続・反省とは、現実を直視すること
突然ですが、このところ私は、ある事件の被告人を追っていました。
いや、ほんとうはこの内容をアメブロに書いていたのだけど、HTMLがぐちゃぐちゃになって投稿できず。
もういいやとこちらに書くことにしました。
もっとも追っていた被告人が綴る自称エッセイもnoteだったし、ちょうどいいかと。
ま、そんな悪趣味をいそいそ続けていたのです。
オホホホホ。
まったくですよ?
ネトフリでは古畑任三郎が配信されるし
せっかくU-NEXTで課金した
NHK見放題の大河ドラマもまだ途中だし
読みかけの本もあるし
九条の大罪の続きも読みたいし
傍聴にも行きたいし
忙しいんですけどね、こう見えて私も。
でも、ありがとう。
おかげで元気が出てきましたよ。

てことで以下、一部引用します
これは人間の本質だが、
失敗してから学ぶことが多いのは事実だ。
俺は後悔する選択をしてしまったから
これはダメな例。
失敗しても後悔しない選択を
できるようになることが本当の成功に繋がる。
俺が後悔をする選択をしてしまって、
学んだことを伝えたい。
“苦労する覚悟さえあれば、
どこかに居場所は見つかる
”見つけた場所で一所懸命にやれば道は開ける。
本当に開けるとは限らないけど。
自分にそれしかやることがないなら、
楽観的にやり続けるしかないと思っている。

ね?笑かしてくれるでしょう。
だからせっかくだし
たまたま傍聴していたおざともさんが
アンサーいたしましょうね^ ^
学ばなくていいから、まず後悔しろ
そして、反省しろ^ ^
ただ、悲しいかな。
きっと彼には「反省」とは、どういうことかわからないのでしょう。
わかっていたらこんなことにもならず
こんな呑気なことを世にお披露目する無神経さも多少なりとも軽減されていただろうに。
リンク先はアメブロだけど
ここに書いておいたから、読んでおいてね。
あ、、でも、、
今はケータイ使えない環境だと思うし、むずかしいかーーーーー笑
ゴメン。ゴメン。
いつか私も出版して
差し入れしてもらえるように
道が開けるかはわからないけど
一生懸命にやるから
待っててねーーーーー^ ^
ちなみに、自称エッセイの最後には
こう綴られていました。
もしもやりたいことがあって、
それがどうしてもできないのなら
その世界の鍋を探してみることだろう。
もしかしたら何かの
きっかけは掴めるかもしれない。
突然「鍋」の話で
なんのこっちゃ!?だと思いますが、、
世界的にも著名な三國清三シェフもかつて
料理を作らせてもらえず皿洗いの日々だった
しかし大きな鍋を誰よりも
手早く丁寧に洗っていた
という話の流れでした。
でもさ、キミにとっての「鍋」は
刑務作業だよねー!?
人の時間を、人生を、お金を
散々奪っておいて何を言っているのでしょうか
安っぽいポエムでおキモチ表明して満足した?
それならせめて
「刑務所で誰よりもデカい鍋洗います!」
とかになると思うけど
もう、出たあとの未来を見ているの?
だとしたら
まあ、おシアワセな人ですね^ ^
反省とは、チンケなおキモチ表明ではなくて
自分が作ってしまった現実をちゃんと見ること。
私は、つくづくそう思っておりますよ
終わりに
裁判の中では、ご都合主義で選んだはずの選択が、
一番大切なものを失わせていたことも明らかになっていました。
人は案外、失敗そのものではなく、現実を見ないことで、人生を壊していくのかもしれませんね。
