ZONE-B SQUAD [new desire]
11 new desire
ドクターが総会から戻って来た時、その隣には同伴者の姿があった。
褐色の肌を持ち、深紅のサリーに身を包んだ女性で、首元や指、腕などあらゆるところに金の装飾品を付けている。
「マリーシ・ウシャです。どうぞよろしく。」
美しい日本語でそう名乗った女性は、目線を下にして膝を曲げるタイプのお辞儀をした。その動きには無駄がなく、流麗で美しい。
顔立ちも整っていて、パーツが全てはっきりとした形を成している。世界中どこに行ってももてはやされる顔だろう。それに、非常に身長が高い。足に履いているのは革製のサンダルなのに、ドクターよりも頭一つ分は大きい。190㎝程度はありそうだった。
「ジェイのことを聞いてね…。急遽お願いして来てもらった。彼女は高名な『魂の導き手』だ。捜索に携わっていただく。」
マリーシはその言葉に軽く頷きはしたが、目線は杏から外さなかった。ラウンジに入って来てからというもの、その視線はずっと杏に注がれている。
ドクターはすぐにウィルと枇々木に捕まり、両側からあれこれ言われながらラウンジを出て行った。
「あなたが、杏ですね?」
マリーシは視線を外さないまま、杏に話し掛けてきた。杏の方でも視線が外せない。その大きな瞳に吸い込まれそうな感覚さえ覚える。
「はい…一路塀杏、です。」
「ドクターの言っていた通りね…。あなたはマルチプルで間違いない。」
「マルチプル…ですか…?」
「ええ…極めて稀有な存在よ…」
マルチプル。正確には「マルチプル・ソウル」と言う。通常は一つの肉体に一つの魂が原則なのだが、稀に一つの肉体に複数の魂を宿してこの世に生まれて来る場合がある。そうした生物の総称をいうのだと言う。
両生類や魚類などには比較的多いことらしいが、哺乳類、とりわけ人間を含めた霊長類では極めて珍しい現象だと言う。
「しかも、あなたは9つもの魂を持っている。」
マリーシはにっこりと微笑みながらそう言った。笑うと口元の左にえくぼができた。それは人間をイチコロにさせるような笑顔で、周囲に花でも咲くのではないかと思う程に華やかだった。
いつものように腕組みをしながら、壁に寄りかかるようにして立っていたアシュリーが、フンと鼻を鳴らしてラウンジを出て行った。
「それは…すごいことなんですか?」
「持っているだけでもすごいことだけれど、使いこなせたらもっとすごくなれるわよ。…あの女吸血鬼さんはそれが面白くなかったのかしらね?」
「どうすれば…使いこなせるようになりますか?」
杏の言葉に、マリーシは目を細めた。
「なんという、真っ直ぐな魂なのかしら…。いいわ。私の能力を使って、あなたを覚醒させてあげる。」
マリーシの体の周りに、まるで炎のような赤いオーラが見えた気がした。
すぐにその能力を使ってくれるのかと思ったが、そういうわけにも行かないらしい。ドクターやウィルとも打ち合わせをして、日取りが決まったら知らせる、とのことだった。
また、枇々木やウィルとともに画策していた杏の「肉体改造計画」はドクターによって却下された。
杏の体内に残る余計な臓器を全て取り出し、そこにXM201の弾倉と給弾システムを移植する計画だったのだが、たかだか一種の武装を組み込むだけではメリットが少なすぎるという判断だった。
ウィルは露骨に残念がったが、枇々木はドクターの意見を積極的に受け入れた。こうして杏の「スーパーソルジャー計画」は、現実の多数の例と同じように、計画段階で打ち切りとなった。
結局、杏はXM109と言う、ジェイが使用していた銃の後継機をメインウェポンとして採用することにした。ブルパップ方式のためバレットよりも仰角が大きく取れることに加え、初速を抑えた代わりにより大口径の弾丸を撃ち出せるという利点がある。
この大口径化の恩恵は弾頭の種類の豊富さにも及び、通常弾頭の他に徹甲弾や徹甲焼夷弾、多目的榴弾や成型炸薬弾までを発射できる。
これにより、攻撃する対象によって貫通力か衝撃拡散力かを選べることになり「点」だけでなく「面」での制圧も、弾倉を取り換えるだけで容易に行えるのである。開発コードネームでもある「ペイロード」の名に恥じない、優秀な銃だった。
サブウェポンはデザートイーグル50AEを二丁、ジェイと同じように太ももの外側に着用し、背部の腰の辺りに今まで通り某落と鬼喰の二振りの短刀を持つ。またタクティカルベストに4発の手榴弾を装着することにした。
これによって近接戦闘のみだった杏の攻撃力は、攻撃方法、距離、火力、全ての面で飛躍的に向上することになったのである。
ドクターからラウンジに集まるようにとの指示があったのは、デザートイーグルの分解清掃が終わった直後だった。この数時間で200発近い弾丸を発射しただけに、部品の摩耗や欠損の確認も含め、念入りに行った。
いつもならジェイといろいろな話をしながら、分解清掃の大切さや注意点などを教えてもらっていたが、今日は一人だ。
黙々と作業を続けながら、その光景を思い出す。
ジェイを一刻も早く救い出さなくてはならない。ZONE-Bでの時間経過がこちらとは違うことを考えれば、1秒も無駄にできる時間などないのだ。
ラウンジに到着すると、いつもジェイが座っていた席にマリーシが座っていた。
「集まってもらったのは他でもない。総会の内容の共有と、今後の予定について伝達しておこうと思ってね…。」
そう話を切り出したドクターは、世界中のHOCMSから寄せられた情報について話し始めた。
まず第一に世界的な傾向として「裂け目」の出現頻度が多くなってきているということだった。昨年比で50%ほど増えているという。
今までは各所で年に6回がいいところだった出現頻度だが、増加率の一番高かった中東地域では倍になっていた。この他に西アジア、ユーラシア北部、北米ブロック、極東ブロックが増加傾向にあり、反対に欧州ブロック、南米ブロック、アフリカブロックでは頻度が減っている。南極では、今年に入ってまだ一度も裂け目が発生していないとのことだ。
「この現象の意味するところは現在調査中だが、一部では地域の人口が関係しているのかも知れないと囁かれていた。いずれにしても、今までほとんどまんべんなく発生していた裂け目に、何らかの法則性が出てきた可能性がある。」
ドクターはそう話を結んだ。その他にも「カタシロ」の目撃例がかなり多くなっていることも伝えられた。「カタシロ」は、より敵意を具体化させた「存在」で、その戦闘力もさることながら、裂け目からこちらに出てくれば人間界に大きな災厄を招く結果になる、強敵中の強敵だ。
ジェイがZONE-Bに取り残される原因も、この「カタシロ」にある。
「先ほどの件と併せて、我々の世界に重大な危機が迫りつつある可能性が非常に高い。ここにいる全員が、今まで以上に働いてもらわねばならくなるだろう。」
内容は悲観的なのに、ドクターはニヤリと笑ってそう付け加えた。この人は人間界を救いたいのか救いたくないのか、わからない時がある。もしかしたら、個人的な興味のためだけにここにいる可能性すら感じられることがある。
報告は悲観的なものばかりではなかった。特に杏が今一番気になっている「ジェイの救出」という目的のためには、かなり有力な情報がもたらされたという。
世界中にある古代遺構のうち、エジプトのピラミッド、ペルーのアラム・ムル、メキシコのナホチ・ナ・チチから入る名もなき遺構の三か所に、こちらからZONE-Bに直接アクセスできるゲートウェイが存在するというのだ。
この世のどこかにそうしたゲートウェイがあることは以前から噂になっていたが、今回の総会でこれまでの研究成果が初めて発表された。
さらにZONE-Bにアクセスさえできれば、マリーシのような「魂の導き手」の案内によって、今までZONE-Bに取り残された魂を探し出すことが理論的には可能だと結論付けられた。それどころか、こちらからZONE-Bという異相空間に乗り込んでいって「存在」を倒しに行くことが可能になるかも知れないのだ。
今は現れた「裂け目」を通ってしか入ることができない。つまりイニシアチブは常にZONE-B側にあった。それが180度変わるのならば、こちらから大軍を送り込んで「存在」を殲滅するような作戦が実行可能になる。
これは、今後の戦い方に大きな影響を及ぼすことになるはずだ。
「この研究発表を受けて、我々の今後について計画を再考した。優先順位の第三番目、即ち『存在』をこちらの世界に顕現させないこと、可能な限り『存在』を倒すことに次ぐ目的として『ジェイを始めとした部隊員の救出』を盛り込む。各自、そのつもりでいてくれ。」
ドクターはテーブルに座る面々の顔を順に見て、何かしらの質問を待っている。それを受けて、アシュリーが言葉を発した。
「それは、いずれ来る決戦に向けてこちらの戦力を整える、という意味にとっていいのかしら?」
「そう捉えてもらって構わない。戦力の確保とともにZONE-Bの内偵を進める狙いもある。その結果、それが可能ならこちらから出向いてこの長い戦いに終止符を打つつもりのようだ。もちろん、私もそう考えている。」
「…気の早い話だけど、ZONE-Bの脅威が無くなったら、私たちはどうなるの?」
「今の時点で確実なことは何も言えない。が、危機的状況が去ったと判断された場合、この組織の活動意義も消滅するだろう。そうしたら…そうだなみんなでどこかへ旅行にでも行って、現地でそのまま解散する、というのはどうかね?」
「…悪くないわね。いいわ。乗った。」
「あー、他のみんなについては魂を解放する。望むのなら、新たな肉体を手に入れてこの世界で新しい人生を手に入れることもできる。安らぎを得たいのなら、魂のあるべき世界に戻すこともできる。…ソンヒィはまた宇宙を彷徨うのもいいだろうし、一度人間になってみるかね?」
「ソンヒィ…にんげん…じんるい…」
「まあ、答えは急がなくていい。いずれにしてもそこまでの道のりはまだまだ長く険しいからな。…約束できることなど、何もないのは今も変わってはいないのだよ。」
ドクターはそう言ったが、これまでは考えもしなかったことについて「可能性が出てきた」だけで大きな前進と言えるだろう。
少し前まではZONE-Bにこちらから乗り込むと言う考えなど、誰にもなかったはずなのだ。それはもちろん、救出についても同じだ。
「それから、ここにいるマリーシだが、これからは杏たちと行動を共にする。役割は探索だ。向こうではアシュリーと一緒に行動してもらおうと思うが、それで構わないかね?」
杏は、ドクターの言葉が自分に向けられていると気付いていなかった。頭の中ではたった今語られた「行く末」のことばかり考えていて、半ば上の空で話を聞いていたのだ。
ふと気が付くと、全員の視線が杏に向けられていた。
「えっ?あ、ああ!あの…」
「…大丈夫かね?上の空のようだったが…。」
「は、はい。あの…それで構いません!」
「………では、マリーシはアシュリーと共に行動してくれ。…杏、マリーシの能力については把握しているかね?」
「い、いえ。まだです。」
「では、そちらも早急に頼むよ。アシュリーも、いいね?」
アシュリーが「了解」と言うように右手をこめかみに当てた。
「…よし。他になければ、これで解散とする。」
ドクターがそう宣言し、各自ラウンジを後にした。結局一言も口を開かなかった桐野は、大きく伸びをしながら悠々と退室していった。桐野らしいと言えば桐野らしい。
自室に戻り、シェールに会議の内容を伝えると、その表情がみるみるうちに明るくなっていった。
「ようやく、というか…とうとうそこまで辿り着いたのですね…。」
数百年に渡り戦ってきた者の、深い感慨が感じられた。その時、杏はふとあることに思い至った。シェールはどうなるのだろう?
「ねぇ?シェールは、もしもこの戦いが終わったら、どうするの?」
「さぁ…考えたこともありませんでしたけど…。」
「あなたの世界に戻る?」
「それは…正直、あまり実感が湧きません…。」
「じゃあ、私と一緒に、人間でもやってみる?」
杏にしてみれば、ほんの冗談のつもりだった。しかし、シェールの反応は予想外のものだった。
「はい!ぜひ!私、昔から人間に憧れてこちらの世界に遊びに来てたんです!もしも叶うのならば、ご一緒させて下さい!」
元人間から考えれば有り得ないことだったが、そういえば杏も昔から人間に憧れる存在はたくさん知っていた。
人魚姫しかり、ピノキオしかり、ポニョだってそうだった。
『人間って、そんなにいいものだったのかしら?』
そう考えた杏ですら、ドクターの言葉を聞いて真っ先に思ったのは「人間に戻りたい」ということだった。
自分で死を選択しておきながら、こうして死に永らえてみると人間としての生活に戻りたいと思っている自分が、確かにいるのだ。
『結局、人間なんて勝手な生き物なのよね。』
そう思いながら、杏は静かに目を閉じた。
それを見たシェールが子守歌を口ずさむ。
その優しい旋律に思わず泣きたい気持ちになったが、いくら泣きたくても、今の杏の瞳から涙が零れ落ちることはない。
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