発達障害の仕事は選ぶ必要がある
最近は発達障害ではなく、神経発達症という名称を使うらしいが、個人的には、定型発達に対する非定型発達で良いと思う。それに対して、「社会が障害を引き起こしている」のであれば、発達障害でも構わないと思う。
「テミスの不確かな法廷」のドラマを通じて、NHKの朝番組で発達障害の人と仕事の話をやっていた。ながらでTVをつけていたので、所どころしか聞いていないが、結局のところ障害のある人は、「一般論や常識に囚われず」に、自分の仕事は慎重に選ぶべきだろうと思う。
定型発達の人であれば、どんな仕事でも「とりあえずやってみる。そしてやってから合うあわないを考える」でも何ら問題はなく、気楽に仕事と付き合っていけば良いと思うが、障害のある人は合わないものは絶対に合わないから、とりあえず試行的にというのは、全くダメとは言わないが、慎重になる必要があるかもしれない。
かといって、あまりにも慎重になり過ぎると何もできなくなるし、発達障害界隈では「自分のトリセツ」を作るのが良いという風潮があるが、トリセツを作ってしまうと、逆説的に未だ見えていない世界が狭まってしまう危険性もなくはないので、なかなか難しいと思う。そこで思うのが、その仕事の良しあしではなく、「自分が楽しいか」の基準で考えてみれば良いのではないだろうか。
障害のある人は自己防衛の感性が強いので、意外と目の前のモノゴトが自分に合うか合わないかが直感的に分かると思う。社会的な評価や、自分の夢・希望は一旦横において、やってみて楽しいか否かで判断するのが良いと思う。
あと、仮に余り自分に合わない仕事の中にも、「この部分であれば自分に合う」というパーツやフィールドがあれば、そこを重点にやれるようにして、自分の障害が秘めている強みを出して行けば、お互いにハッピーになると思える。
あと、自分には合わないと感じたら早めにその仕事から離れた方が良いだろう。無理をして仕事を続けて二次障害を起こすよりも、自分の特性に合う仕事で自分を活かす方が良いに決まっている。
もう大昔の話になるが、私は広告代理店の会社をクビになった。それは自分でやりたい、つまり夢・希望の仕事であったが合わないどころか、真面目な話ある日、社長に呼び出されて「クビ」を言い渡された苦い経験がある。
その後、特にやりたい仕事でもなかったが、プログラマの仕事は自分に合ったようで、以降クビにもならず、かつ業界でのステップアップ転職もして、長年その業界にいることができた。
一時期、学校教員をしていた頃もあるが、これもやりたかった仕事というより、プログラマの仕事は自分に合うとは思えたが、十二指腸潰瘍になってしまい9時~17時の仕事を考えて、学校という場で教職に変えた時がある。
私は子どものころから元来のコミュ障であったが💦、技術を教えるだけなのでそれなりにできた。
しかし、やはり教員の仕事は最前線のエンジニアリング現場ではないので、それに不満を覚え、AI開発のエンジニアとして転職し、体調も戻ったので、再びIT業界に移行してマネジメント職となり、その後は54歳で早期退職をするまでクビにもならず続けることができた。
私は、普通の会社・一般企業の職場だと勤まらない人間であったが、当時は現在のような障害者雇用など無い時代だったので、自力で切り開くしかなかったが、エンジニア環境とか学校という「特殊な職場」と出会えたのが私には幸いであった。特性を持つ人はそれぞれなので、周囲の評価に振り回されず、自分の肌感覚に合う仕事を見つけるのがお互いの幸せだと思う。
今は高齢者の私である。
発達障害などという言葉もない時代の人間である。
今は不登校という言葉もあるが、昔は学校に行かない子どもは登校拒否児と呼ばれた時代の人間である。
私は、別の生まれつきの障害を持っていたが、もし当時の私が発達障害の検査を受けたとするなら、確実に発達障害者「にも」なっていたと思う。
ただ、私は親に感謝している。
普通にできない、人と違う私に対して、伸び伸びと見守ってくれたので、この家庭環境がなかったら、大昔の時代の子どもは社会に潰されていたに違いない。
そして、そんな私に言った父親の言葉には感謝しかない。
父親は私に対し、人と同じで在れとは一切言わなかった。
むしろ父親は「お前は人と違うことをしなさい」と言われて育ててくれた。
私は素直に、人と違うように生きてきたら、何となく生き続けることができた次第である。
他者と比べても、何も良いことはないのだ。
比べなくても良い。常識とか、普通の人という言葉も気にしなくて良い。
そして自分の肌感覚に合う仕事を見つけるのが賢明である。
ちなみに今の私は、全く異分野の仕事をしているが、自分が気楽でやれる分野である。
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【記】やく・たたず(屋久 佇(竚))
