戦後日本の一億総中流社会は女にとっては一億総上流社会だった
brothert354氏のこのブログを読んで思ったのだが、一億総中流というのは女性にとっては"一億総上流"社会だったのかもしれない。
平成という貧困化の時代を経て、ようやく本来の"中流"社会へ、というところが途中で止まれずに"下流"へ転落してく。
平成の時代、母親とともに父親の経済力をベースに消費の主役だった女性達、そのすべてではないにせよ少なくない数の女性たちが令和の時代になってニートや引きこもりの文脈で注目される、その辺に諸行無常を感じるのは私だけでしょうか?
自分も同様の視点、問題意識があった。
同条件の女性と男性、女性名だと登用されにくく: 日本経済新聞 https://t.co/4wQ6Jj5Psz 結婚によって男は社会的に、女は経済的にゲタを履く、ということが分かりますね。男女平等というのなら、この構造を変えていかないといけないというのが皮肉やね。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) April 6, 2021
別のリプに書いた通り「結婚によって男は社会的に、女は経済的にゲタを履く」構造が残っています。このゲタ履き構造が経済的に立ち行かなくなってきている現実があるので「逃げ恥」が提示したモデルに向かわざるを得ない。(続く)
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) April 6, 2021
コレには個人的に聞いたキツイ話がありましてね(↓参照)
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) April 6, 2021
「他人を物扱いする男性には同じ価値観の女性が来る」は裏を返せば「他人を手段と見ている女性にも同じ価値観の男性が来る」、と申し上げたかったわけです。(続く)https://t.co/4sHEefzwfP
その意味では「夫のせいで私の価値が下がる」というのは「甘ったれるな!」と一喝してオシマイ。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) April 6, 2021
自分の価値は自分で生み出すものなのであって、借りてくるもんじゃないですし、give & takeの等価交換の原則がありますから。 pic.twitter.com/KZ9lt5qziX
失礼な言い方なのは承知だが、「女性は"子供"を生産してくれれば後は生産活動に関わらなくても良い」社会だったのかもしれない。
そして子供を産んだ後、夫の稼ぎを消費に回して経済を牽引してもらう。
こういう構造が戦後の高度経済成長期から、「女性の社会進出」が喧伝された1980年代まで続いたのではないか。
これが下の世代の"相対的剥奪感"につながっているのは明らかだ。
自分の母親世代の女性のように"上流"の生活ができるのはごく一部だからだ。
金の切れ目が縁の切れ目とは寂しいね
この20年で激変したのは
離婚理由が性格の不一致から
・金と暴力
に激変したということだ
しかも、注目すべきは
・嫁から夫への暴言とDVが激増したという現実
これらは現代社会の様子を反映している
・ストレスが溜まり身近な人に晴らしている
・生活費に余裕が消え不倫どころでなく
夫婦間での金銭トラブルが急増
とまぁ~世知辛い世の中の様子を浮き彫りにしている
それにしても離婚原因までが20年の間で
男女逆転現象に及んでいるとはなんと表現すべきなのか?
夫婦対等の時代からむしろ女尊男卑の時代にひた走っている
感じがする
この家庭内の現象が社会に飛び出し始めると
日本社会も大きく変化するだろう
21世紀は"金の切れ目が縁の切れ目"が家族という領域にも侵入してきた時代と言えるのかもしれない。
