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松本城研究8.保存・記憶層――城はどう残されたのか



8-1.本章の位置づけ

松本城の第八層は、保存・記憶層である。

松本城は、ただ古いから残った城ではない。
自然に残った城でもない。

明治維新後、城郭は旧体制の象徴として破却・売却の対象となり、松本城も失われる危機に置かれた。松本市の年表でも、明治4年に城内の門や塀の破却が始まり、明治5年には天守が払い下げになったことが示されている。

しかし、その危機の中で、松本城は残された。

市川量造、小林有也らをはじめとする人々の保存運動、嘆願、博覧会、修理、寄付、地域の支援、発掘調査、復元整備によって、松本城は今日まで受け継がれてきた。松本城公式も、明治期に市川量造・小林有也が住民に呼びかけ、保存・修理が成し遂げられたことを、松本城保存史における重要な出来事として位置づけている。

本章では、松本城を「残った城」としてではなく、残そうとされた城として整理する。



8-2.中心概念式

Preservation Memory
= Crisis

* Recognition
* Petition
* Repair
* Donation
* Excavation
* Inherited Memory

日本語式:

保存記憶
= 危機

* 価値認識
* 嘆願
* 修理
* 寄贈
* 発掘
* 継承記憶

補助式:

Preservation
= Not Mere Survival

* Human Intervention
* Repair
* Record
* Transmission

日本語式:

保存
= 単なる残存ではない

* 人間の介入
* 修理
* 記録
* 継承

この章の中心命題は、次の一文である。

松本城は、残った城ではなく、残そうとされた城である。



8-3.危機――失われかけた城

保存は、危機から始まる。

明治維新後、城は軍事的・制度的な意味を失い、旧体制の遺物として扱われた。松本城も例外ではなく、門や塀の破却、天守の払い下げなどを通じて、城郭としての存続が危うくなった。

ここで重要なのは、危機がなければ保存意識は生まれにくいということである。

城が失われるかもしれない。
この認識が、保存運動の出発点となる。

概念式:

Preservation Crisis
= Loss Risk

* Destruction
* Neglect
* Recognition

日本語式:

保存危機
= 喪失リスク

* 破却
* 放置
* 認識

松本城は、最初から文化財として大切にされたわけではない。
むしろ、不要物として扱われ、消えかけたからこそ、その価値を認識する人々が現れた。

保存とは、失われかけたものに価値を見出す行為である。



8-4.市川量造――価値認識と保存への働きかけ

市川量造は、松本城保存史において重要な人物である。

松本城が失われる危機にある中で、市川量造は城の価値を認識し、保存のために働きかけた。観光庁の多言語解説では、市川量造が城の喪失を恐れ、県知事へ懇願書を提出したこと、また城内で博覧会を開くことが保存につながったことが説明されている。

ただし、本稿では「市川量造が天守を買い戻した」と単純には断定しない。近年、この買い戻し説について再検討を促す研究報道も出ているためである。したがって本稿では、市川量造を「買戻しの人物」としてではなく、松本城の価値を認識し、保存へ向けた働きかけを行った人物として位置づける。

概念式:

Ichikawa Ryōzō
= Recognition

* Petition
* Exhibition
* Preservation Movement

日本語式:

市川量造
= 価値認識

* 嘆願
* 博覧会
* 保存運動

市川量造の重要性は、城を単なる旧体制の遺物として見なかった点にある。
失われかけた建築物に、地域の歴史的価値を見出した。

ここで保存は、物理的な修理以前に、認識の変化として始まっている。



8-5.小林有也――修理と住民参加

市川量造が保存への認識と働きかけの人物であるなら、小林有也は修理と住民参加の人物である。

明治期、松本城天守は十分な管理を受けられず、瓦や壁、下見板などの傷みが進んだ。松本城公式は、この状況を見かねた小林有也が、松本城天守保存会を立ち上げ、募金を集めて修理に取りかかったと説明している。

観光庁解説でも、小林有也は悪化する城の状態を目の当たりにし、松本城天守保存会を設立して修理費の募金活動を行い、1913年に修理が完了したと説明されている。

概念式:

Kobayashi Unari
= Damage Recognition

* Preservation Society
* Fundraising
* Repair

日本語式:

小林有也
= 損傷認識

* 保存会
* 募金
* 修理

ここで重要なのは、保存が個人の意志だけで終わらなかったことである。

保存会が作られた。
募金が行われた。
住民の参加があった。
修理が実行された。

つまり、松本城の保存は、個人の情熱と地域の支援が結びついた構造であった。



8-6.修理――保存は固定ではない

保存とは、固定ではない。

城を保存するとは、何も変えずに置いておくことではない。
傷みを確認し、部材を直し、必要に応じて補強し、記録し、次代へ渡すことである。

松本城公式は、明治36年から大正2年まで明治修理が行われたこと、また昭和25年から昭和30年にかけて国の事業として解体修理が行われたことを示している。

また松本市の保存活用計画は、国宝松本城天守5棟について、文化財建造物としての健全性確保、適切な保存、維持管理、修理に関する事項を定める計画として説明されている。

概念式:

Repair Preservation
= Diagnosis

* Maintenance
* Reinforcement
* Record
* Continuity

日本語式:

修理保存
= 診断

* 維持管理
* 補強
* 記録
* 継続

松本城は、変わらなかったから残ったのではない。
直され、支えられ、修理され、記録されてきたから残った。

第4章で扱った建築・修理技術層と、第8章の保存・記憶層はここで接続する。

建築的持続
= 素材 + 構造 + 修理 + 置換 + 技術

保存記憶
= 危機 + 価値認識 + 嘆願 + 修理 + 寄贈 + 発掘 + 継承記憶

つまり、松本城の保存とは、建築技術と人間の記憶が結びついた持続構造である。



8-7.寄贈――私的保存から公共の記憶へ

松本城の保存は、公的制度だけで支えられたものではない。

太鼓門礎石の事例は、そのことをよく示している。観光庁解説によれば、太鼓門の柱を支えていた旧礎石の一つは、門の取り壊しの際に最後の松本城主に仕えた商人である飯森家に贈られ、自邸で保存された後、1973年に「城の歴史として保存してほしい」という願いを込めて松本市へ返還された。

これは非常に重要である。

城の記憶は、城内だけに残るとは限らない。
壊された門の部材が、個人宅に移り、そこで保管され、のちに市へ戻されることがある。

概念式:

Donation Memory
= Removed Material

* Private Custody
* Return
* Public Record

日本語式:

寄贈記憶
= 離れた部材

* 私的保管
* 回帰
* 公的記録

ここでは、保存の主体が広がっている。

行政だけではない。
研究者だけではない。
修理者だけではない。
地域の家、家族、商人、寄贈者もまた、松本城の記憶を支えている。

太鼓門礎石は、城から離れたことで失われたのではない。
むしろ、離れた場所で保存され、再び戻ることで、松本城の記憶を別の形で示した。



8-8.発掘――失われた構造の再観測

保存は、現存する建物だけを対象にするものではない。

すでに失われた構造も、地中の痕跡から再び読み直すことができる。
二の丸御殿跡の発掘は、その代表である。

松本市によれば、二の丸御殿は享保12年に本丸御殿が焼失した後、城主の政務を司る正庁となった。その後、明治維新後には筑摩県庁として使われたが、明治9年に焼失し、跡地には裁判所庁舎が建てられた。昭和52年の中央公園整備計画に伴い裁判所庁舎が移転し、昭和54年から昭和59年にかけて発掘調査が行われた。

発掘調査では、礎石、溝、水道施設などの遺構が確認され、松本市立博物館所蔵の絵図と照合した結果、ほぼ正確に一致することがわかったとされる。

概念式:

Excavation
= Lost Structure

* Trace
* Re-observation
* Reconstruction of Memory

日本語式:

発掘
= 失われた構造

* 痕跡
* 再観測
* 記憶の再構成

ここで重要なのは、発掘が単なる過去の確認ではないことである。

発掘とは、失われた構造を再び観測する行為である。
地表から消えた御殿は、地中の礎石、溝、焼け跡、水道施設、生活痕跡として残る。
それらを読み直すことで、失われた政治空間が再び構造として立ち上がる。

松本城の保存・記憶層において、発掘は「見えないものを再び見えるようにする」行為である。



8-9.記録――保存を次代へ渡す形式

保存には、記録が必要である。

修理の記録。
発掘の記録。
寄贈の記録。
絵図の記録。
写真の記録。
説明板の記録。
報告書の記録。

二の丸御殿跡については、松本市教育委員会による発掘調査・史跡公園整備報告書が刊行されていることも確認できる。

概念式:

Record Preservation
= Observation

* Documentation
* Verification
* Transmission

日本語式:

記録保存
= 観測

* 文書化
* 検証
* 継承

記録がなければ、保存は個別の行為で終わる。
しかし、記録されることで、保存行為は次代の研究、修理、展示、教育へ接続される。

松本城は、建物として残るだけでなく、記録としても残されている。
その記録があるからこそ、後の世代は、城がどのように壊れ、どのように直され、どのように発掘され、どのように継承されてきたのかを知ることができる。



8-10.継承記憶――公共記憶に広げすぎないために

本章では、「公共記憶」という語をあえて広げすぎない。

現代受容や観光論へ広げれば、松本城を訪れる人々、外国人観光客、地域教育、観光案内、世界遺産登録運動なども論点に入る。
しかし本研究マップでは、立地・城下町・現代受容を中心対象から外している。

そのため、本章では「公共記憶」ではなく、より限定した語として「継承記憶」を用いる。

概念式:

Inherited Memory
= Preserved Structure

* Repaired Material
* Donated Object
* Excavated Trace
* Recorded Knowledge

日本語式:

継承記憶
= 保存された構造

* 修理された部材
* 寄贈された物
* 発掘された痕跡
* 記録された知識

継承記憶とは、単に多くの人に知られている記憶ではない。
修理され、記録され、寄贈され、発掘され、次の時代へ渡される記憶である。

松本城は、建築物としてだけでなく、こうした継承記憶の集合として現在に至っている。



8-11.構造哲学的読解

構造哲学の視点から見ると、松本城の保存・記憶層は、次のように整理できる。

保存とは、固定ではない。
保存とは、危機を認識し、価値を見出し、人間が介入し、修理し、記録し、再観測し、次代へ渡すことである。

概念式:

Preservation as Structure
= Crisis Recognition

* Human Action
* Material Repair
* Trace Re-observation
* Memory Transmission

日本語式:

構造としての保存
= 危機認識

* 人間の行為
* 物質修理
* 痕跡の再観測
* 記憶継承

松本城は、石垣や天守だけで持続したわけではない。
人間の認識と行為によって持続した。

失われる危機を見た人がいた。
傷みを見た人がいた。
直そうとした人がいた。
寄付した人がいた。
部材を守った人がいた。
地中の痕跡を掘り出した人がいた。
記録した人がいた。

この人間の行為の積み重ねが、松本城の保存・記憶層を形成している。



8-12.本章の統合

松本城の保存・記憶層は、次のように統合できる。

Matsumoto Castle Preservation Memory Layer
= Meiji Crisis

* Ichikawa Ryōzō
* Kobayashi Unari
* Repair Work
* Donation
* Excavation
* Inherited Memory

日本語式:

松本城の保存・記憶層
= 明治の危機

* 市川量造
* 小林有也
* 修理事業
* 寄贈
* 発掘
* 継承記憶

松本城は、築かれた城である。
守られた城である。
治めた城である。
祈られた城である。
眺められた城である。

そして、残そうとされた城である。

第1章から第7章までが、松本城が何であったかを整理する章であるなら、第8章は、なぜ松本城が現在も見られるのかを問う章である。

その答えは、単純な偶然ではない。

危機を認識した人々がいた。
価値を見出した人々がいた。
嘆願した人々がいた。
修理した人々がいた。
寄贈した人々がいた。
発掘した人々がいた。
記録した人々がいた。

その連鎖によって、松本城は残された。



8-13.小結

松本城は、ただ残った城ではない。
破却の危機、破損の進行、焼失した御殿跡、失われた部材の記憶を、人々が認識し、嘆願し、修理し、寄付し、発掘し、記録することで残された城である。

松本城の保存・記憶層とは、城が自然に残った事実ではなく、残そうとした人間の行為が積み重なった構造である。

松本城は、石で守られ、木で支えられ、法で治められ、祈りによって意味づけられ、眺望によって文化化され、そして人間の保存行為によって現在へ渡された城である。
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