知らない間に、自分も「その世界」にいたらしい話&朝のまやひ飯 2026/8/15
昔、お付き合いしていた女性が不思議なことを言っていたのをふと思い出した。
「1は青で、2は赤で、3は黄色に見えるんだよね」と。
当時の私は、「数字に色? どういう脳の仕組みなんだろう」とまったくピンときていなかった。
自分とはまるで違う世界の感覚だと思っていたからだ。
最近、人の書いた文章や言葉を読んでいるとき、ふと妙な感覚があることに気がついた。
言葉に「色」が見えたり、「透度」を感じたりする。
「あ、この言葉は平熱だな」「これは澄み切った透明度だな」というように、細かい「体温」のようなものまで伝わってくる。
逆に、嘘や見栄で塗り固められた文章を読むと、強烈な「ノイズ」を感じ、心に摩擦や感情まで物理的に浴びてしまうのだ。
存在は認識していたが、改めて気になって少し調べてみたら、これは脳科学の分野で「共感覚(シナスタジア)」と呼ばれる現象。
視覚や触覚といった、「本来別々に機能する感覚を処理する神経回路が混線(クロスワイヤリング)して同時につながってしまう現象」らしい。
これは、決して特殊な超能力などではなく、人口の数%が持つただ世界が「そう見えてしまう」だけのマイノリティな知覚特性で分野ごとにそのパーセンテージは異なるのだそうだ。
思い返してみれば、昔からその片鱗はあったのかもしれない。
例えば、会計事務所やコンサル時代の頃、担当クライアントのB/S(貸借対照表)やP/L(損益計算書)を見るとき。
無機質な数字の羅列のはずなのに、違和感のある数字や不自然な勘定科目だけが、なぜかボコッと「出っ張って見えたり不自然な形に」見えた。
本来、滑らかなストックやフローであるべき数値が、いびつな凹凸して違和感に感じてしまうのだ。
セレクトショップ運営の頃の商品陳列を組むときもそうだ。
ただ商品を綺麗に並べるのではなく、高低差をつけて視認性を図り、手前にサラダで食べられる葉物や根菜を、奥に加熱用の品目を論理的にゾーン分けする。
さらに色彩も、手前は色とりどりな華やかさや明るさを配置して、後ろへ行くほど涼しげなグラデーションや変化のつかない色味を作る。
30分程度の時間で毎回変わる品目を感覚的に置いていき、時間の経過に応じて品目の売れ行き過程を考慮してまた再配置していく。
その時々で、空間と色と私がお客様に何を提案したいのか?が寸分なくピタッと完璧にハマっていないと、妙に気持ち悪くて仕方がなかった。
空間の歪みや数字の出っ張りを捉えていた「空間的共感覚」の回路が、思考を重ねるうちに培ったものが、noteでたくさんの投稿をみている間にいつの間にか言葉や感情の世界にまで拡大解釈されてきたようだ。
当時、私には持ち合わせていない「不思議!」と思っていたあの感覚の中に、まさか自分の中にも種が撒かれていて知らない間に育っている事など思いもしなかった。
自分の中では、当たり前すぎたから。。
人間の感覚は、先天的なものだけでなく後天的でも努力や工夫と共に一気に開花したり、ある日突然芽吹くのかもしれない。
心や感情、想いに普遍的なものが核にあっても、常に変化や進化を体感してみると、人間を味わってるなという密かな喜びがまた心を動かしている。
一言で言えば、「なんか、いい感じー♪」と言うのがシックリきます。
みなさんも、文字や数字に「温度」や「出っ張り」「色」を感じること、ありませんか?
まやひ飯

シチューを作ると、数回に分けて消費しないといけない💦
何気ない朝に、食べてくれる人がいるといいなと思ってしまうのも
共感覚なのだろうか??
そんな訳ない。笑笑
今日は、終戦記念日。
お国のためにと短い生涯を閉じた、英霊たちに静かに感謝や祈りを告げたいと思う1日となりそうです。
お盆期間も終盤戦。
素敵な週末をお過ごしくださいませ✨
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