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Netflix『アドレセンス』の1シーン1カット手法を僕はあまり気に入らなかった。

大きな反響を呼んでいる Netflix の『アドレセンス』全4話を昨日見終わりました。

確かに面白かったです。見応えありました。

すっきりしない終わり方と言うか、全体的にモヤッとしたストーリーになっているのは間違いなく作者の演出意図であり、安易に黒白こくびゃくをつける問題ではないという意思の現れでしょうから、これはこれで良いです。

テーマも深いし、それを巧みに構成したドラマだと思いました。

ただ、ひとつだけ思ったのは、あの1シーン1カットで1話を撮り切る手法は適切だったのかな?ということです。

『カメラを止めるな!』みたいな企画であれば、もちろんその手法は大いに楽しめます。

三谷幸喜がやるのであれば、「あ、そう。ま、そういうのが好きなら、好きにやってれば」とも思います。

しかし、『アドレセンス』においては完全に余計な演出なんじゃないかな? と僕は感じてしまいました。

観ていない人には分からないでしょうが、例えば

人物Aと人物Bが会話をしている。やがて2人は部屋から出てきて歩きながら会話を続ける。そこで2人は人物Cとすれ違う。カメラは人物AとBを追うのをやめて人物Cを追って廊下を戻る。そうすると人物Cはドアを開けて別の部屋に入る。そこには人物Dがいて、人物Cと人物Dの会話が始まる。

みたいな演出なのです。それが約1時間の1話まるごと、全く途切れることなく続くのです。

こういうい遊びをやりたいがために、作品上ではあまり重要でない、何人かの人物が廊下を歩いたりすれ違ったりという場面を撮らなければなりません。その部分を飛ばして、ある部屋のシーンからカットアウトして別の部屋のシーンに飛ぶとどんな不都合があると言うんでしょうか?

1カットで撮るために余計な時間を使っているのです。そして、それだけではなくて、全体として映像のリズムが単調になってしまいます。しかし、単調なくせに、視聴者が息つく暇もない、なんだか息苦しい感じのドラマになりました(「それを狙った」なんて言うのは勘弁してほしいところです)。

もちろん、大事な場面で1シーン1カットの手法を採ることに反対はしません。このドラマにおいても1カットで撮っていることによって、極度に緊張感が増して迫真の演技になっている場面も多々ありました(例えば、心理療法士とジェイミーの場面などがその典型ですよね)。

でも、各話の全編通してそれをやる意味があるんでしょうか?

たとえば、最終話は事件発生から1年3か月後のある日の朝から始まります。すると視聴者は、見始めた瞬間に、この第4話ではこの日の朝の1時間だけが描かれることを知ってしまうのです。

もちろん制作者は最終話でストーリーを決着させるとかさせないとかよりも、この1時間の家族の会話を通じて、彼らの葛藤や苦悩を描き、生きる意味みたいなものを問いたかったのでしょう。

それはそれで構いません。むしろ斬新な構成であるとも言えます。

でも、1シーン1カットにしているために、視聴者は見始めた途端に、それこそ第4話がスタートした瞬間に、「あ、裁判のシーンは描かないし、裁判の結果にも触れないんだ」と気がついてしまいます。

何故なら、裁判のシーンを入れようとすると、(この手法にこだわってこの手法を貫くのであれば)自宅から裁判所に移動する場面も描く必要があり、それに加えて開廷から閉廷までを描くことになりますが、そんな時間は到底ありませんから。

もちろんそこまで気を回さない視聴者もいるでしょうし、そもそも1シーン1カットで撮っていることに最後まで気がつかない視聴者だっているでしょう。しかし、逆にそこまで考えると、余計に1シーン1カットで撮ることの意味が分からなくなります。

それってドラマ作りにおいては不利になるんじゃないでしょうか? なぜそんな制約でドラマ作りを縛る必要があるんでしょうか?

脚本や絵コンテを考えるのは楽しかったでしょうね。でも、こんなシリアスなドラマに、どうしてこんな“遊び”が必要なのか、僕にはよく分かりません。

制作者側は、「これは“遊び”なんかじゃない。このドラマを描く上で絶対に必要な手法だったのだ」と言うのかもしれませんし、視聴者の中にも同じ感じ方をした人もいるかもしれません。

ま、人の感じ方は当然いろいろなのですし、それで良いと思います。ただ、僕に関して言えば、僕はまことに強烈な違和感を覚えてしまいました。演出に対して反感を抱くぐらい。

ただし、念のために書いておくと、単にこの一点にものすごくひっかかったということを書きたかっただけで、そのことによって、この意欲的で衝撃的な企画を全面否定するような気は全くありません。

どこが素晴らしかったかは、多分いろんな人たちがいろんなところにいろんなことを既に書いてくれているでしょうから、そちらをご参照くださいね(笑)

皆さんの褒め言葉に対しては、多分僕もあまり違和感を抱いたりはしないでしょうから。

カメラワークについては以前こんな記事も書いています:


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