寄り添ってくれるパートナーはいたほうがいいか?否か?【#20 マッチングサイトリポート】
しばらくご無沙汰していましたが、久しぶりに続き行きます。マッチングサイトで知り合い、1月8日から始まったコミュニケーションは今現在で1日も欠かさず継続中です。
はじめての方はまずこちら
毎朝、目が覚めると"ohayo"メッセージが届いています。3月にイタリアに行くときに、wifiだけでも対応できるようにそれまでのスマホテキストメッセージからSkypeでのやりとりに乗り換えました。以降Skypeメッセージを見ることからわたしの朝が始まるようになりました。
日本滞在中は13時間の時差がありましたが、わたしの夕方は彼の早朝で、スーパー早起きのGrebeさんは起きているので調子よくリアルタイムチャットで話がはずみました。
日本に着いた最初の夜のことです。
ここでチラリと記しましたが、
さて、日本の自宅に戻って最初の夜はとっても辛かった。
戻ってきたのはこの家です。
ここには子どもたちが小さかったころの思い出がたくさん詰まっていて、ミシガンの自宅にはないものがそのまま残っています。夫婦で使っていたベッドルームに一人で横たわったとたんに、目に入るもの全てに亡き夫の魂が宿っているようで涙が溢れてしまいました。
それまで予期していなかったのに、突然の喪失感と悲しみに襲われて泣けて泣けて、眠れなくてどうしようもないところにSkypeメッセージが届きました。Grebeさんの仕事の休み時間だったようです。
「もう寝た?どうしてる?」
「泣いてる。夫の遺品がそこらじゅうにあって、彼の魂がわたしの記憶をどんどん呼び起こしてもうどうにもならなほどの悲しみに襲われているの」
そのときの状況を素直に伝えました。
驚いた彼は、「だいじょうぶ?ガンバッテ。今から電話するよ」
わたしは、「今電話されても泣いているので話せないもの。だいじょうぶ。これは乗り越えるしかどうしようもない涙なので、おさまるまで泣きます」
「明日は友だちに会ってたくさん楽しい時間を作って笑うといいよ。ごめん、何もしてあげられなくて」
そんなメッセージのやりとりをしました。
ここでわたしは素直に自分の状況を伝えている自分に気づき驚きました。これが息子からの連絡なら強がってなんでもない様子を装ったと思うし、下で寝ている母なら悲しみにくれている自分を見せなかったと思うのです。
あれっ?Grebeさんには、自分をさらけ出せている……。
日本に着いた最初の夜の気づきでした。
ここでわたしは確信しました。
やはり身も心もゆるせるパートナーの存在は必要だしいればありがたいものだと。家族以外でわたしを気遣ってくれる人の存在に悲しみの中でやすらぎを覚えました。
そもそも、本来はこのGrebe さんの役割を担ってくれていたのが夫だったわけですから、その彼が消えてしまった以上、代わりに誰かが寄り添ってくれることは幸せなことです。
それは若かろうが、アラ還だろうが関係ありません。人に感情がある限り、誰かにやさしく接してほしい瞬間は出てきます。ひとりでじっと耐えるよりも、寄り添ってくれる人の存在はあったほうがいいに決まっています。
日本で多くの人に会いましたが、既婚者のほとんどが、それぞれの夫さんにうんざりしている会話を耳にしました。アラ還独身女性は「おひとりさまのほうがずっと気楽」って感じでした。
日本は特に男尊女卑的な価値観が残っているうえに、女性が生きにくい状況から生まれてしまう言葉なのかなぁ?なんて考えながら、日本滞在中もずっとアラ還でもパートナーはいたほうがいいか否か?のテーマが頭をめぐり続けていました。
とはいえ、「お茶!!」「メシ」「風呂」などと言いながら自分では何もしようとしない典型的な昭和のおっさんならわたしも要らない気も……。😅
これまでの話をマガジンにまとめています
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