会計年度任用職員と「公務のワークシェア」
公務員、とりわけ会計年度任用職員について、「5年縛り」という言葉を耳にすることがある。
会計年度任用職員は、その名の通り一会計年度を基本として任用される仕組みであり、再度任用や公募については自治体によって運用が異なる。
かつては、一定回数まで再度任用した後に改めて公募を行う、いわゆる「公募制限」を設ける自治体も少なくなかった。そのため、現場では俗に「5年縛り」などと呼ばれることがある。
私は、この仕組みを単純に「雇用が不安定な制度」として見るだけではなく、その根底には、ある意味で「公務のワークシェア」という考え方もあるのではないかと思っている。
一つの公的な仕事を特定の人が長期間占有するのではなく、一定の期間が経過したところで再び広く門戸を開く。そうすることによって、より多くの人に公務に就く機会を提供する。
税金によって賄われる公的な仕事である以上、「一度採用された人がずっとそのポストを占め続けてよいのか」という議論が出てくるのも理解できる。
民間企業ならば、経営者が「この人にずっと働いてもらいたい」と判断すれば、それで済むことも多い。しかし、公的機関では採用の公平性や透明性も求められる。
そう考えれば、一定期間ごとに門戸を開き、別の人にも応募する機会を与えることには、それなりの合理性がある。
しかし、仕事は「席」だけではない
一方で、仕事というものは、単純に人を交換すれば済むものでもない。
仕事には経験の蓄積がある。
制度や業務の流れを理解する。職場独自のルールを覚える。職員同士の人間関係を築く。そして、住民や利用者と接する仕事であれば、相手との信頼関係も積み重なっていく。
最初は一つひとつ教えてもらわなければできなかった人が、数年も働けば、
「これはあの人に聞けば分かる」「この仕事なら任せておけば大丈夫」という存在になる。
これは資格やマニュアルには表れにくい、組織に蓄積された人的資産である。ところが、せっかくそこまで育った人を、一定期間が経過したという理由だけで機械的に入れ替えてしまえばどうなるだろう。
新しい人を募集し、採用し、研修し、仕事を一から教える。その間、常勤職員がフォローしなければならない。新人が仕事を覚えるまでには当然時間もかかる。
結果として、ワークシェアによって雇用機会を広げるメリットより、人を入れ替えることによるコストのほうが大きくなる可能性もある。
公平性と熟練をどう両立させるか
難しいのはここである。
同じ人を長期間任用し続ければ、
「なぜ、その人だけがずっとその仕事をしているのか」
という公平性の問題が出てくる。
逆に、一定期間ごとに人を入れ替えれば、
「せっかく育った人材を、なぜ手放すのか」
という効率性の問題が出てくる。
どちらか一方だけが正しいわけではない。
「多くの人に仕事を分けること」と「熟練した人に仕事を任せること」。
さらに、
「公的な仕事への応募機会を公平にすること」と「そこで働く人の雇用を安定させること」。
これらをどう両立させるかが、本来考えるべき問題なのだと思う。
「5年経ったから」ではなく「その人が必要か」
私は、年数だけを基準に機械的に判断することには違和感がある。
5年間働いたから能力が落ちるわけではない。むしろ、多くの場合は5年間働いた人のほうが業務に精通している。
ならば、一定期間ごとに公募の機会を設けるとしても、これまでの勤務実績や能力を正当に評価し、「この人には引き続き働いてもらう価値がある」と判断されるのであれば、継続して任用できる仕組みのほうが自然ではないだろうか。
反対に、単に長く勤めているという理由だけで、そのポストが事実上の既得権になってしまうのも望ましくない。
必要なのは「5年」という数字そのものではなく、仕事と人をきちんと評価する仕組みなのだと思う。
公務の仕事は、誰か一人の所有物ではない。しかし同時に、そこで培われた経験や専門性も、簡単に交換できる消耗品ではない。
「広く機会を与える公平性」と「経験を生かす合理性」。
公務のワークシェアを考えるのであれば、この二つを対立させるのではなく、どう共存させるかを考える必要がある。
人を入れ替えることそのものを目的にするのでもなく、一度採用された人を漫然と任用し続けるのでもない。
「その仕事に、今、誰が必要なのか」
最後はそこに立ち返る仕組みが、最も公平で合理的とも言える。
しかし、より広く、新しい人々の能力を活用するためにも、公務のシェアリングの考え方も捨てることのできない課題なのだろう。
【記】やく・たたず(屋久 佇(竚))
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