生きづらいのは自分の問題
ユニークでもあり、つくづく心が裕福な人もいるものだと思った。
その人は、若いころはバックパッカーで、生活資金は全て親がかり。30歳までそんな生活を送っていたとのこと。
さすがに30歳を過ぎて定職にもつかない子どもに親は呆れてしまい、仕方が無いので仕事をした。
調理師の免許を取って、福祉施設で調理師として稼働し、その後は転職で銀行の社員食堂の調理師に転職し、リーダー職になったとのこと。
そこで銀行の人に気に入られて40歳を過ぎて銀行の職員になり、様々な業務を行い、今では年収1千万円の女性で、副業もしたいのだが禁止されているので、ボランティアで日本語教師などをしているとのこと。
ときどき思うのだが、計画もなく人生を無計画に生きていて、その場の風に乗って後先をあまり考えず生きていける人は、チャンスをつかみやすいのではないかと感じることがある。
変な考えも下心もなく、社会に合わせようなどとは思わず、こだわりもなく自由に生きているほうが、悩みもなくやっていけるのではないかと思えてくる。
「生きづらさ」というキーワードを良く聞くが、それは周囲や他者と同じであろうとするから、自分で生きづらくしているだけなのではないかと思えるのだ。
「公序良俗に反しなければ」今の日本社会では何をやっていても自由である。
人と違う者が、違う人と比べて、人と同じであろうとするからミスマッチが起きるだけで、そもそも人と違う自分なのだから、自分の生き方をまっしぐらすれば良いだけではないだろうか。
社会から非難されるかもしれないが、生きづらさは甘えであると私は言いたい。そもそも生きづらくない人など世の中にいるのだろうか?
自分の都合が100%満たされた人生などあるのだろうか??
そんなものはありえない。子どもでも分かる常識である。
誰もが自分の都合だけでは生きていない。
誰もが満たされない毎日を過ごしている。
そもそも、それが当たり前の姿であることを理解しなければならない。
だから「生きづらい」などという当たり前のことは、言う必要すらないのだ。
社会では、自分の都合や勝手は通らない。
それを理解した上で、あなたは、あなたなのだから、
ただ、あなたであれば生きづらさから解放されるだろう。
それでもまだ生きづらかったら、他人と比較したり、他人と同じになりたがっているあなたが居ることから卒業した方が良いだろう。
生きづらいのは、「自然の摂理に逆らっている」自分だからだ。
何でも周囲や社会のせいにしてはいけない。
それでは、あまりにも自分がかわいそうである。
周囲や社会も迷惑をこうむるだけだ。
なぜ人と違うのだろうと悩む必要はない。
違っているから、あなたなのである。
自然のあなた自身であれば、生きづらさから解放される。
#note #エッセイ #高齢者 #フリーター #役立たず
【記】やく・たたず(屋久 佇(竚))
