今の自分の仕事を疑わない人#1
なんだかんだ言っても、定年までサラリーマンを続けている人は、「今の自分の仕事を疑わない」人が多いのではないだろうか?
しかし、ほんの少しでも物事を考えるアタマを持っている人であれば、まず仕事を効率化しようと考えるだろう。
それは標準化かもしれないし、倍速化かもしれないし、価値創造かもしれないし・・・実現するカタチは色々あると思うが、ともあれ結果的に仕事を効率化することを考える。
なぜか?
それは単純なことで、ほんの少しでも物事を考えるアタマを持っている人は、無駄なことが嫌いだし、時間を一番大切にしたいし、楽をしたいと思うからだ。その結果が、仕事(ワーク)は効率化である。
しかし、サラリーマンの構造が良くない。
日本の場合は完全なジョブ型にはならないし、チームワークを大切にして責任を集中せずに皆で分散する傾向にある。
そして、出る杭を引き抜く考えがなく、出る杭は打ち潰すだけに始終する。
私が早期退職する前、まだサラリーマンだったころは、そんな環境がとても苦痛であった。
仕事は効率的に無駄をなくして早く済ましてしまい、サッサと仕事を終えて帰りたいのに、サラリーマンの世界ではそれが認められない。
効率化して仕事を終えたのに誰も褒めることは無く、次の仕事を与えてくる。今日の自分の仕事は終わったのに、別の仕事を背負わされる。これでは誰も仕事を効率よくやろうとは思わないだろう。
だから要領の良いサラリーマンは、既に終わっていても「仕事は終わっていない」ことにして、周囲のペースに合わせる調整に動く。そんなことをやっていたら、会社にとっても最適化できず、収益も価値も上がらないのは目に見えている。
ましてや、「最悪のルールが残業代の支払い」である。
早く仕事を終えられる人間は残業代が貰えず、能力のないダメな人間が意図的に残業代を稼ぐカタチになる。これではまともな人間はやっていられないだろう。
時間給はアルバイトだけで良い。真っ当な仕事人は、時間では仕事をせず、結果でお金を得るものである。ちゃんと成果があれば、それで家に帰って良いのである。
そして、残業代の付かない管理職の手当が薄すぎる。これでは「管理職への昇進は罰ゲームと化す」だろう。
日本のサラリーマンは生活保護受給者と同じレベルで、「働いたら負け」そして「働けないのですぅ」を地で行っている。
もっとも、そこは常識ある社会人として、(生活保護受給者とは違う)サラリーマンは働いたフリをして、周囲と調和を合わせて、残業代を稼ぎ、長時間労働で健康を損ねるという、何とも愚かな生態を続けている。
私は20代の頃は学校教員だったので、教員はそもそも残業代などはつかない職種である。自宅でも無給で仕事をする職種である。学校の事務職員は残業代は付くが、教員は付かない。
残業代がつかない世界なので「逆に仕事に対するプライド」もあり、外部との会合や講演会の講師などもする仕事だから、私は如何にして効率よく、かつ効果的なやり方で、予定以上の価値を生み出す仕事をするかを20代で身に着けた。
その後、28歳で企業のAI開発部隊に転職して、一番最初に驚いたのは残業代だった。とにかく残業代が付くことが自分では気持ちが悪くて、居心地が悪くて仕方がなかったのだ。「あなたは能力が無いので時間がかかるでしょう。その分ちゃんとお金は払うから頑張ってね」と言われている気になったからだ。
そんなに長時間労働させてどうするんだろうか?
そんなに無能な人間ばかり集めてどうするのだろうか?
効率よく仕事をし、空いた時間を有効に使い、会社も個人も成長する方が良いのでないのだろうか?
サラリーマンの世界は、多かれ少なかれ、そんな風景に囲まれているので、私は嫌いであった。
唯一の救いは、私が所属した部隊は研究所的な部門だったので、自由さはあり、日中ふらりと会社を居なくなる人も多く(そのフロア全体が、席はあるのに人は殆ど居なかった。営業ではないので外回りしているわけでもなく、とにかく日中は人がいなかった)、その部分では私も自律的で気軽さはあった。
皆さんラクをしたくないのだろうか?
それとも、それも考えられないくらい無能なのだろうか??
大学や大学院を出ているのに、不思議でしょうがないのだ。
企業に勤めているとき、超有名な外資系のコンサルも使っていたが、コンサルは朝早くから夜遅くまで「疲れ知らずで」仕事をしていて、バカとしか思えなかった💦
今の自分の仕事を疑わない人ばかりが日本のサラリーマンの現状である。
#note #エッセイ #高齢者 #フリーター #役立たず
【記】やく・たたず(屋久 佇(竚))
