小石は杏の足元の岩肌に当たり…
 
 小石の当たった岩肌に、小さな波紋ができたかと思うと、小石は跳ね返らずに岩肌に吸い込まれていった。
 「待って!」
 杏が枇々木を制した。ゆっくりと岩肌に掌を近付ける。触れた瞬間に水よりもかなり粘性の高い液体に触れた時のような感覚があった。そのまま力を籠めると、掌は岩肌に吸い込まれるようにして消えた。
 扉はもう開いていたのだ。
 杏が手を引き抜くと、また岩肌に波紋が走った。
 「見た目に変わりはないけど確かに開いてるみたい!このまま進むわ!ネヴァン!」
 杏がネヴァンを呼んで先に進ませる。
 数舜の間を置いて杏が頷き、左手を上げて大きく二回振った。前進の合図だ。
 
 入った瞬間に、ここがZONE-Bだと直感的に理解した。うまく言葉にはできないが、独特のねばつくような感覚がある。
 だが、いつものZONE-Bとは風景がまるで違った。いつもどことなく外部の世界を模倣したような部分があるのだが、色味がおかしなことを除けば、ここはまるで現実世界だ。
 目の前に、アフリカやオーストラリアの平原を思わせるような草生した地面が続いており、ところどころに樹木まで見える。たった今潜ってきた岩肌は、アラム・ムルのような「切れ込み」こそ無いものの、こちらでも同じような岩山の一部らしい。
 すぐにヴァハの運転するL-ATVが続き、その瞬間だけ岩山に紫色の線が走ったが、すぐにまた元の岩肌に戻ってしまった。
 杏は後で見分けがつくように、岩肌にナノマシン粒子を岩肌に振り撒いておくことにした。念のため岩肌に触れてみたが、ざらっとしたベタつく感じがあるものの岩肌は硬いままで、やはりこちらから外に出ることはできないらしい。
 「杏!あれを!」
 声を上げたアシュリーの指差す空に、うっすらと星が瞬いていた。その星空に見慣れた北斗七星を見出した杏は、先ほどの感覚が正しかったことを確かめ、大きく頷いた。
 「ネヴァン!アシュリー!上空から偵察して。進む方向はそれから決めることにする!」
 頷いたネヴァンとアシュリーが上空に舞い上がった。
 杏は桐野とソンヒィに車両から降りてドアステップで待機するように指示を出した。
 「地面ば何か走っちょる!」
 車両から降りた桐野が何かに気が付いたようだった。草の陰になって見えなかったが、時折地面を走る光の線があることに気が付いた。どうやら背後にある岩山の地面に吸収されていくように見える。
 杏はもう一度、下から岩山を見上げてみた。高さは20mほどだろう。横幅は優に500mはあるに違いない。
 どうやらまずはこの岩山から探ってみる必要性がありそうだ。


 ジェイは一瞬、車のエンジン音が聞こえたような気がして目を開いた。あの構造体の上げる高い周波の音ではない、重くて鈍い響きが聞こえたような気がしたのだ。
 耳を澄ませてみたが、風の音と高周波音以外は聞こえない。
 「とうとう頭がおかしくなっちまったかな。」
 もはや自分が正気なのかどうかも半信半疑になっていた。ゆっくりと起き上がって構造体を見上げる。構造体はまたその大きさを増していた。今では完全に下から見上げなくてはならないほどに大きくなっていた。
 上空には相変わらず外界の空が覗いている。ZONE-Bの時間経過は外界の比ではない。向こうが未だに夜空のままでも、こちらではかなりの時間が経過しているはずだ。
 「また少し…色が濃くなったか…?」
 藍色が、また黒に近付いた気がする。そういえば自分が横たわっていた周辺の草木の背丈もかなり伸びていた。座った状態だと胸の辺りまで草が生い茂っていた。このままでは草の波に飲み込まれそうだった。
 「くそっ!忌々しい!」
 ジェイはもう、構造体から身を隠そうとは考えていなかった。もしも「存在」に見つかるようなら、それがジェイの決戦を始める潮時だと考えていたからだ。
 むしろ早くこちらを見つけてくれないかと願っているフシさえあった。
 と、視界の端に、高速で下から上昇してきた物体を捉えた。手にしていた武器を急いで胸元に引き上げ、コッキングハンドルを引いた。
 「アシュリー!?」
 見間違いではない。あの燃えるような赤い髪を翻らせ、アシュリーが飛んでいた。その奥にネヴァンの背中から排出される青白い排気炎も見えた。
 「こ、こんなことが…」
 心の中ではいつも願っていたが、本当にこの時が訪れるとは本気で考えたことはなかった。ジェイの知る限り、それは「有り得ない」と言い切れるほどの低い確率しかなかったからだ。
 それが今、まさに現実となっている。
 ジェイが武器を掲げて大きく振った。その動きを捉えたアシュリーが驚いたように空中で静止した。
 
 「ジェイ!?ジェイなの!?」
 アラム・ムルの扉が開いた岩山の山頂にその姿を認めた時、アシュリーはまず最初にジェイの生存本能の強さ、生命力の強さに舌を巻いた。
 ZONE-Bで気の遠くなるような時間を一人で過ごしていた割には元気そうに見える。
 「杏!ジェイよ!岩山の上にジェイがいる…こ、これは…何なの!?」
 空中で静止しながら杏に思念通話を送りながら、アシュリーはその後ろに見えるさらに大きな物体に目を奪われた。それはまるで、心臓のように見えた。
  
 「ジェイ?ジェイですって?」
 杏は空中にアシュリーの姿を認めると、大きく飛び上がった。
 すぐにジェイの姿が目に入った。そしてその向こうに広がる光景も。
 杏はジェイの方向に降りて行きながらヴァハに指示を出した。
 「ヴァハ!急いで岩山の裏側に回り込んで!桐野とソンヒィは即応体制!ネヴァンは上空から車両の援護をお願い!」
 そのままアシュリーと共にジェイの隣に降り立った。
 「ジェイ!無事だったのね!」
 「ギリギリのところだった…。いよいよ限界が来たら、一人でアイツに突っ込むつもりだったんだ。」
 杏とジェイが固い握手を交わした。アシュリーは呆れたようにジェイを上から下まで眺めた。
 「ZONE-Bの滞在記録を更新したんじゃない?」
 お手上げと言う風に両手を挙げたが、その顔は笑顔で溢れていた。
 「…いや、実はそうとも言い切れない。あのデカブツ…俺は『構造体』と呼んでいるが、あの中に人の姿が見えた。恐らくは過去にZONE-Bに取り残された人々だ。」
 ジェイはこれまでの経緯を二人に語って聞かせた。ZONE-B間の接続、構造体の脈動と成長、そして空の色の変化。
 「…たぶんZONE-Bの中心部分がここなのね…。そしてこの『構造体』こそが中枢…。」
 「確実とは言えないがその可能性は高い。いずれにしても実体化が進んでいるのは間違いない。なんとか食い止めないと…。」
 三人は頷くと、行動を開始した。まずは桐野達と合流する必要がある。杏がジェイの手を取り、そのまま飛翔した。
 「お!おいおい!ど、どうなってるんだ!?さっきは聞きそびれたが、杏はどういう理屈で空を飛んでるんだ!?」
 「その話は後。ジェイがいない間にいろいろあったのよ。」
 
 岩山を回り込むために走行を続けていたL-ATVの屋根に、三人が降り立った。ドアの左右から屋根を見上げた桐野が驚いた表情で何かを叫んだが、その声は唸りを上げるエンジンの音にかき消された。
 杏は運転席のルーフを叩くと、手振りでエンジンを切るようにヴァハに伝えた。ネヴァンはアシュリーが呼び戻した。
 L-ATVの周囲で、スクワッドが久しぶりの再集結を果たした。

 
 シェール飛翔しながら槍で盾を叩いた。
 大きな金属音が響き渡ると同時に、瞬く間に周囲に雲が形成された。
 雲は急激に発達して広がると、ほどなくして地上に雷を伴った強い雨を降らせる。
 これで地上から見上げても空の異変は雲が覆い隠してくれる。さらにこれほどの雲なら、飛行機も航路を変更するはずだった。
 シェールはその雲の上に浮かび上がると、眼前に広がる空間に目を凝らした。
 間違いない。
 これはZONE-Bそのものだ。
 シェールは背中から羽を生やすと、周囲を飛行して監視を始めた。上空から見下ろしたZONE-Bの一部が、何かの形を成している気がした。
 「こ…これは…!」
 それに気が付いた瞬間、シェールは翼を折り畳んでZONEーBへ突入を開始した。
 『これを実体化させてはいけない!』
 シェールはそれだけを考えていた。
 


ZONE-B SQUAD [Entering the womb]
了。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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