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何でもいいから、クリエイティブな趣味を持とう

良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど、金銭感覚が新卒の頃からあまり変わっていない。

収入はその頃と比べるとずいぶん増えたが、いまだに一万円を超えるものを買うときは、結構長いこと考えたりする。数ヶ月ぐらい迷うことは普通で、場合によっては一年以上も。

何より、お金のかかる趣味がほとんどないというのが大きい。たとえばバイクに凝っていたり、海外旅行をしたりするのがめちゃくちゃ好きな人だと、相当お金がかかるだろう。アイドルにお金をかけたり、何かを収集するのに凝っているような人だと、やはりお金の消費は大きいのではないかと思う。

僕の趣味は、読書をすること、小説を書くこと、作曲すること、将棋を指すことなどがメインで、どれもほとんどお金がかからない。強いて言うなら、読書が一番お金がかかっているが、図書館に行って本を借りて読めば、それもタダになる。

今はわりと、あえてお金を出して本を購入しているところがあるので、本格的にお金がなくなったら、それこそ0円で無限に楽しむことができる。作曲も小説を書くこともほとんどお金がかからないし、将棋を指すのもほぼ0円でできるので、僕の趣味は、タダ同然で楽しめるものばかりである(作曲については、依頼を受けたりもするので、むしろ収支ではプラスになっている)。

なので、同年代の人がキャンプにはまったり、バイクにはまったり、飲み会ばかりしていたりするのと比較すると、支出が圧倒的に少ない。なので、意識せずともお金は溜まっていっている。

そういった実利的な部分を差し引いても、「何かを創造する趣味を持つ」というのは、とても良いことだなと思っている。自分を表現することができるし、それを受け取った人から感想をもらったり、影響を与えることができるからだ。

noteも、あまり趣味だと認識したことはないけれど、実質的にはかなり大きな趣味になっているだろう。全く実感はないのだけれど、数字のうえでは、毎月何万人もの人が読んでくれている。これも、元手はかかっていないし、ランニングコストもゼロなので、かなり優秀な趣味だ(いまだにnoteは無課金でやらせてもらっている)。

僕は四人兄弟の末っ子なので、あまり親が何かおもちゃなどを買い与えてくれるような環境ではなかったというのが、多少は影響しているかもしれない。とにかく自分で物語を作って遊んだりするのが好きだったのである。

以前も書いたことがあるが、中学生のとき、ハードオフで二千円のワープロを買ってきて、小説を書いていたこともある。支出といえばそのぐらいで、ものすごい低コストで楽しむことができる。

作家の森博嗣も、親の教育方針でおもちゃは買ってもらえなかったが、工作の道具だけは一級品のものを買い与えられた、ということを言っていた。ちょっとしたコンパスやハサミなども、当時数千円する高級品を買ってもらっていたようだ。そのおかげで、工作の楽しさに目覚めたらしい。

そういった方針は、とても素敵だ。そうすることで、工作好きな子どもに育つし、クリエイティブな経験が人生のほかの局面でも大いに役立つことだろう。

お金と時間があるからといって、リゾート地に行ってお金をじゃぶじゃぶ使うような人生は、少し貧しいなと思う。お金をどう使うかは個人の自由で、余計なお世話だとは思うけれど、お金を使うことでしか楽しみを見いだせないと、どれだけお金があっても足りないのでは、と思う。

実際のところ、近所をただ歩き回っているだけでも、いろいろな発見があって面白い。そういった行為を貧乏くさいと感じる人もいるかもしれないが、お金をかけずに楽しめる趣味をもつことが、真の豊かさのような気がしている。




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