ZONE-B SQUAD [twin pillars+1]
15 twin pillars+1
裂け目のすぐ前で前方の戦いの様子を見ていたアシュリーは、まるで信じられない物を見ているような顔つきになっていた。
アシュリーの目を持ってしても杏の動きを追うのは一苦労だったが、相手の反応を先読みして動いているのはかろうじてわかる。問題はどうしてそんなことができるのか、だ。
「杏の持つ強大な力は、空間を歪めるほどの物です。つまり、時間にさえ影響を与えることができる、と言うことです。」
マリーシはその様子を落ち着きはらって眺めながら、アシュリーに真相を語った。
「じゃ、じゃあ本当の意味で『視て』から対応してる!?」
「そうなりますね…。」
「マリーシ…あなた…。」
アシュリーの真剣な眼差しを受けたマリーシは、あのとびっきりの笑顔を見せながらクスクスと笑った。
「なぁに?吸血鬼風情が、神の御業に意見する気?」
「………。」
「あんまり調子に乗ってると灼き殺すわよ?大体、自ら命を絶つような人間を加護するワケがないでしょう?この私がっ!」
「じゃあ…杏がマルチプルって言うのも…」
「いえ…生意気なことに、そこは間違いないわ。杏は9つの魂を持って生まれてきた。…より正確に言うなら、一つの魂と7つの素養、それに妹のサクリファイスで得られた魂。人間としてきちんと修業を積んでいたら、次は神に転生していたかも知れないわね。」
「それなら、なぜ…?」
「なぜ?逆に聞くけど、聖人の血と絶世の美女の血、若くて健康な童貞の血。それらのカクテルに一滴でも死者から採った血が混ざってたら、あなたなら飲む?飲まないわよね?それと同じことよ。」
「だからと言ってあんな無理をさせたら…人間の魂で受け切れるはずがない!杏の魂が砕け散ってしまうわよ!?」
「ハッ!それが何よ!それならそれで、何の問題があるの?せいぜいこの戦いの間くらい保ってくれれば、それで御の字よ!…それにね、杏はともかく妹の…琳の魂は本物よ。そう簡単に壊れたりしないわ。…あぁっ!なんて美しいのかしら!琳は杏のために、魂になってもなお杏を守るのよ!ねぇ?ゾクゾクしてこない?」
アシュリーはその言葉に寒気を覚えた。これは完全に「正義の凌辱」に他ならない。こうなってくると人間にとっては神も悪魔も関係なく、等しく危険な存在ということになってくる。
結局のところこの神と悪魔の二面性が、人間にも「善と悪」の二面性を与える結果になっているのだが、神も悪魔もそれを絶対に認めようとしない。
『吸血鬼がかわいく見えるわね…』
アシュリーはそう思いながら、自嘲的な笑みを浮かべて視線を戻した。
右側の土柱を倒しながら、二体目の「存在」が現れた。
先端がトンネル掘削機のようになった列車のように見える「存在」が、ドリルを回転するたびにキラキラした何かを四方八方に撃ち出している。
アシュリーは背中から蝙蝠の翼を生やすと、桐野とソンヒィがいる前線に向けて飛んだ。
杏の命令には背くことになるが、とにかくアシュリーはマリーシの傍から離れたかった。
そしてとにかく、暴れたい。感覚の全てがぶっ飛ぶまで、暴れたい。
杏は一体目の「カニ」と向き合った。
二本のブームを振り上げながら近付いてくるが、杏にはこの後のカニの動きが「視えて」いた。
予想通り、同時に振り下ろされたブームを飛び越え、本体に近付く。長い方の光の鞭の動きも織り込み済みだ。なんなく躱して「カニ」の目の間、パワーショベルなら人が乗り込む運転席が合わさった辺りに、身体ごとぶち当たるようなドロップキックをお見舞いした。
合わせ目に亀裂が入る。そのまま着地した杏は、その亀裂を中心に腕四本の連撃をリズミカルに叩き込む。
岩のような本体が砕け、亀裂が広がっていく。連撃はインパクトの瞬間に拳を震わせることで、共振現象を引き起こすように打ち込んでいる。一撃ずつはそれほどでなくても、間断なく続く打撃は徐々に威力を増し、カニの本体を蝕むように砕いていった。
カニの方も激しく身を震わせ、杏を叩き落そうとブームと光の鞭を振り回してくるが、杏の足から生えたスパイクのような爪がカニの表面をガッチリと捉えて離さない。
背中からは6本の焔の筋が吹き出し、ブームと光の鞭が杏の体に近付くのを防いでいた。同時に杏の体をカニに押し付け、打撃の効果を高める働きもしている。
時間にして10秒ほどで、カニの「核」が姿を見せた。
それは、エンジンのように熱く脈打つ黒い結晶体だった。
『獲った』
杏は右手の手刀を結晶体に突き刺した。中指を中心に指先を激しく震わせた。その震動が徐々に速度を増し、きーんという高周波を発し始めた時、決勝が砕け散った。
カニの動きがピタリと止まる。湿った土の色をしていた本体が明るい茶色に変わると、砂時計の砂が流れ落ちるように、カニは形を失っていった。
『まず一体』
杏には何の感慨もなかった。圧倒的な自分の力に対する驚きも、「存在」を打倒した達成感も、人間界の危機を退けた喜びもない。
当たり前のことを当たり前のように行っただけだ。
『物事の感じ方も、だいぶ変わったのね…』
少し前なら、笑顔の一つもこぼれたかも知れない。ホッと安堵の溜息を洩らしたかも知れない。だが、呼吸のたびに何かを感じる人間がいないのと同じように、「存在」を倒した杏もまた、何も感じることがなかった。
一方その頃、もう一体の「存在」である「ドリル列車」の方も断末魔の悲鳴を上げていた。
桐野とソンヒィが削った本体に、まるで獣が獲物に喰らいつくかのようにアシュリーが苛烈な攻撃を加えている。
「存在」の回復スピードを大きく上回る効果的な攻撃は激しさを増し、列車部分の後方にあった鉛色に輝く「核」を露出させた。
アシュリーの大きな両手がそれを本体から捥ぎ取り、桐野とソンヒィの斬撃が「核」を打ち砕いた。
「無事に終わったみたいね。」
その様子を手出しすることなく見届けた杏は、アシュリーに説明を求めるかのように眉を上げて見せた。
「あんなの見せられたら、血が騒ぐに決まってるでしょ?って言ったら、わかってくれるかしら?」
アシュリーが悪びれもせずに答える。
「自分でもよくわかってないのよ。そんなにすごかった?」
「震えるほどに嫉妬したわ…。すごいのはよくわかったから、コントロールする術を身に着けて頂戴。…あんなの毎回見せられたら、私、今後後衛は務まらないわよ?」
「わかった…。私もものすごく疲れた感じがする。…なんて言うか…魂がすり減ったような…。今後は気を付けるわ。」
「………頼んだわよ?」
たっぷりの間を取って杏を見つめてから、アシュリーが絞り出すように呟いた。
マリーシから聞いた真相を杏に伝える訳にはいかない。そんなことをしたらアシュリーはマリーシに消し炭にされてしまうだろう。マリーシがアシュリーに放った言葉は、脅しでもなんでもない。
アシュリーはアシュリーらしさを保ったまま、杏にヒントを与えるのが精一杯のところだった。
ZONE-Bが閉じ始めた。
今回は道路の先の方から迫る闇の形でそれが表された。
一行は裂け目に戻りながら、初めてマリーシの方に目を向けた。
マリーシは立ったままの片府座の姿勢で、胸の前で印を結んでいた。目は閉じたままだった。
声を掛けていいものかどうかわからず、一行は黙ってマリーシの様子を窺っていた。
ふいに、マリーシが目を開き、片府座を解いた。
「すみません…20ほどの魂の存在を感じました。閉じ始めた途端に感知ができなくなってしまって…。」
「…そう、残念ね…。」
「ですが、奇妙なことがわかりました。全ての魂の位置が、ほぼ同じなのです。もしかしたら、ZONE-Bの中に牢獄のようなところがあるのかも知れません…。」
「牢…獄…?」
今までは考えたこともなかったが、有り得そうな話であることは確かだ。もしもこの空間から「存在」を連れ帰るとしたら、自由に世界を歩かせたりはしないだろう。どこかに閉じ込めておくはずだった。現にスクワッドの施設にも観察室や拘禁室がある。
「ねぇ、とりあえずその話は後にして、まずはここを出ない?」
押し黙ったままの杏とマリーシを急かすようにアシュリーが言った。
「確かにそうね…。戻ってからみんなで話しましょう。」
全員が裂け目から出ると、まるで影が薄くなっていくように裂け目自体が消滅した。杏は桐野が気を利かせて持って来ていたナノマシンを周辺に撒き散らすと、端末でウィルに報告を入れ、転送が始まるのを待った。
まもなく、ロスタイムの静寂に包まれた未開の森に、乳白色の靄が立ち込めた。
ZONE-B SQUAD [twin pillars+1]
了。
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