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ZONE-B SQUAD [SELF CONTROL]

17 SELF CONTROL
 贅沢なバスタイムを心行くまで楽しんだ杏は、シェールに髪の毛を乾かしてもらいながら、鏡に映る自分の身体を眺めた。
 これも最近の、密かな楽しみの一つなのだ。
 リビングデッドとして「死に永らえた」時の顔や体は、それはもうひどいものだった。顔も体もまるで生命力のない、薄汚れた陶器のような肌色で、いろいろな部分が重力に負けてだらしなくたるんでいた。
 それは髪の毛も同じで、艶もハリもない、水分の抜け切ったボサボサの髪の毛は、使い古した歯ブラシよりも毛先にまとまりがなかった。
 最初はそんなことは気にも留めなかった。見た目のことなど全然気にならなくなっていたのだ。
 しかし、魂を目覚めさせていくごとに身体が生前の生命力を取り戻していくと、それが変わっていった。ドクターの呪術によって肉体に縛り付けられた魂ではない、自身で目覚めさせた魂は、肉体に貪欲だったのだ。
 持てる魂の全てを目覚めさせ、一つの肉体に九つの魂を内包した今、内側から溢れ出る無限とも思える生命力は、杏の肉体をこの世のものとは思えない美しさに変貌させていた。
 「死んでいる」のに「生きていた時より生命力に溢れている」という矛盾した状態で、それは杏の理解の範囲を大きく超えており、ウィルやドクターでさえ、杏の変貌ぶりには説明が見当たらないと半ば呆れていた。
 アシュリーとマリーシの反応は極めて冷静だった。この二人は「魂」というものについてはドクターよりも理解の度が深いようで、それまではドクターにベッタリだったウィルが、最近はこの二人に近付いてその知識を吸収しようと躍起になっている。
 「髪型はどうなさいますか?」
 シェールが杏の髪の毛を両手で抱えるように持ち上げながら、鏡の中から話し掛けてきた。
 元々人間が大好きで、その世話に生きがいに似た感情を持っているシェールは、杏のこの肉体や感情の変化がたまらなくうれしいらしい。
 以前は煩わしささえ感じていたこうしたシェールの心遣いが、今は何よりもありがたい。
 「…いつも通りでいいわ。」
 同じように、鏡の中のシェールに微笑みかけた。杏は今、背中を半分覆えるほどの長さにしている。それを後頭部の高い位置で結ぶポニーテールがいつもの髪型になっていた。
 頷いたシェールが、手際よく梳いた髪をまとめて結ぶ。
 杏は髪の毛だけでなく、身体の各部分を自分の意思で変容させることができるようになっていた。
 通常の人間では考えられないことだが、杏は「鍛え上げたオリンピック選手が自分の身体をうまく扱えることの延長」だと捉えていた。
 杏の「身体をコントロールする能力」が、少しだけ先を行っているだけのことだ。
 あのたくさんのメッシュが入った髪の色も、左右で違った瞳の色も、そうした能力の一端が無意識裡に表に出てしまったために起こったものだった。
 コントロールする術を身に着けた今、それら無意識の能力の発露は鳴りを潜めている。
 この「自己管理能力」は戦闘にも大きな影響を与えていた。
 他のスクワッドを含めても最強クラスであったアシュリーに並び、今ではそれを凌駕しているのが感覚でわかるのだが、それをあえて抑えている。
 まだそれが何かはわからなかったが、手の内を全て曝け出すわけにはいかないと、何かが告げていた。
 「今日もこれからアラム・ムルに?」
 まとめた髪の毛にブラシを入れながら、シェールが尋ねた。
 「そうね。もう少し、という感じがするの。」
 
 アラム・ムル。
 南米ペルーの4,000mの高地、チチカカ湖の西に位置する古代遺構である。
 すぐ近くを国道が走り、北に少し歩けばチチカカ湖への観光客を多く迎え入れている町が存在していたにも関わらず、発見されたのは1996年と比較的近年である。
 正式な年代測定は行われていないが、ある考古学者によれば紀元前200年から紀元後1,000年の間に、古代インカ帝国よりも前の文化である「ティワナク文化」によって作られた可能性が高いと言う。
 そのおよその成立年だけでも1,200年に及ぶ開きがあることが示す通り、この古代遺構の素性は全くと言っていいほどわかっていない。
 地元インディオの一部族であるアイマラの言い伝えによれば「魔界の入り口」や「精霊の場所」と呼ばれている岩窟遺跡であり、具体的には岩盤に掘られた縦横7mに及ぶ切り込みを指す。
 この切り込みの下部中央に、高さ2m、幅1mほどの窪みが彫られており、人が立つのにちょうどいいサイズであることから「神の門」とも呼ばれている。
 いずれにしてもそこに2,000年以上も存在していながら、つい最近まで聖地として隠されていた場所であることは間違いない。 
 
 このアラム・ムルこそ、こちらの世界からZONE-Bに入ることができる「ゲート」の一つである可能性が高い、という研究結果が「総会」で明らかにされて以来、各地のスクワッドやそれに準ずる組織はこぞって調査研究の支援を行っていた。
 エジプトのピラミッドの地下空洞、メキシコのセノーテの一つであるナホチ・ナ・チチの奥にある古代遺構も有力な候補に挙がっていたが、杏が気になるのはこのアラム・ムルただ一つだった。
 そしてその勘を信じたドクターは、スクワッドの面々を研究補助のために交代で現地に送り込んでいたのだ。
 杏は特に申し出て、イギリスとイタリアの合同チームがメインで調査研究に当たっているアラム・ムルに、ほぼ毎日赴いていた
 そこに加わったところで考古学的知識のない杏が具体的にできることはほとんどないのだが、アラム・ムルの南に広がる広大な畑を耕す農民と話をするのが楽しかったのだ。
 当初は研究チームをほとんど無視していた現地の人々も、杏が積極的に対話を試みることで次第に心を開いてくれ、部族に伝わる言い伝えや奇妙な体験について、貴重な情報を提供してくれていた。
 その情報の中に、ゲートを開くのに重要な役割を担っていると考えられていた「黄金の太陽円盤」にまつわる話があった。この遺跡を本当の意味での「ゲート」として使っていたと思われる「七光線同胞団」についての情報もこの時にもたらされたものだ。
 実際、アラムムルの「ジェリーの穴」(アニメ、トムとジェリーでネズミのジェリーが住処としている壁の入り口)と呼ばれる、まるでドアのような切り込みの中ほどに円形の窪みがあり、分析光で撮影すると人の顔のような物が浮かび上がることが判明している。
 「ひまわりの顔」と名付けられたその円形の窪みと「黄金の太陽円盤」は杏のような素人にでもわかるほどに話の辻褄がピッタリと合う。
 この「黄金の太陽円盤」の調査、探索、発見が杏に課せられた使命となっていた。と言っても、やることは変わらず地元民との対話であり、そこから土地の古老や顔役に話を繋いでもらい、情報の断片を集めるだけのことだった。
 そして今日、とうとう七光線同胞団の一つである「紫の人々」の代表と会って話をすることになっていたのだ。
 
 「いいお話が伺えるといいですね。」
 シェールはそう言って、柔らかな笑顔を作った。
 「そうね…。焦っても仕方がないのはわかるんだけど…。」
 ジェイのことを思うとのんびりはしていられないのだが、こうしたことは段階を追っていくしかない。杏の目覚めがもう少し早ければこんなことにはならなかったはずだと思うと、心が痛む。
 「何百年分の成果が数週間でここまで進んでいるのです…。すごいことだと、私は思います。」
 「ありがとう、シェール。…さて、そろそろ向かおうかな。」
 「お気をつけて。」
 シェールに見送られ、杏は7号室を後にした。



 ジェイは高台の岩の窪みに身を隠しながら、眼下に見える建物と思しき構造体を見つめていた。
 それは岩のようでもあり、樹脂のようにも金属のようにも見える、不思議な構造体だった。構造体は横に引き伸ばした八方体のようで、ところどこから空に向かって長いアンテナのような物が伸びている。時折それが光り輝くと同時に、ブルッと震えるのだ。
 出入口のような窪みや裂け目が無数にあり、実際にジェイが後をつけてきた「存在」の一体がその窪みに吸い込まれるようにして消えるのを目にしたし、裂け目から現れた小さな物体も何度か目撃していた。
 八方体の上部には一部が透明になった壁面があり、ジェイはそこにチラリと人影を見たような気がして以来、ここで動かずに観察を続けている。
 
 あれからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。ZONE-Bには時間の目星をつける材料が乏し過ぎる。
 「カタシロ」をZONE-Bから出さないため、ジェイは二発のグレネードで裂け目を破壊した。
 あの「カタシロ」は、掘った穴に誘導して落としただけで、あっさりと無力化できた。まさかとは思ったが、ほんとに為す術がなくなったようにゆっくりとした動きでもがいている「カタシロ」を見た時は、涙が出る程に笑った。自分のあまりの愚かさに、腹が立つよりも無性に可笑しさを感じた。
 それから当てもなく、ただZONE-Bを歩き回る日々が始まった。杏と同じように食事も睡眠も必要としないジェイは、ここから脱出する術を探しながら、できる限りZONEーBの情報を集めようと考えたのだ。もちろん、元いた自分の世界に持ち帰るために。
 そして、ZONE-Bはたくさんの別な世界が繋がった空間だと、足で理解した。歩数にして20万歩ほどで、目にする風景がガラッと変わるのだ。最初は戸惑いを隠せなかったが、そのうち以前に入り込んだ覚えのある風景を目にすることになって確信を得た。
 「閉じた」はずのZONE-Bは失われるものだとばかり考えていたが、実際にはそうではなかったのだ。
 47番目のZONE-Bに足を踏み入れた時、初めて自分以外にZONE-Bをうろつく影を目にした。
 最初は他の部隊が「存在」と戦っている場面に遭遇したのかと思った。これで帰れるかも知れない、と。だが、その希望はあっという間に潰えた。
 動いていたのは「存在」だった。
 正確にはそうではないのかも知れないが、少なくても人間や近しい動物ではなかった。もしかしたらこれから裂け目を作るかも知れないと思い、しばらく様子を窺っていたが、そうはならず、やがて追えないほどのスピードで別のZONE-Bへと移動してしまい、その姿を完全に見失ってしまった。
 しかし、この遭遇はジェイに新たな希望を与えてくれた。「存在」を見つけさえすれば、脱出できる可能性はあるのだ。
 こうしてまた、ジェイの放浪が始まった。その後も何度か「存在」を見つけては見失うということを繰り返し、最後に見つけたウィスキー樽をいくつも重ねたような「存在」の後をつけているうちに、この構造体を発見したのだ。
 ここは他のZONE-Bに比べても広さがあるように感じる。吹いてくる風にも強弱があったし、ほのかにではあるが、昼夜のような明るさの変化まである。構造体の向こう側には開けた地面が広がっており、うっすらと道路のようなもので区画されているようにも見える。
 何度か周囲の偵察を行おうと考えたが、この岩のような高台を降りてしまうと、視界を遮る物がほとんどないのだ。構造体の中に「存在」が確認されている以上、迂闊に動くわけにはいかない。
 弾薬はまだたっぷりとあり、士気も衰えてはいなかったが、ここで無理をしても始まらない。ジェイは自重して待ちの姿勢になり、観察による情報収集に戦術を切り替えた。
 
 その戦術は功を奏したようだ。
 またあの透明な壁面に動いている影を見つけた。
 ジェイはサングラスを外し、目を細めた。
 表に見えているだけで3体、奥の方にも動いている別の影が見える。数舜の間の出来事だったが、あれは確かに人間の影だった。
 そのうちの一人を、ジェイが見間違うはずはない。ジェイがこのスクワッドに入って間もない頃にスクワッドを率いていた隊長、レッドだ。
 右半分が真っ白の白髪、左半分が短く刈り込んだ燃えるような赤い髪。ここからは見えなかったが、前に回れば右のこめかみに二本の深い傷跡が走っているはずだ。
 スクワッドを救うためにジェイと同じように裂け目を閉じ、行方不明となっていたレッドがあの構造体の中で生きていた。そうすると、他に見えた人影も同じようにZONE-Bに取り残された人間の可能性もある。
 この構造体には、まだ我々の知らない何かが隠されている。



 
ZONE-B SQUAD [SELF CONTROL]
了。 

 

 
 
 


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