何歳になっても、「次からできるようになる」でいいのでは
新卒で就職した二十代前半の頃は、基本的には仕事ができないのが当たり前だったので、何かの仕事をして失敗したとしても、「すみません、次はちゃんとやります」と謝るのが基本スタンスだった。
もちろん、失敗しないにこしたことはないのだけれど、仮に失敗してしまったとしても、修正して、同じ失敗を起こさないようにすればそれでOKだったのだ。まあ、それはそういうものだろう。
しかし、ある程度年齢を重ねていくと、なかなかそうもいかなくなってくる。年齢とともに責任も大きくなるので、「失敗」に対する重みが増してくる。また、経験値も増えてくるので、そもそも失敗すること自体がイレギュラーというか、「失敗しないことが前提だよね」というのがそもそもの認識としてある。
そうなることにより、デメリットもある。「失敗する」ということに敏感になりすぎ、「失敗する」ということに対するリスクというか、「慣れ」がなくなるのだ。
無意識のうちに守りに入ってしまう。「失敗しないこと」が第一になってしまう。
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最近は、そのスタンスはあまりよくないなと感じている。そこで、その真逆のスタンスとして、何があっても「次はもっとうまくやろう」とちょっとだけ開き直ろうかな、と思っている。結局、人間はどれだけ年をとっても完璧な存在にはなれないのだから、トライアンドエラーを繰り返したほうが学びは大きい。
人間社会は複雑で、完全な予測は不可能だ。そもそも会社側も「失敗すること」をある程度織り込んでいるわけで、勝手に「失敗しちゃいけない」と過剰にプレッシャーを感じているのはこっちなのかな、ということを思ったりする。
確かに、社会人として年齢を重ねていくと、若い頃よりは周囲は失敗に不寛容になっていく。もっとエラくなれば、地位を追われるなんてこともあるかも。
でも結局、人生は「失敗したら、反省して、次はもっとうまくやる」ことの繰り返しだと割り切れば、個人として学びは大きいし、精神的にも結構楽になるのではないか、と思った。
もちろん、直接的にはもう「次のチャンス」なんてものがなかったとしても、違った形でやってくるかもしれないし、そうなったらそうなったで仕方がない。割り切りが大事。
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何かに失敗したからこういうことを考えているわけではないのだけれど、もっとリスクをとって仕事をすることも大事なのかな、ということを考えた次第。何かを得ていけば、人間は保守的になるものだけれど、それだけだと行き詰まるというか、人生の面白みがなくなるよな、と。
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