永久の別れ、家はどうなる?【#13 家にまつわるストーリー】
衰弱が目に見えて進んできたので心配でした。病院と電話で話したり、キモを初めてからずっとお世話になっているナースも気にかけて連絡をくれましたが、もう「打つ手はない」というのが実態でした。
それまでかかっていた病院は自宅から150km離れていて通院だけでもたいへんでしたので、自宅から近くの病院に変えて抗癌剤治療に戻れないかという相談をしていたところで、衰弱が進みました。
もうキモに戻るのも体力的に無理だろうと思いました。心配した娘夫婦と次男夫婦が駆けつけてきました。娘夫婦がこれほど弱った夫を見たのは初めてです。
入院したとしても治してくれるわけではありません。入院すればコロナ禍なので面会もできませんから、ホスピスからナースを派遣してもらうことにしました。ほかに選択肢はありませんでした。
ナースが来てくれたおかげで、痛みの対処にモルヒネを使えました。状態を起こすことのできるベッドや酸素吸入器などもどんどん運ばれてきました。ほとんど休んでいますが、わたしの言っていることはちゃんと聞こえるし、それに反応もしてくれます。大きな声で笑う娘の声に、「おーいるのか?どうしてここにいるんだ?」などと言いました。
「心配して飛んできたんだよ。仕事用のコンピューター持ち込んで、今隣の部屋で仕事しているからね」
するとうれしそうにコクンとうなづきまた眠りに落ちていきました。
もう時間がないことだけは誰の目にも明らかでした。
それでも、完成した家にたとえ1日でも寝かせてあげたい。たとえ寝たきりだとしても、奇跡が起こりあと少しがんばってほしいと願いましたが、10月7日の水曜日の夕方、わたしと娘夫婦、次男夫婦の見守る中で夫は永眠しました。
闘病の苦しみから開放された夫の顔は、息をしていたときよりもずっとずっと安らかでした。出会ってから43年、結婚生活37年のわたしたち二人の時間がこの日終わりました。
翌日、ジェフとトムに亡くなったことをメールで知らせました。
しばらくは失った悲しみと、達成できなかった悔しさと、これまでの思い出と感謝の気持ちと今後の不安が入り乱れて襲ってきました。あらゆる感情が揺さぶられて気が狂いそうでした。中でもやり場のない喪失感はどうしようもなく、心臓の奥がチクチクと痛み、わからない何かにおしつぶされそうで、何もしていなくても涙があふれる日々でした。
悔しい、残念という気持ちがとてつもなくわたしの心を蝕みました。
それでも、現実は変わりません。
夫が亡くなったことを受け入れて、前に進むしかないのです。
夫は死ぬまで夢と理想を追い続けて生き抜いた
そう考えることにしました。
感情の整理も必要でしたが、何より建築会社や銀行と多くの人々を巻き込んでしまっているので、建築途中の家をどうするのかを真剣に考えなければなりません。法的にも今度はわたしだけが責任者なのですから、逃げるわけにもいかないのです。
ただ、夫の夢を次いでいこうと思うものの、経済的にも、物理的にもわたしの手に負えるのだろうか?そもそも、夫の通勤が便利なようにこの土地に建て、ここで暮らそうと決断したのに、夫がいなくなってしまい、この土地に住む理由がなくなってしまいました。
娘も息子たちも別の土地で暮らしているのですから、この地にとらわれなくともわたしが好きなところで暮らすという選択肢だってあるはずです。なにもかも放って、もう日本に帰ろうか……?いや、末息子のいるデトロイト方面……?娘や次男のいる街のがいいのかな……?と
毎日グルグルと考えがまとまらずに悩みました。
契約者が亡くなったことで、工事は頓挫しています。
義ムスコが弁護士を手配してくれたので、相談しました。銀行から資金を借りる契約は夫のみですが、建築会社との契約はわたしも連名ですし、土地の登記もわたしと連名です。この場合は法的にどうなるのでしょう?というところからはじめなくてはなりませんでした。
結局、工事中の家はどのみち完成させるのが得策のようです。なぜなら、わたしの所有する土地に建っている未完成の家の所有権は銀行ですが、建築会社と契約しているのはわたしですから、土地と未完成の家を銀行に差し押さえられたとしても、建築会社との契約は消えません。銀行に物件を差し押さえられたうえに、建築会社に契約不履行で訴えられたり、残債を請求されても困ります。
住むにしても売るにしても、まずは完成させて受け渡してもらえば、建築会社との契約は完了できます。銀行との契約は支払い能力のあった夫だけでしたが、ミシガンの州法に準ずればわたしが夫の契約を受け継ぐことができるとのことでした。
なにより、土地は現金で買っているし、膨大な頭金も払ってあるし、施主として供給した数々の資材とすでにかなりの金額を注ぎ込んでいるのですから、それを棒に振るわけにもいきません。
建ったあとのことは、ゆっくり考えるとしてまずは契約通りに工事を進めてもらい、完成させることにしました。
それにしても、平均寿命ぐらいまでは夫婦で仲良く生きられると思っていたというのに、なんという運命のいたずらなのでしょう。2020年に流した涙はそれまでの累計を簡単に超えました。悲しみと不安だけでなく、喜びと感謝の涙も同じぐらい流しました。
つらい時間だったからこそ気づけたやさしさや幸せもたくさんありました。命のたいせつさ、愛のありがたさ!!まさに生きているからこそです。
自分に与えられた時間を精一杯生きようと考えられるようになりました。
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