「無駄に耐えること嫌いだから」【息子夫婦と暮らす#13】
息子夫婦と暮らすようになってから5ヶ月と少し過ぎました。夫を失くした悲しみと喪失感は消えないものの、正直言って日々のわたしの暮らしは夫と暮らしていたころよりずっと楽です。
妻としての責任から開放されたことと、夫がわたしに求めた期待値より息子のソレのほうがずっと低いからと言えます。かといって、夫がいたときに無理していたわけでもなく、それがフツーと受け入れていただけなのですが……。
米国で暮らして20年になりますが、日本で生まれ育って大人になったので、「昭和的日本の感覚」がわたしたち夫婦にとってのデフォルト設定でした。米国に暮らすようになって、変わったこともたくさんありますが、すり込まれている価値観をそれほど疑問に感じずに、引きずったままだったこともいろいろとあります。
たとえば、夫は少々熱があるぐらいで仕事を休むような人ではありませんでした。なので、米国の学生があまりにも簡単に授業を休むことには逆に閉口していました。何しろ夫はここ米国にきて教授という職についてから、一度も休みをとったことがなかったのです。癌がわかってから、貯まっていた有給休み時間が1000時間以上あることに気づいて、わたしがびっくりしました。
「そんなに休んでもいい時間があったのなら、もっと休んで夫婦の時間を愉しめばよかったじゃん」
と夫以上にわたしが後悔したほどです。
そんな人が夫だったので、わたしも少々熱があるからといって家事を休んだことはないし、そういうもんだと思っていました。なので、日本では病気でもコロナにかかっていても会社に行ってしまう人の話を聞いてもあまり驚きません。
論理的に考えればまちがっているのに、病気でもがんばることを美徳としたり、称賛するような社会的風潮の中で生きているうちに、まちがっていることに疑問を持たず、すり込まれたまま暮らしていたんだなぁと今は思います。
そんなことから思い出すのですが、うちの子どもたちが日本の小学校に通っていたころ小学生高学年だった娘のクラスには「皆勤賞」を狙っている子どもたちがたくさんいました。あるとき、ひどい熱があるのに学校に来て、数時間だけ授業を受け早退した子がいました。早退は欠席にはならないため、皆勤賞は継続できます。
「せっかく本人が皆勤賞を狙っているから」とその子のお母さんは、高熱の子どもを車で学校に送り、しばらく授業を受けさせたあと連れて帰るという技で、子どもの皆勤賞狙いをサポートしたわけです。
当時「これほど本末転倒な賞はない」とおったまげたものです。
理由はともあれ休まないことを美徳とさせるような賞が存在した(する?今もあるのかしら?)社会は、賞の本来の価値や意味を考えずに突き進ませる、日本独特の根性論を助長するように思えます。そんな社会に疑問を持たずに暮らしていれば、「少々の病気に屈するな」と言った感覚がいつのまにか身についてしまっても不思議はありませんし、事実わたしたち夫婦が米国にいながらも、変われなかったのはその感覚がデフォルトだったからでしょう。
もちろん、がんばることや努力することを否定するわけではないし、白か黒、○か✗という話ではありません。少々のことでへこたれずにがんばるという“根性”をもつことが悪いとも思いませんが、根性の使い方と使いどころを見極めることは重要なのでしょう。
米国では「ペットが病気だから休みます」とか、「家族でバケーションに行くので学校休みます」なんてあたりまえです。それどころか、わたしの暮らすミシガン州では、11月の狩猟解禁日ともなると、ディアハンティングに行きたいからと、子どもも先生もみんな学校を休んでしまうので、結局その日は学校が休みとなってしまう有り様です。
それほどちがう日米の異なる価値観の中で育った息子ですが、自分なりにバランスをとって考え、親のわたしたちからは、いろんなことを反面教師として学んだようです。
さて、そんな息子タローの口ぐせ
「オレ無駄に耐えることはしないから。どうせ最後に死ぬんだからさ、根性論とか精神論も嫌い」
と、みごとに夫とは真逆です。
「意志のあるところに道は開ける」とがんばり続けた夫から、最終的に学んだことは、「必要以上にがんばるな」ということのようです。
当然の権利としてあった休みさえ溜めたままだった夫に反して、息子はもっと休みを取らなくちゃと休むことばかり考えています。ちなみに息子の会社の有給休暇はアンリミテッドなので、すべき仕事をしっかりしているなら、休みたいだけ休んでいいそうです。
わたしたち家族は、最後までがんばり続けてあっけなく逝ってしまった夫から学んだことは計り知れません。夫よありがとう。
がんばるのもいいけど、何より無駄に耐えたり、無駄にがんばることもない。そんなわけで、必然的に每日がゆるゆる暮らす日々となっています。
そうそう、苦しみながらも「每日note」をがんばっている人も見かけますが、そういうのを見ると、皆勤賞のある日本ならではだなぁとちょっぴり思います。書かなくても誰も困らないのに、好きで自分に課したゴールに苦しむのなら、より楽しいこと、価値のあること、すべきことってあるはずです。
まぁ、人それぞれですから、好きにすればいいですけどね。
1日は誰にとっても24時間だということを忘れずに笑顔で暮らしていたいものです。
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