「わたしは誰?」自分探し中
2ヶ月前に夫を亡くし、ほやっほやの未亡人となった。
夫の闘病を見守るという辛い生活から開放されてほっとする一方で、今は元気だったころの夫に逢いたくて逢いたくて、日になんども涙がこぼれてしまう。出会ってから43年、結婚生活は37年半という歴史なのだから、ありとあらゆる記憶が簡単に消えることもなく、二度と戻らない日々を思い出すたび切なさに泣けてしまうのは、人としてあたりまえの反応なのだろう。それにしてもこの悲しみはいつまで続くのか……なんとかならんかねー。
これほどの歳月を夫婦で過ごしたとわかり、今、この文を目にしている人はわたしがかなりお婆さんだと悟ったかもしれない。そう、最近のアラ○○なんて言い方を用いるならば、わたしはアラ還に分類されてしまう。ここにいる方のほとんどは若い方だと想うので
「ひゃーなんだ婆さんか!」と逃げられそうだけど、ちょっと待って!
実際、わたしが若かったころに還暦と聞けば、“お婆ちゃん”というイメージだったことを思えば、逃げたい感覚はわかる。でも、わたし自身は今、自分がそれほど年配だとは微塵も感じていない。
それどころか卒母してやっと自分自身が母ではなく、女性に戻れたような気がしていて、長年オンナであることを忘れて生きていた時間を取り戻そうとしているうちに気持ちはどんどん若返っているぐらいだ。たとえシワが増殖していようともだ。
子どもたちが巣立ち、家庭内でわたしを「おかあさん」と呼ぶ声がなくなり、経済的にもやっと夫婦で旅に出られるゆとりができてからは、米国からはわりとお値打ちに行けるカリビアンリゾートに旅することがここ数年の新たな楽しみだった。旅先では異国での開放感を後ろ盾に超ビキニ(悪あがきと笑われようとも)のリゾートライフを堪能した。
良くも悪しくも、日本人でありながらも日本の常識とかしがらみは気にしなくなったアラ還なので、日本の温泉地でみかける同年代のおばさまたちとは、ちょっとだけちがうアラカンかも。
そのうち誰もがわかるときが来ると思うけど、人って歳をとったからといって、気持ちまでお婆さんになるわけではなく、わたしの“気持ち年齢”はここ数年来ずっと40代ぐらいだ。
60歳らしく振る舞えばそう見えるだろうし、80歳らしく装えばそう見える。だとすれば、年齢など気にせず自分のしたいようにしていれば、年齢不詳の人となるだけだ。
人生100年時代の今は、昔の感覚と比べれば、実年齢✕0.8と聞いたことがあるので、まんざらわたしの気持ち感覚はズレてもいない気はする。
話が完全にそれてしまった。脱線は得意……。
「わたしは誰?」自分探しをテーマにするつもりだった。
続きは明日に〜。
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