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役割分担は既存の価値観にしばられない【息子夫婦と暮らす#1】

5月の1日から息子夫婦との暮らしがスタートしました。

わたしは、昭和世代の一部の人々に根強く残る価値観、“夫をたてる”、“家事は妻”、“家庭を守る”に逆らうことなく生きてきました。早く言ってしまえば男尊女卑、夫唱婦随を受け入れてきたといえます。

夫が目覚めれば何も言わなくともコーヒー、小腹が減ったかな?と思うころには、さりげなくスナック。もちろん「腹減ったー」の一言で10分〜15分後には喜んでくれる食事を出してきました。まさに“あうんの呼吸”ってやつです。

さて、息子夫婦には“あうん”はまったくなさそうです。それはもうみごとにない!

米国人ムスメのムーちゃんは家事は好きではないので、最低限しかしません。料理も得意ではないので自分がお腹すいたときにしか作りません。それどころか、お腹空くとアイスクリーム食べちゃったり、ジャンクフードに手を伸ばすほどです。そんなムーちゃんなので、わたしと暮らす前も料理は息子のタローが担当してきたようです。

わたしを見て育ったタローがムーちゃんのために、料理しているのですから、ほんとうにおもしろいものです。3人の息子がいますが、3人とも料理をよくしているようです。共に働いているのだからあたりまえといえばあたりまえです。さらにおもしろいのは、娘もあまり料理はしなくて、義ムスコのほうがより娘に作ってあげているぐらいです。

息子のタローが言うには、ムーちゃんよりも自分のほうが料理は上手いし、好きなものが作れるから、この分担が自分たちにはあっているとのことでした。ただ、好きなわけではなく効率と実益を考えてのことなので、より美味いものを作ってくれる人がいるなら自分は料理なんかしなくても気にならないと言います。

ふたりともわたしが料理は得意で好きなことを知っています。キレイ好きなので頼まれなくとも掃除もしてしまいます。つまり、必然的に家事はわたしがするだろうことは想定内だったのでしょう。

そもそも新しいキッチンは、夫がこれからは二人で料理を楽しもうと作ったものです。大きな冷蔵庫もシンクも2つずつ。調理用コンロはIHとガスと両方備わっています。広いので望めばみんなでキッチンに立つこともできます。

これまで長年料理をしてきたけど、ゆったりスペースの広々キッチンが、これほど料理を楽にしてくれるとは!と感動してます。

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同居することになり、食べてくれる人が復活したので再びパン作りも日課になりました。御影石のキッチンカウンターはパンの成形にもとても便利で調理後のお掃除も簡単です。オーブンから漂うパンの焼ける香りは家じゅうを美味しくしてくれるシアワセの香りです。

米国に住んで20年にもなるのに、これまで食洗機で食器を洗うことに抵抗があり、あるけど使わない暮らしをしてきましたが、若夫婦にとっては食べた食器は機械が洗ってくれることがあたりまえ。それならと、ようやく最新テクノロジーの食洗機に頼ることにしたら、あら便利!!

料理の準備は楽ちん、片付けも簡単とわたしにとっては何からなにまで暮らしやすくなりました。

なんと言ってもタローもムーちゃんもわたしが作ったものを「おいしい、おいしい」と食べるのが上手いこと。😁 

そんなわけで、しばらくこのキッチンの主としてわたしが腕をふるうことが最善といえそうです。夫よ、こんなキッチンを遺してくれてありがとう😘。現時点での我が家では、片付け、掃除もわたしが適任のようなので、家の中の家事全般を引き受けて暮らしていくことがwin win winのようです。

長年、染み付いたライフスタイルは簡単には変えられませんが、逆に環境が変わるときこそルーティンワークを変えるチャンスでもあります。培った能力を世代交代として無駄にする必要はありません。お互いに得意なことやできることを尊重して、効率を見極めていければそれでいいと思います。

そのうえ、還暦のわたしが家事を引き受ける恩恵はさらに大きいことでしょう。加齢により衰えていく能力を保つために、家事力を維持することはとても良いことのようですから。料理にも掃除にも脳はしっかり使います。記憶力は必要だし、手先の器用さ、考えること、手順をふむこと、工夫すること、計算すること、運動になることなどなど、家事労働の持続は、楽しんでできるならば一石二鳥であり、何一つネガティブなことはありません。

実際、84歳となった日本で暮らす母が今も呆けずに元気でいてくれるのはきっちり自分で家事をこなしているからだとわたしは信じています。

それぞれの特質と能力を活かして、みんながよりシアワセになれる暮らし方を追求していきたいと思います。



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yahoi /ライフエディター・エッセイスト 🌺 共感、応援いただけたならうれしいです。 感謝の気持ちは次のどなたかに恩送りします。