ZONE-B SQUAD [signs]
19 signs
ジェイの「構造体」の観察は、あの高台でまだ続けられていた。
どれくらいの時間が経ったのか正確に知ることはできないが、ジェイは「構造体」のアンテナがブルッと震えるたびに、ナイフでM-79の太いバレルに傷を付けていた。9本の縦線とそれをレールのように繋ぐ斜めの線。
その数がとうとう10になった。つまり、100回目の蠢動を目撃したことになる。
蠢動の間隔にはバラツキがあったものの、ジェイのカウントがある程度正確だとすれば、平均の時間は12時間程度ということになるから、カウントを始めてからだけでも、50日間をこの高台での観察に費やしたことになる。
あの裂け目を閉じた戦闘から考えると、ジェイのZONE-B滞在時間は優にその三倍、半年に近い時間になるに違いない。
ジェイはリビングデッドであり、その肉体はウィルによって強化されている。食事も睡眠も必要がないとは言え、その肉体活動を支えるエネルギーの大半を占める、魂のエネルギーが枯渇し始めていた。
魂のエネルギーを補充する方法は人によって様々だが、誰にでも欠かせないのが「他の魂とのふれあい」だ。魂同士が触れ合うことにより、どちらの魂にもエネルギーが生成される。
魂の天敵は「孤独」なのだ。
中には孤独を愛する魂も存在するが、それでも魂は魂を求める。それは食事による他の魂の摂取であり、木々の魂を吸う呼吸であり、「地球」の魂とリンクする睡眠だった。
その全ての源となる「他者の魂」がこのZONE-Bには存在しない。
ジェイは思い出と言う名の記憶で交わされる、僅かばかりの魂のふれあいで糊口をしのいで来ていたが、それにも限界がある。思い出すたびに生成量は減っていく一方だ。
何より大切にしている妻や娘との思い出ですら、もはやほんの僅かのエネルギーを生み出すのがやっとだった。
『こんなことなら…』
ジェイはふと、全ての魂が死にゆく場面で頭に思い描く「一節」を思い、自嘲気味に笑いながら頭を振ってその思いを打ち消した。
『まだだ。まだ終われん。少なくても誰かにこのことを伝えなければ…』
ジェイは構造体の観察を続けるうちに「ここが『存在』の発生地だ」という考察に思い至った。いわばZONE-Bの震源地がこの「構造体」なのだ。
恐らくここで「存在」が生み出され、あの天に伸びたアンテナでどこかに送られている。もしかしたら、あれが裂け目を生み出す装置である可能性もある。
そう思うに至った経緯はいくつかあるが、まずあの「構造体」自体が拡張しているようなのだ。「成長」と言うのが正しい言い方かも知れない。速度は非常にゆっくりとしたものではあったが、間違いなく大きさも、色や形も徐々に変化している。
それに気が付いたジェイは、腰のポーチからゴーグルを取り出して熱反応を確認してみた。構造体自体にもいくつかに分かれた熱反応があり、一部はかなりの100℃を超す高温になっていることがわかった。それだけではない。40℃~60℃の熱を持つ「何か」が地面の下から構造体に流れ込んでいるのがわかった。
ほとんどが曲線で、太さもバラバラの熱反応が網の目のようになりながら構造体に向かって何かを運んでいる。構造体の陰になっている部分は確認できないものの、高台から見える範囲ではすべて構造体に向かって流れ込んでおり、構造体から出てくる熱反応が見当たらない。
この事実から、あの「構造体」は熱を持つ「何か」を吸収し、それを消費しているらしいということが分かった。
『アイツ自体が「存在」ということも考えられる…』
いずれにしても、ここで掴んだ数々の事実は誰かに必ず伝えなければならない。ここにはZONE-Bの知られざる秘密が、きっとある。それに、過去にZONE-Bに取り残された組織の人間が囚われている可能性が高い。すくなくても、この二点だけは確実に伝えたかった。
『頼むぞ…急いでくれよ…』
ジェイは静かに目を閉じた。瞼の裏に思い浮かんだのは杏の顔だった。
このことを真っ先に伝えなければならないのは、ドクターでもウィルでもない。杏だ。
なんでそう思うのかはわからなかったが、ジェイが望みを託すのならば杏以外は考えられない。
ジェイの魂が、ほんの少しだけ活力を増した。
リャマを牽いてきた老齢の男性の手を取りながら、女性がリャマから地面に降り立った。
銀糸の編みこまれた紫色のショールを頭から外し、肩から首に掛けると、軽く頭を振って茶色く波打った豊かな髪の毛を風に遊ばせる。
杏とロビンはテラス席でそれぞれ立ち上がり、その女性を迎える体制を整えた。
30代の中ほどだろうか。肌の色が褐色であることを除けば、驚くほどに日本人に似た顔立ちをしている。瞳の色は黒で、鼻筋の通った小さめの鼻、常に微笑みを湛えているかのように僅かに口角の上がった口。控えめにいっても美人の部類に入るだろう。
「はじめまして。チカ・シラマ・ロブレスと申します…。」
杏の目を真っ直ぐに見据えて自己紹介をしたチカは、そのまま杏の顔をまじまじと眺めていた。
チカの口をついて出たのは日本語だった。それもかなり流暢に話す。風貌も名前もどこか日本人を思わせるものだったが、恐らくこの地方に多い日系の子孫なのだろう。
「はじめまして。一路塀杏です…こちらはサー・ロバート。それぞれ日本とイギリスで遺跡の調査をしております…。本日はご足労いただきましてありがとうございます…。」
杏は身振りで席を示すと、チカは小さく頷いて腰掛けた。すぐ後ろにリャマを牽いていた老僕が護衛のように立ち、杏とロビンを試すように見つめている。
「と言うと、お二人は考古学者?…私にはどちらも戦士のように見えますが…。」
柔らかな笑顔でそう告げたチカだったが、その瞳には「嘘は許さない」という強い意志が見て取れた。
ロビンは杏に頷いてみせると、チカに向き直って答えた。
「見え透いた話はなしにして、単刀直入に申し上げます。『黄金の太陽円盤』について、存じ寄りのことがあればお聞かせ願いたい。」
チカがロビンの顔をジッと覗き込み、沈黙した。笑顔は消え失せ、真剣な眼差しでロビンを見つめている。
「それはつまり、『アラム・ムル』についての情報が欲しい、という意味でしょうか?」
「そう捉えていただいて結構です。」
「それを聞いて、何をなさるおつもりでしょう?」
チカの表情が固さを増した。背後の護衛がジリッという音と共に足を踏み変えた。さりげない動きだったが、腰までを覆うフードの下に隠された手が何かを掴んだのがわかった。
「実は…私たちはお互いにとある組織のために働いています。そしてある目的のために『アラム・ムル』に隠された秘密を探ろうとしているのです。長い話に、それも俄かには信じ難い話になりますが、お聞き願えますか?」
ロビンは慎重に言葉を選んでチカにそう告げた。
チカが静かに頷くと同時に、背後の護衛に向かって小声で何かを囁いた。護衛は驚いたような顔をしたが、ロビンと杏をたっぷりと睨みつけた後、チカの元を離れてリャマの方に足を向けた。
「ぜひ、お聞かせください…。私はそのために、ここに赴いたのです。」
チカの言葉を受け、ロビンが静かに語り出した。
それは世界各地で活動する組織の話、ZONE-Bの話、「存在」との戦いの歴史とその過程で取り残された人間の話まで、多岐に及んだ。それは、中天にあった太陽が西の空に低く大きく輝く時間まで続いた。
「……長く、辛い戦いでしたね…。お話はよくわかりました。実はあなた方が『アラム・ムル』の調査を始めたその日から、私たちはあなたたちを静かに観察していました。そしてその目的が何であれ、一般的な遺跡の調査や興味本位の取材のためではないとは思っていましたが…。」
チカが俯き、何かを考えているような素振りを見せた。静かな物腰とは裏腹に、心の中での葛藤が手に取るようにわかる。長い長い沈黙の後で、チカが顔を上げ、再び話し始めた。
「申し上げます。『黄金の太陽円盤』については、我々が確かに保管しております。『アラム・ムル』についても、詳細な記録を。ですが、それらは私の一存では自由にできません。同胞に相談する時間をいただけますか?」
杏とロビンは顔を見合わせた。こんなにすんなりと話が進むとは思わなかったのだ。場合によっては金銭的な交渉が必要になるとさえ考えていた。
「それは…もちろんです!しかし…」
「話がうまく進み過ぎるのが意外でしたか?」
ロビンの思考を読んだかのように、チカがにっこりと微笑んだ。
「いや!…まあ、そうですな。正直に申しますと些か…。」
「実は、この日の来ることは前々から予言されていたのです。それがなければ、私もこう易々と話を信じる気にはならなかったでしょう。少なくても『黄金の太陽円盤』の所在を明らかにすることは…。ですが、実際にお二人にお会いした瞬間、私は何かを悟りました。あなた方の明るく輝く魂が、それを雄弁に物語っています。」
「あなたは『魂を視る』のですか?」
「いえ…『視る』というほどの物ではありません。せいぜいが『感じる』といったところです…。それでも、あなた方の体内から満ち溢れる魂の輝きが、まるで太陽の光のように明るく感じられます。特にあなた…。杏、あなたは神そのものではないのですか?」
「まさか!そんなことはありません。私はただの『元人間』です。」
「そうなのですか…。最初はそれほどでもありませんでしたが、話が進むにつれて魂の活力が無尽蔵に増え続けているのを感じます。今はもう…あの夕日よりも明るく感じる程に…。こんなに純粋な力を感じたのは初めてのことです。」
チカが目を細めて杏を見つめた。実際に眩しさを感じているようだった。
「いずれにしても、こんなに強い魂を持たれた方が邪な心を持つはずがないのはわかります。ですから私は、あなた方を信じようと思うのです。私はこれから帰り、同胞に今日の出来事をありのままに伝えます。…そうですね明後日、日の出の時刻に「アラム・ムル」でお会いしましょう。あなた方の願いは、そこで叶えられることでしょう。」
そう言うとチカは立ち上がり、深々と頭を垂れた。杏とロビンも立ち上がり、礼を返した。チカはそのまま再びリャマの背に跨り、夕日とは逆の方向に消えて行った。
「ふー。いやはや、願ってもいない展開になったな!」
ロビンがどさりと椅子に倒れ込むように腰掛けた。ひどく消耗した様子だった。
「どうしたのですか?喜んでいるようには見えませんが?」
ロビンがシャツの一番上のボタンを外し、胸元を寛げた。
「いやなに。あのチカと一緒に現れた老人な、私にずっと剣気を浴びせてきおった。私はチカと話しながらあの老人と剣で戦っていたのだよ。ずうっとな。驚くほどの遣い手だ。これだからこの世は面白い!こんな辺境にあれほどの芸達者がいようとは!」
そういうとロビンは豪快に笑った。
なるほど、桐野と気が合うのも頷ける。男と言うのは、いつの時代も動ける状態ならば戦いを欲するようにできているのに違いない。
いずれにしても、明後日、何かが大きく動くことになりそうだった。
ZONE-B SQUAD [signs]
了。
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